第2話 水晶窟の戦闘
淡い光を宿す水晶で埋め尽くされた洞窟の最奥。
温度をまるで感じさせない冴え冴えとした魔晄に浮かぶのは、際立って純度の高い水晶塊に途方もない魔力が凝集したことで仮初の生命を得た魔法生物。変幻自在に組みあがる神秘の水晶群は強大な幻獣を姿作り、有象無象の魔法生物が闊歩する魔窟を抜けてたどり着いた探索者達と対峙した。
歓迎は熱烈にして苛烈。溢れんばかりの魔力を宿す水晶龍の姿は眩しい威光を溢し、研ぎ澄まされた刃のごとく鋭い爪が、尾が、空を断ち切り身も凍る致命の残光を軌跡に残す。
密度高いその体躯は、生半可な斬撃、打撃を弾き飛ばす。傷をつけることすら難い頑強な巨躯から繰り出される一撃は、どれも真面にくらってしまったら致命傷になりかねない。
空間を裂いて打ち付ける剛撃に水晶窟は震え、燐光を放ち割れ砕ける。その砕けた水晶が水晶龍の咆哮に応えて新たな魔法生物と組み上がり、探索者達に襲い掛かる。
暴力的な美しさ吹き荒れる、魔晄空間。全てが眩く輝くこの世為らざる幻想空間は、死の燭光を宿し、闖入者を打ち砕かんと襲い来る―――。
その只中で、
「あぁ、綺麗だ………」
感動に大きく開いた紫眼を潤ませ、ほぅ…と緩やかに吐いた嘆息で凍える空気を白く蕩かすのは探索者の一人。艶やかな白地の僧服に身を包み、前方を薙いだ爪撃の風に長い銀髪を揺らす姿は、水晶の絢爛な煌きを返し燦然と輝いて見えた。
「鑑賞を始めるにはまだ早いダロ!?」
感嘆の一言に、最前に立ち巨大な盾で器用に爪の一撃を斜めに弾き凌ぎながら、黒金を基調とする重武装の男が突っ込みを入れる。叱咤するその横顔には、しかし、笑みが浮かぶ。きりりと引き締まった好漢の野性的な八重歯が眩しい。
「ここに入ってからずっと、鑑賞モードだったじゃないよ。この娘。」
前足を弾かれ姿勢を崩した水晶龍の横っ腹に、ここぞと間合いを詰めて豪奢な飾りをつけた両手槌で渾身の一撃を叩き込んだ褐色肌の女性が「くぅー、硬い!痺れるわ!」と、笑みを張り付けたまま唸る。
「綺麗だとは思うけど、目にはもちろん、全身余すことなく優しくないと思うぜ、ここは!」
豪打にさらに姿勢を崩したのを隙と見て、間を詰めて滑り込んでくるのは身長を超える長剣を振るう赤鎧に身を固める長躯の男。だが、キーンと音高い残響音とともに大きく朱剣を弾かれ、ただでさえ細い目をさらに細める。
「硬ってぇ!ダメージ通ってんのかこれってうおぉっ!」
四肢を踏みしめた水晶龍が咆哮を上げながら暴れ、長い尾で周囲を薙いだ。直撃こそ避けたものの、近接戦闘を挑んでいた3人が弾き飛ばされ、防ぎきれなかった衝撃に苦悶の声を上げる。
瞬時、敵意を含んで凍て射す魔晄の中にあって、ふわりと慈しみの光が降り注いで今しがたの傷を癒し、次いで、弾き飛ばされた衝撃で砕け散った淡光の薄膜が改めて3人を覆う。
「っつうー、助かるわ」
「油断しないでよ。一撃が痛いんだから」
まったく、私の負担が増えるじゃない、と、鮮やかな青で統一された法衣を広げて跪き祈る黒髪の美女が、生真面目に口をとがらせて見せる。
「正しく痛感したわ」「集中できてないのは俺たちだけじゃないヨネー」
「僕は悪くない。綺麗すぎるこの場所が悪いんだよ」
法衣の癒し手が癒しの光を投じたと同時に、緩衝の薄膜を張り直したのは柔らかに笑んだ銀髪紫眼の乙女。と、表情を引き締め、銀錫を構えて癒し手の背後に回る。
不規則に揺らぐ光により暗所となっていた部屋後方から飛び込んでくるのは2匹の水晶獣。身を震わせ咆える龍に応じてそこかしこで、砕け散った水晶片が組みあがり、幾匹もの獣の姿をなして襲い掛かってきていた。治癒行為を行ったことで敵対値が上がったことは間違いない。飛び込んできた大型の猫科を模した水晶獣の前肢をしなる銀閃で鋭く打ちすえ、反転、続き飛び込んできた猪を模す獣の眉間にカウンターの石突の一撃を鋭く打ち込む。
水晶獣はリィンと涼やかに断末魔を奏で、シャラシャラと澄んだ音を立て煌めきながら砕け散る。仮初の命を成していた魔力が零れ、水晶片から揺れ消えゆく燭光のあまりにも美しい散り様に、堪らず紫眼が蕩け頬が緩む。
「あぁ~!やっぱり綺麗だ!綺麗すぎる!」
先ほど迎撃され姿勢を崩し床に転がった獣に止めの一撃を打ち込み、同様に散りゆく演出効果に歓喜の声を上げる。
「はいはーい!分かったからとっとと片付けるヨー!長期戦は不味い!僕の今夜の睡眠時間的にもネ!後で好きなだけ睡眠時間削って鑑賞していいから、集中して、全力のサポートよろしくたのむヨ!」
「あぁ、綺麗だなぁ………」
「聞いてないネ!でも流石に仕事してくれるって信じてるんだからネ!」
「あぁ、奇麗だなぁ………」
「くぅ、僕、クジケソウ。懇願のおまきれ………っ」
「ふふっ、ありがとうと言っておきます」
ヨシャー!とにかくつっこめー!と裂帛の気合いを上げ、盾とともに突っ込み切り崩しにかかる男に、長剣と両手槌の二人が続く。
仲間たちに戦神の助力を与え、癒し手に飛び掛かる水晶の魔物を打ち払う白銀の乙女“銀燭”は、仮想世界『LOS』を堪能していた。
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