勇者:9日目

息を潜め樹海の地に落ちる細い木々を避け、物音をさせないようにしてその深部を見据える。その視線の先からは巨大なモンスターの佇む気配が漂う。天然ダンジョン『さざめきの樹海』の攻略を初めて4日目の昨日、夕暮れあたりにはこの地点まで到達し、そして更に奥、このダンジョンの最深部で、ネームドにしてこのダンジョンのボスであるカマキリ型のモンスター『樹海の辻斬り』と相見えた。昨日の手応えからはかなりの強敵であったが、装備を整えて挑めば勝てない敵ではないくらいだろう。下手に消耗しないように早めに撤退し、今日再び万全の態勢で再戦しにきたのである。


「おい、ソウ…。まあ予想してたことだが、あれは昨日のとは別ものだ…。鎌が戻ってやがる…」


スキル『鷹の目』で様子を伺っていたラッシュが呟く。まあ、そうだろうなとおれもただ小さく頷く。昨日の戦いでの辻斬りの鎌の折れ方は異常…、元の世界基準での異常という他なかった。おれが辻斬りの攻撃を逸らすために片手剣で弾いた何回目かだった。片手剣は軌道を逸らす程度にしか振っていなかったが、辻斬りの鎌は真中あたりから砕け、そして大きく弾け飛んだ。部位破壊。狩りゲーで鉄板のあれだ。そう見えた。完全に未知の現象なら狼狽えたろうが、ゲーム的処理ならば仕方ない、割り切るまでだ。そして昨日撤退したおれ達はとある別の疑問にぶち当たっていた。今日戦う辻斬りは昨日おれ達がダメージを蓄積した個体か、それともダメージが蓄積されていない実質的には別の個体になるのか。そしてその答えがこれだ。


「ま、そりゃそうだよな…!仕切り直しだ!」


素早くラッシュと共に辻斬りに奇襲をかける準備を整える。ラッシュのスキル『風の加護』を受けたおれがスキル『隠密』を発動させて死角から影に紛れて飛びかかる。辻斬りがこちらに気付く


「もう遅ぇよ!!」


横から風の加護を受けた矢が襲いかかる。思わず矢を防いだ辻斬りの鎌に思いっきり片手剣を叩きつけると、追加で炎魔法を2発打ち込み離脱する。部位破壊ができると分かった以上まずは鎌を破壊して弱体化だ…!辻斬りはこちらに対して威嚇しようとするがそこに再びラッシュの矢の雨が襲いかかる。そして最後の一射は突風を纏う。その風圧に辻斬りの甲殻が軋む。おれは再び風に乗って翔ける。


「ムーンスラッシュ!!」


甲殻の薄い、羽根と背中を深々と切りつけると炎魔法を打ちつつ離脱する。そしてこちらを向いた辻斬りへ、更に高火力の炎魔法を叩き込む。


「フレイム!!」


正面から炎魔法を防いだ辻斬りの鎌が軋む。だが辻斬りは弾けるように後ろに下がると矢の雨が虚空を掠める。視界に影が揺らめく。反射的に飛び退いた。一閃…!瞬く斬撃に遅れて理解が追いつく。目の前で辻斬りが鎌を地面に深々と叩きつけた音が耳に届いた。そこから薙ぎ払われた鎌を片手剣で受ける。


「クソっ…!!」


身体が軋み動けなくなる。地面に膝をつく。が、辻斬りは追い討ちをかけず、グッと後に身体を大きく逸らす。そこに襲いかかる筈だったラッシュの援護射撃が虚空を掠めた。躱された。身体を大きくしならせていた辻斬りからバネが弾けるようにして両鎌の挟撃が放たれる。


「ぐっ…!!」


片手剣一つでは防ぎきれず、後ろに大きく吹っ飛ばされ木に叩きつけられる。だが悲鳴をあげる身体を無理矢理に動かして、辻斬りの追い討ちを躱す。炎魔法で牽制しつつ距離を置くと、ラッシュの援護射撃が飛ぶ。


「大丈夫かっ!?ソウ!」


「あぁ、なんとかな!一旦回復する!!」


矢の雨が辻斬りを襲い、怯んだ隙に片手剣を収めると素早くポーションを取り出してその瓶の口を割って振り撒く。さらに立て続けにもう1本ポーションを割ると、エーテルの瓶も割る。回復を終えたおれはすぐに辻斬りへ襲いかかる。


「フレイム!!」


炎の渦を鎌で受け止めた辻斬りがそのまま再び上体を大きく反らせタメをつくる。


「さっきのか…!来いよ!!」


おれは臆せず突っ込み、すんでのところで懐に潜り込みつつ腹を切りつけ離脱を試みる。だが辻斬りは振り向き様に鎌を薙ぎ払った。おれは真正面から片手剣でその鎌と打ち合う。火花が飛び、おれと鎌が弾け飛ぶ。素早く受け身をとって状況を把握する。振り上げられた鎌…、その場を飛び退く。風を薙ぐ音と共に鎌が突き刺さる。さらにもう片方の鎌が追い討ちをかけるが、リーチが足りず目の前を空ぶる。それに剣筋も鈍い。辻斬りの間合いから離脱しつつ確認した辻斬りの鎌は関節のあたりから砕けていた。


「部位破壊…!」


ダメージが蓄積されていたことを確認し若干安堵する。続け様に炎魔法を打ちつつ距離をとると、ポーションを一つ割って先程の削りダメージを回復しつつもう一本別の瓶を取り出す。『アロマハーブ』。その瓶を割って『スタミナ』を回復する。

そう言えばこの異世界での『スタミナ』は独特の仕様だ。他の転生者達からしたら当たり前かもしれないが。簡単に言うと、こちらの行動で受けるダメージというべきであろうか。徐々に減っていき残りのスタミナに応じて攻撃力や防御力、行動等にマイナス補正がかかるパラメータ。ゲームとしてはだいぶ違和感があるがかなり現実の感覚とはリンクしている。疲れたらパフォーマンスは落ちる。当たり前だ。厄介なのは回復アイテム、『アロマハーブ』ではそれ程回復しないとこだろうか。まあその対応策としてのかなり乱暴なアイテムもあるが…。

そこまで考えたとこで戦闘に意識を戻す。辻斬りの飛び掛る予備動作が目に入る。すぐさま鎌の砕けた右側に潜り込むと交錯ざまに足を切り刻む。振り向きざまに辻斬りが薙ぎ払った鎌は砕けているためにリーチが短い。最小限のステップで躱し炎魔法をお返しとばかりに叩き込むと甲殻が軋んで大きくひび割れた。だが辻斬りは魔法のダメージもお構い無しに、振り向いた勢いを殺さずグルりと旋回しもう片方の無事な鎌で辺り一面を薙ぎ払う。おれはその軌道を剣で逸らしつつ地面を転がってやり過ごすと、一足に距離を詰め腹に切り込む。辻斬りは1歩押されるように下がると、鎌を振り上げ反撃の態勢をとる。しかし、その無防備な背中に暴風の如き矢の嵐をくらい前のめりに少し怯む。おれは片手剣を振り抜き、辻斬りの顔を斬り付けるとバキっと何かが割れる。怯みつつも鎌を薙ぎ払っておれとの距離を空ける辻斬りの額には深々と斬り付けられた跡が残り、触覚も片方欠けていた。頭の部位破壊。これは討伐の終わりが見えてきたな!


「漸く体力の底が見えてきたかっ…!?」


おれの気分が高揚する。だが心に比して身体は仕様上疲労をしっかりと蓄積し、動きは鈍くなっていく。だがここが正念場だ。畳み掛けるなら今だ!ポーチから黄金色の液体で満ちた瓶を取り出す。『エナジーギア』。一定時間スタミナが最大値と同じ状態にするバフアイテム。無論代償として効果時間後に消費したスタミナが倍となって襲いくるドーピングだ。パキっと割り中身を振り撒くと身体がふわりと軽くなる。まさに翼を授けるエナジードリンク。昂るままに脱兎の如く駆け出すと今は遅く見える辻斬りの剣筋を見切り躱すと腹に切り込みつつ脇に抜けていく。背中から炎の渦を捻じ込む。そのまま身体を一回転させ勢いよく脚を薙ぎ払うように斬り払う。刹那視界の隅に振り下ろされる鎌を捉える。咄嗟に片手剣で弾くが体勢が崩れ、斬り返した辻斬りの鎌に片手剣を飛ばされてしまう。連撃に怯み尻餅をついてしまったおれにトドメとばかりに辻斬りが鎌を振り上げる。が、鎌が振り下ろされるより早くラッシュの援護射撃が辻斬りを貫き怯ませる。おれはたまたま手元に落ちていた木の枝を掴みあげると辻斬りの脚を蹴って背中へと駆け上がった。武器としてはゲームステータス最弱の木の枝。だがその武器の分類判定は『片手剣』。ならば片手剣のスキルを使用することができる。


「ムーンスラッシュ!」


木の枝が空を切る。この攻撃を当ててはダメだ。枝が折れる。そうなっては狙いの派生技が出せない。フォールブラスト。その付随効果『武器の威力によらない魔法による追加ダメージ』。これならばある程度物理ダメージが欠けたところでダメージを叩き込める。


「フォールブラスト!!」


辻斬りの背に叩きつけた木の枝が、折れるより早く炸裂する。魔法の炎が荒れ狂い辻斬りの背中を猛然と焼く。爆風に乗って背中から飛び降り地面を転がるようにして受け身をとった。ここで『エナジーギア』の効果が切れかかっているのを実感する。過度の疲労が襲いかかりつつある身体に鞭を打って突撃をした。その片手に握る武器は片手剣とすら判定されず、『ナイフ』扱いとなる折れた木の枝。しかしおれにはナイフを含む『軽量武器専用技』がある。


「クイックスラスト!!」


起き上がりつつある辻斬りの頭に鋭い突きをお見舞いする。付随効果『弱点特攻』による追加ダメージに、だが辻斬りは何事もなかったかのように鎌を振り抜く。そうですよね、折れた木の枝ですものね。微々たるダメージが増加したところで微々たるものでさよね。


「ぐっはああ!!!」


鎌にぶっ飛ばされたおれは、したたかに身体を木に打ち付け目から火花が散る。ボーっとする頭の上では星がチカチカ回っている気がする。あー、これスタンってやつか…。お星様綺麗だなー、うふふふ…。ってそんな場合か!急に冴えた意識で思考を現実に引き戻すと、ラッシュの矢に射抜かれた辻斬りが震える鎌で身体を支え起き上がろうとするがそのまま倒れ込む。満身創痍のおれはそのまま座り込んで天を仰ぐ。トドメはおれがスタンしてる間にか…、悲しいなぁ…。すると頭上でポキリと音がしてポーションが振りかけられる。


「お疲れさんっ!『樹海の辻斬り』討伐完了だな…!」


「あぁ、」


視線を向けるとラッシュがおれの横にドスりと腰を降ろす。突き出してきた拳に拳をぶつけ互いの労いと喜びを分かち合う。ラッシュは拾ってきてくれていたおれの片手剣を脇に「ほいっ」と言い投げるとコアを出してリザルトを始める。おれもさっさとリザルトを済ませると大の字で寝転ぶ。


「おれ達強くなったか?」


何気なく聞くおれにラッシュは遠くの木々の隙間から見える空を眺めながら答える。


「さあな?」


おれはラッシュの答えを気にするでもなく、木漏れ日に目を細めながら続けた。


「今ならあのダンジョン行けるか?」


ラッシュはチラリとこちらを伺うと肩を竦める。


「それこそわかんねぇな…」


「だな。なんせおれ達…」


「「戦ってねぇからな!!」」


2人して声を揃えて笑いだす。全く馬鹿らしい。前回の結果もしっかり反省すれば完全なる自爆だ。結局のところ綾のダンジョンは未知数。これ以上考えたって仕方がない。もう挑んでみるしかないのだ。樹海の奥深く2つの笑い声が響き渡った。

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