ダンジョンマスター:7日目
「今日は新しく取れるようになったグリーンハーブの紅茶を入れてみたにゃ…!」
昼下がりのマイルームでくつろぐ私の元へクロが『働きマウス』をつれておやつを持ってくる。今日のメニューはドーナッツに新しく作れるようになった紅茶だ!私は早速紅茶を頂いてみる。
「ありがとう、みんな。いただきま〜す。さて、お味は〜っと。んっ、これは蜂蜜いれたなっ!」
「にゃ?甘いの嫌いだったかにゃ…?」
「全然!美味しいよ!寧ろ甘いの大好き!」
「それは良かったにゃ!」
クロはそう言うと私の膝の上へとするりと登ってくる。ここのところクロは私からモフりに行かずとも甘えてくれる。至福。ゆっくりとクロを撫でてやりながら、ドーナッツを齧る。最近はこの通りゆっくりする時間も余裕も出てきていた。
そーちゃん達を撃退した後だが、このダンジョンはかなりの発展を遂げた。まず私の眷属の子達だが、ファーマーラビット達を『ノーブルラビット』と『山賊うさぎ』へとそれぞれ進化させた。この2匹は純粋な戦闘能力よりも指揮能力が強化されるタイプで、ノーブルラビットはダンジョン全体の管理、山賊うさぎはダンジョンの防衛や狩りといったことの指揮に長けていた。もちろん2匹とも指示を出すべき部下がいなければ真価を発揮できない。そのため私はこの2匹の進化に伴って召喚できるようになった眷属モンスター、『働きマウス』と『子分うさぎ』をそれぞれ5匹と『兵隊イタチ』を3匹召喚した。
新しく召喚した子達のおかげでダンジョンの運営が楽になった。まず山賊うさぎだったが、野良モンスターを手懐けることができるスキル『テイマー』を覚え、一部の眷属の子達が穴掘りネズミといったようなモンスター達を馬みたいな移動手段として利用できるようなった。これにより活動できる範囲が増えたため、ダンジョンを大幅に拡張できた。新しく拡張したエリアではノーブルラビットの指揮のもと農園にも近い部屋がいくつも作られ、そこでは『プチベリー』や『サザムギ』、『薬草』や『毒抜きの葉』などといった植物系のアイテムが沢山栽培されている。特に『コガネソウ』は売却した時に貰えるDPが多く、これで安定してDPを得られるようになった。
次に大きく変わったのはダンジョン内の環境で、炎のマナにより『ライトモス』が『サニーモス』に進化してダンジョン内は外のように明くなり、ダンジョン内に自生していた『綿毛草』が水のマナにより『雨雲草』へと進化したため水の循環も活発化し、植物系アイテムを育てるには最高の環境へとなった。それにより森や草原を住処とするような『ポチウルフ』や『フォレストボア』、『ハニービー』などいった野良モンスターが住み着きダンジョンの生態系はかなり豊かになった。ダンジョンの構造をそれに合わせて、ノーブルラビットにお願いして、今までのような通路が入り組んだだけの構造から学校の教室程度の大きさの小部屋がいくつも交差点のようにある構造に作り替えた。そしてダンジョン内でもある程度の棲み分けが進み、入り口から中層あたりまでが野良モンスターが中心の生態系が築かれ、深いエリアで私と眷属の子達が管理するエリアが広がる。その境となるエリアでは山賊うさぎと子分うさぎ、兵隊イタチからなる防衛チームに守って貰っていた。
これが最近の私のダンジョンの変化だ。そしてマイルームの私の元に2匹の眷属達がやってくる。元ケット・シーだった火芽狐の子とサワマモリの子だ。この子達は狩りや防衛の要になる私の眷属達のエースモンスターだ。
「主さま、私達を呼び出してなにか御用でしゅか?」
「そ!とっても大事な用事!」
私が笑顔で応じると、火芽狐の子が可愛らしく首を傾げる。分からないのも無理はない。クロの時なんてすごい驚いていたからな…。まああの時とは大分状況が違うけれど。何はともあれ、やっと貯まったのだ…!1000DP!
それはつまり…!
「あなた達にね、名前を付けてあげようと思うの!!実はちょっと前から決めてあったんだけどね!あなた達の名は『ルーシュ』と『レース』よ!」
「「…!!」」
2匹は声にならない歓声をあげ、お互い顔を見合わせると大喜びで私の胸へと駆け寄ってきた。私は飛びついてくる2匹を抱きとめると思いっきり可愛いがってやる。火芽狐の『ルーシュ』とサワマモリの『レース』!2匹は大興奮で私を揉みくちゃにしてほっぺを舐めてくる。
「ルーシュ…、ルーシュ!!私の名前!ありがとうでしゅ、主さま!」
「れす、れす!ぼくもとっても嬉しいれす、だんな様!ありがとうれす!」
「そうか、そうか。それは良かった!」
いつまでたっても2匹の語尾は可愛いままだな、おい!ケット・シーから進化して舌足らずな言葉使いは無くなってしまったが語尾だけは相変わらずだった。可愛いから2人の名前にしてやった。とにかくこれで戦力も大幅強化だ!なによりこれ以上この子達に名前を付けないって言うのは私が我慢できそうになかった。あぁ、可愛い!!私が2匹を思う存分可愛がってやっていると、クロがレースの顔を尻尾でパシリと軽くはたく。
「あ痛っ!何するれすか、クロ様!」
「にゃ〜?なんでもないにゃ〜?」
クロは澄ました顔で視線を逸らし、知らんぷりをする。その態度にレースが頬を膨らませる。
「クロ様、嫉妬してるれすか!いつもだんな様に甘えるくせにズルいれす!ペシっ」
あ、やり返した…。白々しくしらばっくれるクロにレースが猫パンチをお見舞いする。そしてレースはスルりと私の腕からすり抜けるとクロから逃げ出していく。「あ、やったにゃ!」とクロも私の肩から飛び降りて追いかけっこを始めた。
「こーら!2人ともなにやってるのよ!」
「2人は好きにさせとくでしゅよ…!」
1人私の腕の中に残ったルーシュが私に頬ずりをする。これぞ漁夫の利。にしてもあざといな、ルーシュ!この天真爛漫お姫様め!お互いに水魔法を撃ち合ってじゃれ合い始めた2匹を眺めながら、ルーシュの薄紅色の毛を撫でてやる。だがバシャバシャと水遊びがエスカレートしていくうちにこちらにも水飛沫が飛んできて私とルーシュにも被害が及ぶ。火芽狐のルーシュはあまり濡れたりするのが好きではない。あ…、これはお怒りだな…。ルーシュはぴょんと私の腕から無言で飛び降りる。それに気付いたクロとレースがビクリと震える。
「わ、わざとじゃにゃいにゃ…」
「れす、れす!」
いつの世だって女の子を怒らせると怖い。ガクガクと怯えてクロとレースが弁明するが、それでもルーシュは無言の威圧感を放ったまま近づいていく。クロとレースは今やもう2匹で抱き合って壊れた洗濯機のようにガタガタと震えていた。
「このバカぁーーっ!!」
「アアアー!ごめんれすぅーー!!」
「落ち着くにゃ、ルーシュー!!」
爆発したルーシュに弾き飛ばされるようにクロとレースが逃げ出す。その後を水遊びのあとの水も蒸発するが如く勢いの怒りの炎を纏ってルーシュが追いかける。
「ごめんなさい、クロ様!あとはまかせたれす!!」
「卑怯にゃあああ!」
レースが水魔法をクロの目の前に放ち、クロが悲鳴をあげてスリップする。そしてレース自身は風魔法を纏って逃げ出す。
「あ、こらっ!待ちなさい!!」
クロの尻尾を踏みつけて捕まえたルーシュがレースに風を纏った炎魔法を撃ち込む。レースは自分の風魔法も相まって勢いよく吹き飛んで、あともうちょっとだったマイルームのドアのその横の壁へと叩きつけられる。その轟音に丁度マイルームへとやってきたノーブルラビットがビクリと震える。
「み、皆さん、何をされてるのですか…?」
「いいの、いいの、気にしなくて!それより何か用事があったんでしょ?」
困惑するノーブルラビットを苦笑いで誤魔化す。なにせレースが煙をあげて壁にぶつかり、激昴するルーシュの足元ではクロが大の字で倒れているこの惨状…、狼狽えるのも仕方ない…。ノーブルラビットもこれ以上は触れない方が良さそうだと察して、気にしないようにする。まあ、私と話ながらルーシュの目の前に座らされ、お説教をうけるクロとレースの様子をチラチラと確認してはいたけれど…。とにかくノーブルラビットはピシッと一度と姿勢を正す。頭には羽根の付いた帽子をのせ、ベルトには小さな槍を携えた、スカーフにマントというお洒落うさぎさんだ。ノーブルラビットは恭しく要件を切り出す。
「あっ!少しばかりお時間失礼します。以前マスターが愛らしいからと防衛対象から外した『鼻歌鳥』なのですが、農園への被害、特に『サザムギ』と『プチベリー』への被害が大きく、このままではマスターのお茶菓子にも悪影響が及び兼ねないため相談に参ったのですが…」
あ、なるほど。私の我儘で、私に被害があると。つまりそーいうこと。自業自得ではないか…。迷惑かけてごめんなさい。
「そ…。それは仕方ないわね…。私がおやつを我慢すれば大丈夫…?」
私が諦めてそう答えるとノーブルラビットが少し困ったように応じる。どうやら、そうではなかったらしい…。
「いえ…、『プチベリー』は我々、眷属の嗜好品にもなりますし、モンスターにただ襲わせるだけのものを育てるのは部下達の意欲の低下にも繋がりますので…」
少しだけ話が見えてきた。つまり鼻歌鳥放置で解決する問題でもなかったようだ。でも、そもそも鼻歌鳥を防衛対象にしないという私の我儘が通ったのは…
「ならどうするの…?鼻歌鳥みたいに空を飛ぶモンスターの防衛は難しいんじゃなかったっけ?何か解決方法でも見つかった?」
そう、侵入を阻むことが難しいのだ。現在の野良モンスターとの防衛線では下層に繋がる道を1つに絞り、その通路の真ん中にテニスコート2面程度の広さの部屋を設置している。そこで防衛チームが野良モンスターに対して集中砲火を行えるようにしているのだ。しかしそうなると鼻歌鳥のような飛行系モンスターが自由に飛び回る広さを与えてしまい、仕留めるのが難しいのだ。対策としては通路で撃退するか天井の高さを下げるというものが挙げられたが、前者は通路で防衛するとなると必然的に他のモンスターとも1対1、多くても2対1にしか持ち込めない。そうなるといくら私の眷属が強くなったとは言え、ポチウルフやフォレストボアといったモンスター相手には被害が少なからず出てしまう。それは看過できる問題ではない。ネームド達なら完封もできるが常にそこに強力なネームドを配置し続けなければならないのは得策ではない。そして後者だが、単純に構造上脆くなってしまう。戦闘の最中に落盤でもされたら、それこそ被害が計り知れない。他にもいくつか案があったが決め手にかける。ならば、そこまで危険度のない鼻歌鳥の問題は先送りにしようという一面もあった。
「はい、マスターも危惧されている防衛ですが、山賊うさぎ殿と対策を講じた結果ですが、マスターに『コンダクターバード』を召喚して頂けないかということになりました。この眷属は飛行系モンスターを対象にした『テイマー』スキルを保有しておりますので、鼻歌鳥を我々の統治下に置いた上、山賊うさぎ殿のスキル『ライダー』と組み合わせることで他の眷属達の翼にもなります。これで鼻歌鳥の問題を解決した上、他の飛行系モンスター達からの防衛も可能になるかと…!」
ふむふむ。後半少し難しかったけど、要は全部解決、万々歳ってことだろうか。優秀な部下を持つっていいね!私はバカで大丈夫ってことだ!あとノーブル、つまり貴族なんて悪代官みたいなもんだろ舐めてたけど全然そうじゃないね、むしろ騎士様だよ!いや、あれも貴族か…!忠誠を誓おうじゃないか!
「サー!イエス、サー!ですが、不肖わたくし、たった今ルーシュとレースの名前のためにDPを使い果たし、眷属を召喚できないであります、サー!如何しましょう、サー!」
「やはり、御二方の要件はネームドでしたか…!いえ、それよりもサーは辞めて下さい、マスター…、あなたは私が忠誠を誓う王であるというのに…」
ノーブルラビットは少し苦笑いをしながらそう言うと、ゴソゴソと何か腰のあたりから取り出す。私に差し出されたそれは『コガネソウ』だった。
「もしかしてと思い、一応持ってきておいて正解でした!ではよろしければ召喚の方お願いします、マスター!」
ノーブルラビットは私に跪いてコガネソウを私に渡すとペコりとお辞儀をする。もうカッコイイかよ、お前!モフカッコイイはズルいぞ!コガネソウをコアメニューから売却すると、私は『コンダクターバード』を召喚する。そして淡い光から現れたコンダクターバードは私を見つけるとこれまた丁寧にお辞儀をする。
「お初に、マドモワゼル。どうぞ、お手柔らかに」
なんだお前もか。お前もオサレ系紳士か。召喚されたコンダクターバードは燕尾服のようなシルエットで、真っ白な胸には首元のワンポイントの赤い羽根が映える。そして頭には綺麗な飾り羽根が彩る。この世界の神とやらのセンスは神絵師クラスらしい。あ、神だから当たり前か。神絵師の方が神クラスなのか。どっちでもいいか。両方神だ。私が下らないことを考えているとノーブルラビットがサッと姿勢を正し、敬礼をする。
「ではマスター、私は務めに戻りますので、これで」
「ではご機嫌よう。マドモワゼル」
ノーブルラビットは丁寧にそう告げてコンダクターバードとともにダンジョンへと消えていく。いやー、これはこれでいいものだ。モフ紳士。可愛いさとお洒落なカッコ良さの共存がやばい。と、私がノーブルラビットとのやりとりのうちにどうやらルーシュのお説教も終わっていたらしい。クタクタになっていたレースもとぼとぼとルーシュと共にダンジョンへと戻っていく。
「おいで〜、クロ。肩のるでしょ?」
私が項垂れいるとクロに声をかけるとノソノソとやってきて肩にのぼる。いつものように喉元をかいてやると、くすぐったそうにし少しだけ元気を取り戻す。
「にゃ〜、またどこかお散歩かにゃ、ご主人?」
「うん、ずっと閉じこもってるのもあれだし、体を動かさないとね」
私はマイルームからダンジョンへと出る。すると少し眩しい光が射す。コアルームからでたそこは体育館程度の大きさの開けたスペースで眷属達の暮らす層の中でも一番大きなエリアだ。半球形の天井には『青空ゴケ』や『サニーモス』がびっしり生え、『雨雲草』が浮かび小さな空が出来ていた。そこのスペースはいうなれば植物園の温室とかのイメージだろうか?マイナスイオンの爽やかな空気が美味しい。そしてそこでは飼い慣らされた野良モンスターの穴掘りネズミやホーンラビットといったモンスターが放し飼いになっていた。野良モンスターの野良とはなんだろうか。中々考えさせられる。私とクロが何の気なしに歩いていると1つのキノコが目に入る。
「『アオジロダケ』だにゃ。『ダンジョンマッシュ』がもう変化したのかにゃ?」
「えーと、これって相手を麻痺にするキノコだったけ?」
私は『アオジロダケ』をコアメニューの倉庫に回収しつつクロにたずねると、クロは「そうだにゃ」とだけ頷く。この前は眠りを付与できる『スヤスヤシの実』がとれたし、このダンジョンにも状態異常系が増えてきたな。と、そこで1つアイデアを思い付く。確か、ダンジョンギミックにあれがあった筈だ…!ダンジョンと言えばという有名なあれ!
「にゃ〜ご主人?なんか悪い顔してるにゃ…」
「何よ、悪い顔って。ちょっと名案があるの!さ、山賊うさぎに会いに行きましょ!」
私は山賊うさぎのいる防衛線を目指し、通路に消えていく。そう秘策を隠しもって…
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