星巡の業と僥
志槻 黎
◆前篇
Introduction-変転
いつの間にか、秋が来てしまっている。
また特に何もしないまま時間を送ってしまったのだと思うと、風流なはずの色づく木の葉も憎らしい。そう言えば、春の桜や夏の新緑に対しても同じ感情だったと思いだした
刺激が欲しい。そう思ったこともあったけれど、あったらあったでこんなものいらないと思うのだ。一週間前のことを思い出した頼子は嫌な気分になって、布団の上できつく手を握り合わせた。あれは確かに刺激的だったが……非現実すぎて未だに夢だったのではないかと疑っている。
私の人生は極端だ。どうにも上手くいかない人生に、頼子は嫌気がさしていた。そこそこの、ちょうどいいのが欲しいのに、貰えるのはいつもゼロか百かだ。病気による痛みや苦しみ、事故による両親の他界、兄たちとの離別、そして先週の――
「……っ」
思い出して、一気に嫌な気持ちになる。受け入れ難い、目を背け続けていたものを眼前に突きつけられた気分になって胸がぎりりと痛んだ。でもこんなの駄目だ。これからはもう、一人で生きなければならないのだから……。そんなことを考えながら、心細さを誤魔化すように傍にあったテレビの電源を点けた。気分転換になればと思ったのに、全くそんな気になれないような場面が映し出されて息を呑んだ。煙を上げて崩れたビルの映像に合わせて、切迫を装ったアナウンサーの声が聞こえてくる。その途端に頼子は体を震わせ、ベッドに蹲った。
この震えは、大勢の命に影響を及ぼした事件への恐怖心からくるものではない。それとはもっと別の、複雑な感情のせいだ。それらに茶番劇のようなスタジオと現場の遣り取りや倒壊に至る経緯が上乗せされることで、嫌悪感によく似た苛立ちが頼子を苛む。
こんなもの見たくない。頼子は乱雑にリモコンを操作する。こんなのじゃなくて、何か別の……例えば動物の赤ちゃんが生まれました、的な和やかなニュースはないものかとチャンネルを変えてみても、「壊れてるんじゃないか」と思うほど、どの局も似たような映像を垂れ流すばかりだった。
(もう嫌だ……)
生きる気力さえなくしてしまいそうな絶望感に、頼子は強く奥歯を噛みしめて耐えた。何も聴きたくない。考えたくない。頼子は耳を塞いで、ぎゅっと目を閉じた。
『今日未明、都内のビルが爆発する事件がありました。被害に遭ったビルは貿易会社の篠塚商事本社で、百名を超える死傷者が出ています。――《
どれだけ必死に耳を塞いでも、目を背けても、詰め寄るようなアナウンサーの声は、情け容赦なく頼子を追い詰めた。病室の窓から、未だに炎や煙を上げながら崩れていくビルが遠巻きに見える。その光景までもが「これが現実だ」と語りかけてくるようで、あの出来事も夢ではなかったのだと認めざるを得なかった。
それでもまだ認めたくなくて、頼子はその場に伏して静かに泣いた。こんな刺激なら要らない。そう思い願っても、現実は変わってくれない。
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