第七十五話「副大統領の部隊」

 やがて丘が途切れ、一般道にでた。


「道がきれいに整備されているね。それに広い」

「ああ。このあたりは首都につづく道だから夜間でも行き来も多いんだ。いまはたぶん情勢が不安定だからあまり行き交いがないけど」

「幸か不幸かそのほうが好都合だ。みんな目立たないようにいくよ」

 長老の声を合図に一同は道の脇を闇にまぎれて進んでいった。

 途中、エスペルの住人を見かけることは何度もあった。そのたびに湯吉は「ステファンと同じだぁ」と小声でおどろいていた。

「この国では君たちが異国の者なんだ。不思議な感じだろう?」


 やがてまた丘を登り、頂上付近にやってきた。ステファンは丘の向こうを指さした。

「きっと、あれです」

 そこには、広大な土地の中心に屋根の丸い巨大な研究所が建てられていた。土地の広さも、建物の大きさも、和ノ国とは規模がちがう。

 ところどころに明かりが灯り、まるで闇夜にうずくまる怪物のようだ。

「ステファン、あれをみて」

 迅が示した森の中に、無数の明かりがあつまっていた。その森と研究所はそう離れていない。

「もしかすると」

 ステファンが長老の顔をみると、長老がうなずいた。

「ああ。おそらく副大統領の部隊だな。あそこが狙われているということは、マジェスタはあの建物にいる」


 一行は、部隊のいる森に近づいた。

「結構いるな」

 湯吉はそっと背伸びをしていった。

「ここから見えるの? そんなに目が良かったんだ」

 ステファンはおどろいた。長老が、ふふっとわらう。

「湯吉は目の良さと記憶の良さは群を抜いているんだ。兵士は何人くらいいる?」

「えっと、百人くらいかな。ただ、だらけている者もいるから全員が精鋭部隊ではなさそうだけど、みんな銃をもっている」

 それを聞いて長老は渋い顔をした。

「バルアチアの銃はやっかいだ。あれで打たれると忍者でもなかなか避けられないから、みんな気をつけろ。じゃあ、手分けをして情報を集めるぞ。ステファンは兵士に化けて情報収集。私と迅が服をかっぱらうのを手伝う。湯吉は科学研究所を一周し、外観から情報を集めてくれ」


 副大統領の兵士が一人、部隊から離れて茂みにかけこんだ。

「トイレ、トイレ、夜は冷えるんだよなぁ」

 と、つぶやきながら用を足していると、


 シューーーーッ


 と、上からなにかがすべり落ちる音がきこえた。

「んっ?」と兵士が上をむいたとき、バシッ、と首をたたかれ、兵士は気をうしなった。

「ごめんよ」

 迅は小さくつぶやき、兵士の服を脱がせた。

「地図もなにも持っていないですね。下っ端みたいです。あっ、長老、これ、どうします?」

 迅が困った顔で長老にたずねた。手に持っているのは銃だった。

「こいつと一緒に木にしばりつけておきな」

 迅は兵士と木で挟み込むように銃を間に入れてしばりつけ、猿ぐつわをつけた。

「ステファン、出番だよ」

「ああ」

 ステファンはすぐにその服に着がえて部隊の中にまぎれこんだ。


 湯吉の言ったようにあまり統制がとれておらず、寝そべったりタバコをふかしながら愚痴を言うものもいた。

「まだかよ、いつまで待たせんだ」

「科学者なんて銃を見せたら縮み上がって降参するぜ、はっはっは」

(ここの連中は地図や資料は渡されていないようだ)

 品の悪そうな兵士たちの間をすり抜け、部隊の前方へむかった。

 すると見るからに格上の精鋭たちが待機していた。

 そのうち一人の兵士が地図を見ていた。

(この兵士から地図を拝借したいが、脇は甘くなさそうだな)

 ステファンは周りを見わたした。本営のテントがあるくらいで、特に利用できそうなものはない。

(あるとすれば……あれかな)

 夜が更けると冷え込むので、松明がたかれていた。

 さっきの兵士も火の前で地図をみている。

 ステファンはそっと木陰に入り、印をきった。

 するとそよ風がヒューっと部隊の中を吹きぬけた。

 次の瞬間、


 ビューーーーーー


 そよ風が強い風になった。その風が次々と松明を消しさった。

「何だ、どうした!? なぜ真っ暗になったんだ!」

 格上の兵士がさけんだ。

「きゅ、急に突風が吹きまして、松明がきえました!」

「バカ者! 早く松明をつけろ」

 部隊は一時混乱した。驚いて、ぶつかった兵士もいるようだ。

 兵士たちが松明をつけまわった。

 やっと元の明るさに戻ったとき、

「ん……?」

 一人の兵士は自分が見ていた地図がないことに気づいた。

「あれ、そういえば暗くなった時、誰かとぶつかって……」

 兵士はあたりを見わたしたが地図は見当たらなかった。

「風に飛ばされたか」

 兵士は舌打ちをしたが、そこまで気に留めることなく、別の兵士に地図を借りにいった。


 待ち合わせ場所にはすでに長老と迅がもどっていた。

 迅がステファンを出迎えてくれた。

「どうだった?」

 ステファンは地図を長老と迅にみせた。

「風で松明を消して、その隙に拝借しました」

 長老は苦笑いをした。

「やり方はうまいが、あまり体力を使うでないぞ」

「わかりました」

 そこへ湯吉もかえってきた。

「どうだった?」

 ふたたび迅がきいた。

 湯吉は汗を拭きながら報告した。

「なかなか守備が固い施設だよ。どの入り口にも銃を持った守備兵が二人以上いて、簡単には忍び込めそうにないな」

「そうかぁ」

 ステファンは地図をひろげた。案の定、科学研究所の内部の地図だった。

 湯吉は地図を見ながら説明した。

「北側のこのあたりにかなり広いスペースがあり、おそらく大きな実験や発明品を扱うところでしょう。屋根には小さな煙突のようなものがあり、今も煙がでていました。南側のこのあたりは小さな部屋が並んでいました。窓は小さく、かなり高い位置に備え付けられています」

「この地図でみると、人が居住できそうなのは……」

 ステファンは地図をなめるように見わたした。

「ない……!?」


 施設の地図には事務的な部屋はあり、一晩くらい泊まることならできそうだが、長期で居住できるような設備が整った部屋はなかった。

「ちがったか」

 ステファンは肩をおとした。

 また一から考え直さないといけない。

 この広いバルアチアを探し回るとなると気が遠くなった。

 そこでじっと地図を見つづけていた迅がいった。

「ステファン、地図には載ってないけど地下はどうかな?」

 迅の指摘に湯吉は顔をあげた。

「あっ、そういえば、地下からの空気口みたいなのが何本かありました」

「それかもしれない、それはどのあたりにあった?」

「えっと、中央部分のこの入り口付近に……」

 迅と湯吉が懸命に突破口を考えてくれている。自分が落ち込んだ時にはいつも友人たちが助けてくれる。

 感謝の気持ちで、ステファンはそっと二人に頭をさげた。


「ステファン、湯吉の指摘だと一階のこの階段あたりがあやしい。地下への隠し通路があるかもしれない」

「ありがとう、二人とも!」

 長老は横から少年忍者たちの顔をみていた。この数か月で本当にたくましくなった。長老が三人にいった。

「決まりだな。さて、それでどうやって侵入する?」

 湯吉がふたたび地図を指さした。

「通常の入り口からの侵入は難しいです。ただ、たとえば研究所の門に部隊が攻撃してきたようにみせかけたら、裏側の警備が薄くなるかもしれません」

 長老は首をふった。

「方法としてはありえるが、それをすると私らの都合でこの国の政治に手をだすことになる。それはできるだけ避けたい」

「やっぱりここしかないですね」

 ステファンが地図に指さしたのは丸く巨大な屋根にある煙突だった。

「屋根に飛び移り、煙突から侵入する」

「でも、どうやって研究所の屋根に行く? 建物のまわりは広い庭で飛び移れる距離じゃないよ」

「これをつかう」

 ステファンは腕をあげて風の龍鈴をみせた。

「どうやら、それしかないようだな。わしらも隙があれば別ルートで侵入する」


 忍者たちは研究所の裏側にある森に移動した。

 ステファンは再び黒い装束に着がえてムササビの準備をした。

 迅がとなりでわらった。

「『怪盗夜ガラス、バルアチアにあらわる』だね」


「ああ。家族を盗んでくるよ」

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