第七十四話「忍者たちの上陸」
船を沖合に停止させ、日が暮れるとふたたび前進させた。
そして陸まで近づくと、小型ボートが海面におろされた。
ボートに乗ったのは、ステファンと湯吉と迅だった。
内乱の場合、異国人は狙われる可能性があるので、ステファンが偵察に行き、湯吉と迅がボートで待機することになった。
ザァッーザァツーっとゆっくり音をたてる波に揺られながら、ボートは海岸についた。
「気をつけてな!」
「ああ」
二人に見送られ、ステファンは上陸した。
バルアチアの地を踏んだステファンはまだ実感がなかった。
途中で馬車や人とすれちがうことがあったが、ステファンと同じ金髪や青い目の人が多く、逆に違和感をおぼえるくらいだった。
通り沿いにあったレンガ造りの街並みをみて、やっとなつかしくなってきた。
首都エスペルのほうへむかったが、
(情報収集なら、エスペルまで行かなくてもあれをみつけたらいい)
ステファンはレンガ造りの家の庭に忍び込んだ。
向かったのは、なんとゴミ置き場だった。
(ちょっと失礼しますね)
ステファンは気づかれないようにゴミをあさりはじめた。
まさか、母国に帰って初めてすることがゴミあさりとは、今度エミーラを笑わせてやろう。そんなことを考えていると、目当てのものがみつかった。
それは新聞だった。大きな出来事を把握するには人への聞き込みより情報量の多い新聞のほうがいい。
ステファンは明かりの下で新聞をひろげた。
そこで目に飛び込んできた見出しに「えっ!」と思わず声をだした。
見出しには次のように書かれていた。
「副大統領カシム氏、科学大臣マジェスタ氏へ攻撃準備。内乱を恐れ、首都から避難する国民多数」
船に戻ったステファンはさっそく報告をした。
全員が驚きの目で新聞をよんだ。
高官たちは持ち帰った他の新聞も丹念にしらべている。
「どうやら、和ノ国からの帰国時をねらって副大統領がマジェスタ氏を拘束しようとしたようですね。しかし、マジェスタ氏には逃げられています」
そう説明する高垣に長老がきいた。
「なぜ拘束しようとしたんだ」
「この新聞には『マジェスタ氏が大臣就任時に
「それで、あんたの意見はどうだい?」
「たしかにマジェスタ氏の出世の早さは異例です。そこでなにかあったと勘ぐられてもおかしくないでしょう。しかし、副大統領はかなり野心の強い男で、彼がこの地位につくまで、多くの人間を
「エミーラや、父や母はどこに捕らえられているのでしょう?」
ステファンの質問に高垣は、うーん、とうなり、首都エスペルの地図をもってきた。
この信頼すべき高官たちは松五郎からあらかたの事情をきかされている。高垣は町の中心部にある円形の建物を指さした。
「ここがエスペル宮殿、政治を行うところです。その横が裁判所、その周りは各省の建物が並んでいます。マジェスタ氏のいる科学省は少し離れたこのあたりです」
「省内にだれかをかくまうところはあるのか?」
長老が聞くと、高垣は微妙な顔をした。
「あくまで行政機関ですからね。可能性は低いとおもいます」
「ほかに心当たりの場所はありますか?」
ステファンがきいた。
「そうですね。考えられるとしたら、マジェスタ氏の私邸か、ほかには……」
「あ、あのぅ」
迅がおそるおそるいった。
「研究施設とかはどうでしょう?」
その言葉に、あっ、と反応したのは竹ノ内だった。
「最近できた科学研究所があると、酒の席で別の高官がいっていました。たしか、町郊外の大きな牧場跡に建てた、国が誇る研究所だといっていました。地図でいうと郊外だから……あっ、ありました、国立科学研究所! 建設中と書いてあるので間違いないですね」
ステファンたちは地図をのぞきこんだ。中心部から四キロほど離れた山の中に、その研究所はあった。
「じゃあ、乗りこみましょうか」
湯吉が両手の拳をあわせた。
高垣は申し訳なさそういった。
「皆さん、この事態では私たちの立場は通用しないようです、申し訳ない。でも個人としてはお手伝いしますので何でもいってください」
「私もです」
竹ノ内もつづいた。
「私たちもできることがあれば言ってくださいよ」
そう言ったのは船長の大塚だった。
ステファンは三人の気持ちに心打たれ、深く頭をさげた。
長老がいった。
「皆の気持ちは本当にありがたい。しかし、私たちが施設へ侵入して三日しても戻ってこない場合や、この船自体に危険が及んだときは迷わず帰国すること。すまんがこれは命令として受け取ってほしい」
高官たちや船長はその命令に戸惑いを覚えたが、水夫たちが巻き添えになることを説かれ、最後には納得した。
高垣がいった。
「この新聞は二日前のものです。情勢は急変するのでお気をつけください」
忍者たちはふたたび小型ボートで岸にむかった。
乗っているのはステファン、迅、湯吉、長老、そしてボートの漕ぎ手の水夫一名である。ボートは一度船に回収され、岸からの合図を待つことになっている。
ボートから降りた忍者たちは水夫に見送られ、バルアチアの闇夜にまぎれて進みはじめた。
「あぁ、首都の建物みたかったなぁ」
湯吉は走りながら残念そうにいった。
「首都の建物は歴史的なものが多くてすごいよ。今度必ずみんなを案内するよ」
「プロミス(約束)だぜ、ステファン!」
「オフコース(もちろん)!」
ステファンは町人の格好をしているが、他は全員忍び込むための黒装束だった。
科学研究所は岸から首都を挟んで反対の山側にあり、一行は人目を避けるため首都を迂回することにした。
今は情勢が安定しているようで、暴動の声や銃声は聞こえてこなかった。
途中、高い丘を通ったとき、首都エスペルの夜景を一望できた。
「うわぁ」
迅と湯吉は目をまるくしておどろいた。和ノ国のどの町ともちがうレンガや石を基調にした高い建物がならんでいた。
異国の景色に迅と湯吉はしばらく目を奪われた。
「すげぇ」
そんな言葉しかでてこない、二人にステファンは笑っていった。
「僕も初めて忍びの里にきたときは同じくらい衝撃だったよ」
「なにが衝撃だったの、ステファン?」
迅が興味深くきくと、
「自然と共存しているような家や建物はびっくりした。でも一番衝撃だったのは」
ステファンはニコッとわらった。
「納豆の味さ」
「うわぁぁ、納豆食いてぇ」
湯吉は大きな腹をボンボンとたたいた。
長老が苦笑した。
「湯吉、それはホームシックっていうんだよ。家が恋しくなってんだ」
「全然寂しくなんてないですよ。ただ、納豆と豆腐と卵かけごはんが食いたいだけだ」
「はっはっは、どれも船旅にはむいていない食べ物ばかりだ」
闇夜を猛スピードでかけぬける忍者の集団は、見た目とは反対にそんなほのぼのした会話をしていた。
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