第七十話「欲という恐ろしい魔物」
「あぁぁぁ」
ステファンの言葉をきいて長老は泣きくずれた。椿が隣にいって背中をさすった。
周りでは皆がおどろき、声を出せずにいる。
流がステファンに聞いた。
「し、しかし、長老、紫電様はもう六十年も前に亡くなられたはず。仮に生きてらしたとしてももう百三十歳にも……」
流はそう言いながらはっと目をみひらいた。目の前に年を取らない長老の姿があるからだ。
「だ、だから不老不死の薬を……」
「でもさ、ステファン、あいつは長老が知り合いって顔はしなかったぜ。一言も話していないし」
「マックス、そうでもないんだ。マジェスタが猿飛さんから風の龍鈴を取り上げたとき、どこに投げたか覚えている?」
マックスはそのときの情景を思いうかべた。
「あっ、長老のまえに」
「そう、あれは偶然じゃなく、明らかに長老に投げたものだった。あのときマジェスタは長老をみてこう言ったんだ、『資格無き者に大きな力を与えるべきではないな』ってね。まるで師が弟子の失敗を指導するように」
椿が長老をさすりながら優しくいった。
「おばあちゃん、大変だろうけど何があったのか教えてくれる?」
しばらく声をだして泣いていた長老だったが、やがて顔をあげうなずいた。
「みんな、すまなかったよ。全部話すことにするよ」
そしてゆっくり息をととのえ、切りだした言葉に全員が驚愕した。
「六十年前、紫電様は事故で亡くなられたのではない。私が殺したんだ」
「私たちがある程度の忍術をおぼえたころから、紫電様は龍脈の力の研究に取り組まれていた。そして龍脈の力を使って、火、風、水、木、の力をとりいれる研究を成功された。それが、四つの龍鈴だ。最後の木の龍鈴を完成させた後、紫電様は次の研究にとりかかられた」
「それが、不老の研究ですね」
「ああそうだよ、ステファン。ただ、最初は龍脈の力を使った治療の研究だった。あの頃はまだ紫電様の心に優しく温かいものがあったんだ。私がずっと憧れていた紫電様のお姿がね。しかし、そのころはもう七十歳近くになっておられ、体も不自由になっておられた。そこへ、目の前に若返るかもしれない力がある。しだいに紫電様の心になにかが棲みつくようになったんだ」
長老はゆっくりとつづけた。
「ある日、私は紫電様の研究室によばれた。ちょうど今のカラクリ屋敷があるところだ。私は部屋に入ると目をうたがった。そこには多数の動物の死体が並んでいたからだ。血まみれのなかで紫電様は私にほほえんでこういわれた『やっと完成するよ、紅蓮。ほらみてごらん』」
長老は首をふって何かを振り払おうとした。よっぽどつらい記憶だったのだろう。
「実験台の上には倒れていたウサギがゆっくり起き上がり、やがて飛びはねたんだ。そこには完成前の黒い龍鈴がおいてあった」
「黒い龍鈴!? 龍鈴は四つじゃなかったのですか?」
流の問いに、長老はうなずいた。
「ああ。紫電様は五つ目の龍鈴を完成させようとしていたんだ。紫電様はそのとき、私をみて、今度はニヤリと笑われた。『今から私はこの龍鈴を使って若返り、永遠の命をえる。そのときはお前を嫁としてもらってやろう』。そのときの紫電様の顔はもう魔物に取りつかれていた顔だった」
長老はまた顔を手でおおった。
皆の頭に、藤虎がいった「欲というのは恐ろしい魔物」という言葉がよぎった。紫電もその魔物に取りつかれてしまったのだ。
「私は泣きながら説得したよ。こんな研究止めてください、昔の紫電様に戻ってください。しかし、まったく聞き入れられなかった。だから私は最後の手段にでた。炎の印をきり、やめないとこの研究すべてを燃やす、と。しかし、紫電様はわらっておられた。『お前はそんなことできない。だって私を愛していただろう?』」
長老の目から涙がながれた。
「たしかに私は紫電様を愛していた。私たちのために村を守り、新しい安住の地を探し、忍術を教え、その忍術を平和のためにつかうのだ、と教えてくださった、あの強くて優しい紫電様を。しかし、そんな紫電様はもういなかった。『これで私はやつらに復讐ができる。私をあんな目にあわせたやつらを子孫ごと葬りさってやる』というその死神のような言葉をきいたとき、私の脳裏にまた多くの人が死んでいく姿がよぎったんだ。そして私は紫電様にむかって印をはなった」
皆は、ただ静かに長老の話をきいていた。
「大きな爆発がおきた。そのとき、黒い龍鈴も破裂し、破片が私の胸に刺さったのだ。それから私は年をとらなくなった。家が崩れ落ち、家のあったものすべてが灰になったんだ。私は、村のみんなの英雄である紫電様がそんな変貌されたととてもいえなかった。だから実験で失敗し爆死されたということに……」
長老はまた
「長老、紫電様の亡骸は焼け跡から見つかったのですか?」
流がきいた。
「いや、全てのものが灰になっていたんだ。私は家が崩れる瞬間まで紫電様をみていた。あの年齢と体で、瞬時に脱出することはまず不可能だ」
「でも、いまこうやってあらわれた」
ステファンがゆっくりいった。その言葉に長老もうなずいた。
「ああ。あの黒の龍鈴が関わっていることはまちがいない」
そのときステファンは、はっとした。
(すると、あのときのマジェスタの腕の光は!)
ステファンがそのことに気づいた、ちょうどそのときだった。
ブオオオオオオオオオオオオーーーー
都中に響きわたる音がした。
「な、なに?」
全員が辺りを見まわした。
「この音は……汽笛か! まさか」
松五郎は廊下に飛びだした。外はうっすら明るくなってきている。そのさきに港がみえた。
「おい、うそだろっ、バルアチア船が出航するぞ!」
「エミーラ!」
ステファンは立ちあがった!
階段を駆け下りようとするステファンをマックスがとめた。
「だめだ、走っていっても間に合わない。これをつかえ!」
マックスは荷物の中から布に包まれた道具を取りだした。
「これは!」
「カラクリ忍法・鳥の術ってとこさ!」
そういって素早く道具を組み立てると、鳥の翼のような形になった。
「ありがとう!」
ステファンはそれを肩につけて、廊下から大空へ飛びだした!
ヒューーーーー
ステファンはまるで鳥になったように夜明けの空をかけぬけた。
肩の部分を調整するとある程度の向きを操作することができた。しかし、風の影響が強く、なかなか港の方向に進まない。
(あとは風がふけば)
そのとき自分の左手についているものを思いだした。
ステファンは素早く印をきり、吹く風をイメージして印をはなった。
すると理想的な追い風がふきはじめた。
目の前には動きはじめた船がみえた。
一方、動きだすバルアチアの船の甲板には茶色い髪の男が、少女を連れてあがってきていた。
「やめてください!」
「はっはっは、これが和ノ国の見納めになるんだぞ。礼を言ってほしいくらいだ」
そこにいたのはマジェスタとエミーラだった。
マジェスタの体には火傷ひとつのこっていなかった。
エミーラは遠ざかる港をみつめた。
「お兄ちゃん、みんな……」
忍びの里を離れても、一時も忘れることはなかった。
それをさよならも言わずに去っていくこと。これ以上の苦しみはなかった。
エミーラの目からとめどなく涙がおちた。
そのときだった。港をみていたマジェスタが「ほぅ」と感心するようにつぶやいた。
「お前の兄はなかなかのやつだな」
エミーラは顔をあげた。
そこには空を飛んでくる忍者がいた。
「お兄ちゃん……?」
マジェスタは不敵な笑いをした。
「ああ、残念だったな。もう少しで船まで来れたが、この距離ではもう無理だな」
すかさず海に飛び込もうとするエミーラをマジェスタは
「お兄ちゃーーん」
エミーラは声の限りにさけんだ。
するとかすかだが、たしかに声がきこえた。
「エミーラ! かならず助けに行くからな!」
エミーラは涙で目を濡らしながら大きく手をふった。
何度も何度も叫んだが、やがて港はみえなくなった。
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