第六十三話「魑魅魍魎の天守閣」

 一行は天守閣に向かってゆっくり階段をあがった。


 上の階には明かりがともされていたが、人の気配がまったくない。

「天守閣まではあと何階だ?」

 マックスは上を見あげながらきいた。

「そうだな、あと七階くらいだ」

「七階!? どんだけ高いんだ」

 山から吹いてきた冷たい夜風がすぅーと通り抜けていった。その風に灯篭の火がいっせいにふるえた。


 人の気配がしない静けさが、きらびやかな天井や壁に不気味な雰囲気をあたえていた。

 皆の脳裏に「魑魅魍魎ちみもうりょうの城」という言葉がよぎった。

「おい、みんな、まさか『お化けが出る』なんて思ってないだろうな?」

 マックスは一人頭に手を組んでひょうひょうと歩いている。

「お化けなんていないぜ、もしいたとしても『人間の悪意』に比べたらかわいいもんだ。だから人間のいないこの階はとっても清潔なんだよ。なっ、猿飛?」

「お、おぉ、そのとおりだ」

 猿飛の返事はかたかった。うっすら額に汗をかいている。

(こわいんだ)

 猿飛の姿をみた一行は笑いをこらえるのが必死で、怖さなんて吹き飛んでしまった。


 天守閣まであと二階までくると、上から笑い声が聞こえてきた。

「兄貴と日吉の声だな。みんな、いよいよだぞ」

 気を引きしめて階段を上がろうとしたとき、松五郎ははっとした。階段の上に不気味な老人が立っていたからだ。

「幻斎殿か、おどろいた」

「ふぉっふぉっ、まだかまだかと待っておりました。さあ、どうぞこちらへ」

 幻斎にいざなわれ、一同はついに天守閣についた。

 階段を上がると、すでに町は小さく見えるくらいだった。あの大きな阿修羅城も眼下にみえる。

 廊下をまわると、幻斎が「宗松様ご一行が来られました」といって座敷に入っていった。


 天守閣の座敷は桜城の中で一番贅沢が詰まった豪華絢爛そのものだった。柱や壁、飾りや食器に至るまでもほとんどに金が使われ、眩いくらいだった。


 天守閣の宴会には六人の人間がいた。

 中央の壁には将軍家の家紋でもある枝垂しだれ桜が大きくられていた。そしてその前にある一段高い豪華な椅子に座り、金の衣装を羽織った初老の男こそが、この国の最高権力者である将軍・羅生院らじょういん神宗しんぞうだった。


 松五郎は膝をつき頭をさげた。

 皆もそれにならった。

「父上、兄上、本日はお招きいただきありがとうございます」

 するとひときわ大声で話していた男が見下すようにいった。

「はっはっは、お前の送別会じゃ、先に盛大に楽しんでおるわ。まあすわれ」

 この男が、松五郎の兄の羅生院宗一郎だ。同じく豪華な衣装をまとい、お年齢は四十代半ばだろうか、松五郎とはどことなく似ているが、目は冷たく、人から発する雰囲気に優しさがなかった。

 松五郎は一歩前にすすみ、他の者たちにも声をかけた。

「虎さん、久しぶりだな」

 奥に黙って座っている初老の男がだんまりとしながら頭をさげた。虎さんといわれたこの人は、三老の藤虎だろう。松五郎がいっていたように頑固一徹という顔をしていた。

「日吉、昨日は世話になったな」

 日吉は同じく初老で人懐こい感じの男だった。笑顔で、いえいえ、とうなずいたがその表情からは本心がどこになるのかまったくよめない。この魑魅魍魎の城で生き抜いてきた技であろう。

 松五郎はそこにいた唯一の女性に声をかけた。

「豊姫、エミーラが世話になったな」

「え、ええ」

 豊姫の表情は冴えなかった。彼女はちらりとステファンのほうをみた。

 それをみていた宗一郎もステファンをみた。

「おお、お前が天女の兄か。あいつには世話になった」

「それで兄上、エミーラはどこに?」

 宗一郎が申し訳なさそうな顔をした。しかしその表情は作ったものだとすぐにわかる。

「申し訳ないな、じつはバルアチアの高官にわたした」

 ステファンの体がぴくっとうごいた。豊姫も悔しそうにうつむいた。

「兄上、それでは話がちがうではないか!?」

「まあまあ、今日はそれを詫びるためにお前たちをよんだんだ。なにせあの高官たちはエミーラのためにとんでもない額を支払ったんだからな。それだけではない、世にも素晴らしいものをくれたのじゃ、はっはっは」

 そういって、宗一郎はその「世にも素晴らしいもの」がはいった箱をなでた。

 この人は初めからエミーラのことなんか眼中にない。

 ステファンの拳にぎゅっと力がはいった。しかしステファンは後ろから服を同時に三ケ所引っぱられた。その手の主は、迅と雷太郎とマックスだった。三人はその手を通して「いまはだめだ、抑えろステファン」と言ってくれている。


 そんなことはつゆしらず、宗一郎がニヤニヤしながらつづけた。

「今日はお前たちに特別なものみせてやろう。あっ、みるだけだぞ」

 そこへ少し太く、低い声がひびいた。声の主は神宗だった。

「幻斎、今日は特別な客が来ると聞いているが、まだか」

「はい、将軍様、そろそろ来られるかと」

 ちょうどそのとき下の階から数人の人が歩く音がした。

「噂をすればなんとやら、いまついたようです」

 足音は座敷のそばまでくると、

「お客様を連れてまいりました」という案内人の声がした。年寄りの声だったので、ステファンたちを案内人とは別の者のようだ。

「待っておった、はいれ」

 そういって入ってきた客をみると忍者たちはおどろいた。


「ちょ、長老! それに流と椿まで」

 松五郎はおもわず幻斎をみた。

「いったいどういうつもりだ、幻斎」

 しかし、幻斎は、ふぉっふぉっふぉ、と笑うだけでかわりに答えたのは長老だった。

「松ちゃん、とここでも呼ばせてもらうよ」

 と前置きして、長老はつづけた。

「私たちを呼んだのは幻斎殿ではない。そこにいらっしゃる将軍様だよ。ちょうど私もお前たちが気になっていたときにご招待いただいた。まさか断わるわけにもいくまい。今日はお招きいただきありがとうございます」

 そこへ立ち上がったのは日吉だった。

「おぬし、だれにむかって話しているのかわかっておるのか、そんなへらへらした挨拶があるか!」

「すまないね、日吉さん。育ちが悪いもので、ばばあだとおもってご容赦くだされ」

 日吉は顔を真っ赤にした。

「お、お前のどこがばばあだ!」

 そこで神宗が手をあげて日吉を制し、幻斎に目をやった。

「幻斎、この者がお前の申しておった、不老の女か?」

 全員の目が長老に集中した。とくに日吉は目を大きく見ひらいた。

「そうでございます。これで信じていただけたでしょうか?」

 それをきいて長老は、どうせこんなことだろうと思っていたよ、と苦笑した。

 煮え切らない将軍が口をひらいた。

「ならば試してもらおうか、なあ宗一郎?」

「それがいいとおもいます、父上」

 幻斎はゆっくりと立ち上がり、

「そうおっしゃるだろうと思ったので、家臣を案内人として一人連れてきておりました。おい、こちらへこい」

 幻斎は長老たちを案内した年老いた家臣を前に来させた。


 宗一郎はまたにやっと笑い「世にも素晴らしいもの」が入った箱をあけた。

 中には青黒いつぼが入っていた。

「おぉ、これは素晴らしい。ではさっそく」

 宗一郎は大事そうに壺のふたを開け、その中のものを湯呑にいれた。

 それは明るい緑色の液体だった。

 長老はそれをみて眉をひそめた。


「あの薬はもしかして……」

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