第六十二話「桜城」
一行は阿修羅城の部屋でそれぞれ休憩をとった。
夕方近くなり、出発の準備をしていると、岩木が忍者たちのためのところへやってきた。
「将軍様にお会いになるので、よければお召ください」
そこには普段ではとても着ることができない上等な服がならんでいた。
「うゎっ! すごい」
まっさきに目を輝かせたのは猿飛だった。
「あなたには、この袴が似合うと思いまして」
猿飛は岩木が選んだ袴を着るといつもの野性的が抑えられ、真摯さと野性を併せもつ賓客のボディガードのようになった。
「おお、これはいい!」
猿飛の喜びようを見ると、じつは服装を気にしていたようだ。
岩木はステファンには金髪と青い目が映える明るめの袴を、マックスには色を落とした黒い肌が引き立つ袴を用意していた。
「お二人にはバルアチアの衣装もあってまよったのですが」
「いいよ、これがいい。気にいった」
マックスは素直によろこんだ。
しかし、雷太郎と迅はますます「良家の坊ちゃま」のようになり、迅は顔を赤らめて下をむいた。
着替えをしてもどってきた松太郎が皆の姿をみてわらった。
「はっはっは、
振りむいた皆は松太郎の姿をみて思わず歓声をあげた。
「おぉ」
さすが将軍家の三男、着こなした正装が放つ威厳はすごい。
「これは式典用の衣装だ。母上から借りてきた。まあ、この服を着るのがこれで最後だから、存分に暴れまわってやる」
「宗松様、その衣装一着で貧しい民に家を五十件は建てられますよ」
「おお、それはいかん。今日はおしとやかにいこうか、はっはっは」
松太郎は横になっているムサシのところへいき、頭をなでた。
「すまんな、ムサシ。あの堅苦しい城にはお前をつれていけないんだ」
ムサシは、興味ない、という顔でそっぽをむいた。
「はっはっは、ムサシらしいな。さあ、出発しようか」
岩木はこのお祭りムードを心配するようにいった。
「皆さま、桜城は魔の巣窟です。あの幻斎がこの城に現れたことといい、何があるかわかりません。どうぞ気を引き締めて行ってらっしゃいませ」
松五郎は深くうなずいた。
「ありがとう、岩木。じゃあ行ってくる」
岩木は深々と頭をさげて見おくった。
ステファンは、岩木の姿が執事のアレンとかさなった。そして彼が必死の思いでステファンたちをボートで逃がしてくれたときのことを思いだした。
(松さんも、僕たちも、ああいう人たちに支えられていたんだな)
阿修羅城の前には、さっきよりも豪華な馬車が用意されていた。将軍家三男が桜城に堂々と凱旋できるよう岩木が用意したのだろう。
一行は、馬車に乗って桜城にむかった。
大通りにでると多くの人でにぎわっていた。
豪華な馬車は行き交う人の視線を釘付けにした。
「あれは三男様じゃないか?」
「えっ、帰ってこられたのか?」
「宗一郎様とけんかしたって噂だぜ」
「しっ、聞こえたらどうするんだ」
松五郎はそんな噂話すら楽しんでいるようで、にこやかだった。
そんな松五郎の姿に、この人は本当に民が好きなんだ、とステファンはおもった。
とうとう桜城が間近にみえてきた。
あたりは徐々に暗くなっているが、明かりが灯った桜城はさらに華やかになった。
「で、でけー」
マックスは目をまるくした。
ステファンたちもその大きさに舌をまいた。
城壁の周りには水が張られた堀があり、これがまた大きかった。
「この掘、その辺の川よりでかいぞ」
建築物好きのマックスは目をキラキラさせている。
堀を渡り、城門の前にきた。
門だけでカラクリ屋敷がくらいの大きさだった。
松五郎が声をかけると門番は恭しく礼をして、開けぇぇ、と大声で開門の合図をした。
ガガガガガッ
巨大な門がゆっくりひらいた。
「おぉぉ」
忍者たちから歓声がおきた。
「はっはっは、本当はわきの小さな入り口から入れるのだが、頼んで開けてもらった」
将軍家のサービスだった。
門をくぐるとまた巨大な堀があった。
「二重構造かよ。おい、魚がいるぞ!」
マックスが指さした堀には無数のコイがおよいでいた。
本当は戦争から城を守るため堀だが、今では観賞用に手入れもされており、ほのかな明かりの中で泳ぐ赤や白のコイの姿は優雅だった。
そしてとうとう桜城の入り口まできた。
忍者たちは壮麗で贅を尽くした桜城を口をあけて見あげるしかなかった。
煌々と鮮やかに光をはなつその城は、本や物語で出てくる別世界のものにおもえた。
「ようこそ桜城へ。そして
松五郎が本気とも冗談とも思える仕草で忍者たちをいざなった。
入り口から一人の役人が松五郎を見つけてやってきた。
「ようこそ、おいでくださいました。私が御案内いたします」
若さがまだ残るその案内人は丁寧に頭をさげた。
「よろしくたのむ」
城に入るともう本当に別世界だった。国中の
「こちらでございます」
案内人は中央の階段を上がらず、廊下の奥に一行を案内した。
「階段を上がらないのですか?」
思わず迅が聞くと案内人は、いえ、と短くこたえた。余計な話を禁じられているのかもしれない。
廊下の突き当りには別の者が控えていて、案内人が手をあげると、その者は一礼をして扉をあけた。
扉の向こうは何もない小さな箱の部屋だった。
「なんですか? この部屋」
迅が心配そうにきくと、
「まあ、みてな」
と松五郎は片目をつむった。
全員が入ると扉がしめられた。明かりがあるので暗くはないが、あきらかに窮屈だった。
すると、ゴトゴトゴトと歯車が動く音がした。と同時に箱の部屋が上にあがりはじめた。
「う、うわぁあぁ」
忍者たちはあわてて壁をもった。
「こ、これは?」
雷太郎が体勢と整えながら聞くと、
「昇降機だ」
松五郎ではなく、マックスがこたえた。
「ああ、このまま上の階へと運んでくれる」
「たぶん、この昇降機はうちのじいさんの設計だな」
「その通りだ、よくわかったな、マックス」
松五郎が感心した。
「ああ、じいさん好みのカラクリだからな。癖がところどころにある。あのゼンマイとかこの
その灯篭は倒れても燃えないように不燃の土が敷かれたりと配慮がされていた。
「でも、この初動の揺れはイマイチだな。また言っておくよ、案内人さん」
案内人は頭をさげると、また正面に向きなおった。
しばらくすると昇降機がとまり、扉がひらいた。
「うわぁっ、高い!」
窓から見える風景は、都を一望できた。
「きれいだ」
もう夜なのに町は眠る気配がなかった。
「さぁ、こちらです」
案内人が階段へ案内した。しかし、一緒に次の階へ行こうとせず、膝をついて頭をさげた。
「おい、天守閣はまだまだ上だぞ」
「はい。私の案内はここまでと命じられております」
驚いた松五郎だったが、
「そうか、ありがとうな」
と案内人をねぎらった。
そして階段を上がろうとしたとき、宗松様、と案内人がうつむいたままで松五郎によびかけた。
「どうした?」
「この上に行けないのは私だけではございません」
「どういうことだ?」
「今夜はこれ以上の階には将軍家と三老以外は絶対にだれも入れるなと命じられています」
松五郎は階段の先をみて、いったい何を考えているんだ、とつぶやいた。
そして案内人に礼をいった。
「ありがとう、よく伝えてくれた。だが、いまのは聞かなかったことにする」
おそらく最後に伝えたことは任務違反にあたることだったのだろう。
案内人はまた頭をさげた。
「皆様、どうかお気をつけて」
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