第四十六話「エミーラ奪還作戦会議」

 忍者たちはカラクリ職人たちが無事に解放されるのを見とどけ、里への帰途についた。

 全員が傷ついており、特に流と星丸は歩くこともできないほどの重傷で、荷台に乗せられていた。


「これからどうするんだ、ステファン」

 マックスが話しかけてきた。長老のはからいで、ベンやマックス、ポポンも忍びの里に来ることになった。

「もちろん、エミーラを助ける」

「それはわかっているさ。でも、そのためにどうするんだ? 忍者たちはみんなあんなんだぞ」

 マックスの視線の先には、傷をかばいながら懸命に歩く忍者たちの姿があった。

 しかし、ステファンはぐっと拳をにぎった。

「僕一人でも都に乗りこんで、将軍をぶったおして、エミーラを助けるんだ」

「って言うとおもったよ。でもよ、お前はそれが不可能だとも頭のどこかでわかっているだろう?」

 ステファンの意中をみごとに見抜かれていた。

「こういうときこそ、ここを使うときだぞ、科学者の息子よ」

 マックスは自分の頭をトントンとたたいた。

「俺も手伝うさ。冷静になればきっと道も見えてくるさ」

「そうだね」

 マックスのおかげで、ステファンの憤然とした感情が少しおさまった。


「それにしても、あの場面でよく将軍の三男の書簡を用意できたな」

 マックスは腕を組んでさっきのシーンを思いだしていた。

 あとで聞くと、長老が連れてきた町民の中には奉行所の役人など立場上殿に逆らえない者たちも多数いたそうだ。そんな彼らは将軍家の書簡があったからこそ加勢しようという気になれたのだ。

「将軍の三男は放蕩息子で、国中をうろついているってきいたよ」

「ははっ、そんなやつのほうが面白くて人間味がある。そいつが将軍になればいいのにな」


 夜空に月が輝きだした頃、忍者たちはやっとの思いで忍びの里にかえってきた。団之輔や町人たちとは途中、海辺町でわかれた。

 里の門では、アキや秋然など里に残っていた者たちがまっていた。

 アキは真っ先に流と迅のところへかけよった。二人とも無事だと知ると涙を流して二人を抱きしめた。

 そのあとステファンをぎゅっと抱きしめてくれた。

「大丈夫、ぜったいエミーラは無事でいるよ」

 ステファンは空をみあげた。きれいな月がでている。

 この月をエミーラも見れているだろうか。

(必ず助け出すからな、エミーラ)

 ステファンは月にむかって心にちかった。

 この夜はそれぞれの家にもどり、皆、泥のように眠りについた。



 翌朝、里の者たちはカラクリ屋敷にあつまった。

 長老が口火をきった。

「これからエミーラ奪還のための会議をはじめる」

 大広間には、忍者たちに加え、秋然やアキ、松五郎、それにベンやマックスもいた。

「エミーラはいま都に捕らわれているだろう。うまく豊姫の客人として扱われていることを願うばかりだ」

 一同はうなずいた。

「しかし、都はこの国一番の栄えた街。そして狙うのは将軍が住む『桜城』。そう、この国最大の城だ。当然、腕のたつ警備兵も多く、まともにやり合っても残念ながら勝ち目はない。そこでだ」

 長老は忍者たちを見わたした。

「少数精鋭でエミーラを奪還することにする」

「なんでだよ、ばあさん! みんなエミーラを助けにいきたいんだ」

 猿飛は立ちあがった。忍者たちは、そうだそうだ、と口々にいった。

「お前たちの気持ちはよくわかる。しかし、今回の目的はエミーラ奪還であり、将軍の兵隊たちと戦うためではない。それに、お前たち、そんな体でどれだけの任務をこなせるというのだ」

 忍者たちは体のあちこちに包帯をまいていた。しかし、満身創痍の忍者たちの目は、自分ならいけるという熱意に満ちていた。

 長老はそんな彼らを誇らしく思ったが、きっぱりといった。

「お前たち、任務を遂行するために最適な人数を見誤れば、エミーラは永久に戻ってこない。大切なのは適材適所、そこに参加しないことを忍ぶことも大事なんだ。エミーラのために忍べないのか?」

 長老の指摘にみんな下をむいた。

 長老はその姿にうなずいた。

「大丈夫だ、それぞれの役割があるからそれぞれの任務を全うしてくれ」

「長老、しかしいくら少数精鋭でも、そう簡単に警備の厳しい桜城に忍び込むのは困難では?」

 めずらしく秋然が質問をした。

「秋ちゃん、そのへんは都に詳しい松ちゃんと相談してある」

「松五郎と、ですか……」

 秋然はあまり松五郎のことを評価していないようだった。性格の違いを考えれば無理もないかもしれない。

 松五郎は頭をかきながらこたえた。

「一応私も商人のはしくれだから、都や桜城の知識はあるし、ツテもある」

 少し頼りないかんじだが、ひとまずは一番都に詳しい者を頼るしかない。


 長老は反対意見がないことを確認したあと、真剣な面持ちで忍者たちの顔をみた。

「この作戦での戦力だが、流と椿、星丸は参加できない。さきの戦いでの後遺症が思ったよりもひどい」

 たしかに三人ともこの会議に参加していなかった。

「将軍の懐に忍び込むわけだ。龍脈の使い手がいないのは正直きびしい。そこでだ」

 長老は猿飛をまっすぐみつめた。猿飛は目をまるくした。

「ばあさん、ま、まさか」

「そうだ、猿飛。お前に『龍鈴の錬』を受ける覚悟はあるか?」

 龍鈴の錬、それは昨日、刃の想像を絶する苦しみをみたところだった。

 しかし、猿飛はまっすぐ長老をみた。

「俺はいつでも準備万端だ。でもな」

 猿飛はすこし間をおいた。

「本来は星丸が龍脈の力を得るべきだと俺はおもっている」

 その言葉をきいて立ちあがった者がいた。茜だった。

「猿飛さん、兄さんから伝言です。『猿飛、お前に任せた』と」

「星丸……」

 猿飛は、星丸の気持ちを聞くと、こぶしを握りしめた。

 性格はちがうが、多くの修羅場を二人でくぐり、そのたびに乗りこえてきた。

 二人の間には強固な信頼関係で結ばれていた。

「ばあさん、やるよ」


 しかし長老は諭すようにいった。

「猿飛、昨日も見たであろう。この試練は失敗すると廃人になる。そして、その試練を超えた者の記憶が消されるので、どんな試練かもわからない」

「ああ、わかっているよ。俺はもう身内もいねぇ。廃人になっても……」

「バカ者!」

 長老から聞いたことものない怒声があがった。猿飛はおもわず長老をみた。

「お前は私たちの大事な家族なんだ。失いたくないんだよ」

 長老の声がふるえていた。この試練を与えるか否か、苦渋の決断だったのだろう。

 思いがけぬ言葉に猿飛も胸が熱くなった。

「すまねぇ、ばあさん。そう言ってもらって本当にうれしいよ。でも、だからこそ、この試練に挑みたい」

 猿飛の顔はすがすがしかった。長老はゆっくりうなずいた。


「わかった。このあと猿飛に『龍鈴の錬』をあたえる。場所は竜神の滝の前だ。皆の者、準備をたのむ」

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