第四十四話「鶴山城の忠臣」

 忍者たちがかけよった。倒れた巨体のまわりには砂埃が高く舞い上がっている。


「おい、あそこをみろよ!」

「えっ?」

 忍者たちはおどろいた。

 鬼からかなり離れたところに、ステファンが倒れていたのだ。

「鬼はたしかにステファンの上に倒れたはずだが、なんで倒れたまま瞬間移動できるんだ?」

 猿飛もキツネにつままれたような顔をしている。


 ステファンが立ちあがり、平然と服についたほこりをはらった。

「ステファン、お前どうやって……」

 幽霊を見るような顔の猿飛たちにステファンは笑って足をあげた。ステファンの足元にはロープがつながれていた。

 ロープの先にはマックスと湯吉の姿があった。動けないことを想定して、足にロープを巻き、いざとなったら引っ張ってもらう作戦だったのだ。

 周りから笑いと歓声があがった。

「お前の『変わり身の術』には参った」

 猿飛がステファンの頭をなでた。


 全員がステファンたちのもとにあつまってきた。

 ある者は互いをねぎらい、ある者は鬼のカラクリをまじまじとながめていた。

 すると、鬼をみていた一人の漁師がさけんだ。

「おい、お、鬼がうごいたぞ」


 ゴゴゴゴゴゴゴォォ


 なんと鬼が腕を使ってまた立ち上がったのだ。

「な、なんというカラクリじゃ。自力で立ち上がるとは……」

 師匠の神妙な顔に弟子がつっこんだ。

「おい、じじい、その神妙なふりをするな! 目が輝きまくっているぞ」

 マックスは照れ笑いをするベンを連れて塀の後ろに逃げ、忍者たちも距離をとって臨戦態勢をとった。


 しかし、立ち上がった鬼だがなかなか動き出さない。

(ん? 湯気が多くなっているような……)

 ステファンがそう感じたとき、ベンがさけんだ。

「いかん! 圧力が別のところに逃げているかもしれん。下手すれば破裂するぞ!」

 忍者たちも塀の後ろににげた。そのとき、鬼から人影がみえた。

 殿と石炭を炉に入れていた従者だろう。

「熱いぃぃ! お前たち、われをあおげ!」

 鬼からピューーッとやかんが沸騰するような音がした。

 ベンが殿にむかってさけんだ。

「お前たち! 塀の後ろに隠れろ!」

 それを聞いた殿は一目散に塀の陰にかくれた。

 次の瞬間、


 バン!バン!バン!バーン!


 すごい音をたてて鬼の体が破裂し、体中の部品が飛びちった。


 ピュンピュンピュンピューン


 部品が飛ぶスピードはけた違いで、一部の塀が崩れるほどだった。

 破裂がおさまると、猿飛が塀に突き刺さった部品を見つめた。

「なんてカラクリだ。壊れるときまで恐ろしい。それにしてもやつらは悪運だけは強いようだ」

 猿飛が苦笑したさきには、頭を抱えて震えている殿とその従者たちがいた。

「破裂はもう終わったぞ」

 猿飛の声に殿はおそるおそる後ろをむき、無事を確認した途端、ぱっと立ちあがった。

「やはり、幻斎様の言ったとおり、我は不死身だ。おい、そこのサル顔、我をだれだと思って言う、頭が高いぞよ」

 猿飛は今までの優しい顔を一変させ、殿の襟首をつかんだ。

「おまえ、今まで何をしてきたのかわかったんだろうな!」

「苦しい、おい、お前たち、早くこいつをなんとかしろ」

 戸惑う従者に、猿飛はひとにらみした。すると、従者は一目散に逃げていった。

「お、お前たち! どうなるかわかっているんだろうな! お、お前、サル顔と言って悪かった。助けてくれたら褒美はなんでもやる!」

「ほう、じゃあ、褒美にお前の命がほしい」

 猿飛は凄みのある声でにやついた。

「バカ者、我の命ほど尊いものはこの世にないわい」

 と言いながらも殿は顔を青ざめている。他の忍者や徳吉たちもあつまってきた。


 すると後ろから大きな声がきこえた。

「やめい!」

 皆が振り向くと、そこには初老の武士がたっていた。

 その身なりや姿勢、目の力から、彼が忠義の人だとわかった。

「おお、樫田かしだ、いいところにきた。こいつをなんとかしてくれ」

「忍者殿、我は、この城の目付を任じられておる樫田かしだ忠兵衛ちゅうべいと申す。おぬしは何をしているかわかっておるのか?」

 猿飛はまた凄みのある顔で睨みかえした。

「ああ!? バカ殿をつるし上げてるんじゃねぇか」

 樫田は猿飛の威圧感にまったくひるむ様子もなく、

「たわけものが! 仮にもこの一帯を統括する城の城主だぞ。どんな恨み事があろうと手をだせば重罪になる」

 樫田の言葉にわが意を得た殿は、声を裏返しながらさけんだ。

「そうじゃ! お主は重罪じゃ、今すぐ死罪じゃ、樫田、連れていけ!」

 その言葉に、徳吉の漁師仲間はたじろいだ。

「そういや、わしら徳吉の心意気にひかれてついてきたが、殿様にさからったことになるでは……」


「その心配はない!」

 聞き覚えのある声だった。

 振りむくと、今度は忍びの里の長老・紅蓮がいた。団之輔や他の数名も引き連れている。彼らはその身なりからは、町でもそれなりの身分の者だとおもわれる。

「おお、忍びの里の長老。樫田です、ご無沙汰しております。この度は本当にご迷惑をかけ申し訳ない」

 樫田は頭をさげた。

「こちらこそ、里の者にご指導いただきかたじけない。猿飛、殿を下ろしてやりなさい」

 猿飛はしぶしぶ殿をおろした。殿は地面に着いたとたん、樫田の後ろにかくれた。

「猿飛、樫田殿は先代より鶴山城に仕える忠義深きお方だ。先ほどの言は、正当な裁きの手順を踏まないとお前が裁かれてしまうということ、つまりお前を助けてくださったのじゃ」

 猿飛は見るからに納得しがたいという表情をしている。

「正当な裁きってなんだよ」

「それは、この書簡のことじゃ。樫田殿、したためてくだされ」


 樫田は長老から封書をうけとり、ゆっくりと封筒をあけた。

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