第三話「和ノ国」

 ある海沿いの街道を二人の男が、台車で荷物を引きながら歩いていた。


 若いほうの男が空を見ながらいった。

「松さん、昨日の嵐はすごかったですね」

「あぁ、町や里に被害がでていないといいが。あの海岸にも船が打ち上げられているな」


 松と呼ばれた男は四十歳くらいで背が高く、ぼさぼさに伸びた黒い髪を後ろでくくっている。彼が指差した海岸には、船や木材、屋根瓦など様々なものが打ち上げられており、嵐のすごさを物語っていた。


「ここの殿様は、被害を受けた民を慈しむことはしないだろうな、なぁ、ながれ

 流と呼ばれた若いほうの男は長身で町民の身なりをしているが、整った顔立ちと穏やかな目をしていた。

「ええ、殿様はいまも『カラクリ』にご執心だそうで、ほかのことにはお金も心も遣わないでしょう」

「心もねぇ。お前はだれに飯を食わせてもらっているんだ、といってやろうか」

「『商人の松五郎』をしているうちは、あの斬鉄ざんてつに一瞬で首を切られますよ」

「たしかにあの殿の腰ぎんちゃくの斬鉄は、情のかけらもなさそうだからな」


「あれっ?」

 流はなにかに気づき、空を見あげた。

 鷹が海岸の岩山あたりをグルグルまわっている。

「松さん、赤丸がなにか見つけたようです。ちょっとみてきます」

「あぁ、もしかしたら嵐の犠牲者があがっているかもしれないな。俺もあとからむかう」


 流は、岩山へむかった。

 岩山は険しく、一般人には通れそうにない。しかし、流はこともなげに岩と岩を飛び移りながらすすんだ。

 流は岩の上から、波打ち際をながめた。

(やはり、人が流されてきているな)

 波打ち際に、人の足がみえたのだった。流は、松五郎に合図を送り、波打ち際にむかった。


(むっ、異国の者か?)

 そこには、金色の髪の少年と少女が打ち上げられていた。

 後ろから松五郎がやってきた。

「異国の者だな。まだ若いな。バルアチアの船から投げ出されたのかもしれん。息はあるか?」

 流は二人の息を確認した。

「ええ、気を失っているだけのようです。ただ、だいぶん弱っているでしょう」

「里に運んで治療をするぞ。異国の者が町の人間に見つかれば、殿に報告されて厄介なことになる。この嵐に遭ったのは不運だったが、この岩場に流れ着いたのは幸運だったな」


 流たちは二人を岩場から台車に運んでいった。

「なぁ、流。こいつらまだ若いのに、大したもんだ。見ろよ、浮袋を体中に巻いて、お互いをつないでいる。遊び半分で海に出る者じゃ、こんなことはできない。嵐に遭うことを覚悟していたんだろうな」

 松五郎は、そういいながら、二人を台車に乗せ、髪の毛の色がわからないように頭に布をまいた。そして台車全体に大きな布をかぶせた。

「さぁ、少し急いで里にいくぞ」

「ええ」

 そういって、街道を進もうとしたときだった。

 カンカン、という鐘の音とともに、行列が近づいてきた。


鶴山つるやま城の殿の御通り、鶴山城の殿の御通り、皆の者、頭を低くせよ」

 この地域の主である鶴山城の殿の一行だった。

「くそぉ、間の悪いバカ殿め! 今からどこかに隠れられるか?」

「いえ、今からこの荷を動かすとかえって怪しまれます。なんとかやり過ごしましょう。万一の時のために、私は身をひそめておきます」

「ああ、たのむ」

 流はすっと後ろに下がりどこかへ身をかくした。


 松五郎は、座って頭をさげて一行が通り過ぎるのをまった。

 着物姿で楽器を鳴らす家来たちを先頭に、殿は豪華な馬車に乗っていた。馬車の後ろには、赤い鎧をまとった屈強そうな武士がいた。

(民が嵐で苦しんでいるのに、楽器を鳴らしながらお散歩かい)

 松五郎はうつむきながら毒づいた。


 殿の馬車が通り過ぎたので、松五郎が胸をなでおろしたそのとき、頭の上から声がきこえた。

「そなた、その荷の中にはなにが入っておる?」

 赤い鎧の武士が立ちどまっていた。

(くそぉ、斬鉄め)

 松五郎は心の中で舌打ちをしたが、まったく表情にださずに、

「私は旅の商人をしております。南の町から仕入れた品を、この町に卸しております」


 斬鉄はじっと荷を見て松五郎に声をかけた。

「中身をみせよ」

 松五郎は、一度お辞儀をしてから、台車の前の部分をみせた。

「こちらは、南の町で使われている紋様の布でございます。こちらは薬にございます。頭痛や歯痛に効用がございます」

 本当はもっと効用のある名薬だったが、興味を持たれると困るのでどこにでもある薬の効能をいった。しかし、

「ほぅそれは興味深い。奥の荷をみせよ」


 松五郎は、もう一度心の中で舌打ちをした。

「恐れながら、奥の荷は一部の者しか好まない非常に臭いのする加工品でございます。お武家様にそのような臭いのするものをお見せするのは、とてもできません」

「かまわん、みせろ」

 松五郎は、やれやれ、と心の中でつぶやいて立ちあがった。

「かしこまりました。いまお見せいたします」

 松五郎が荷台の奥の布を引こうとしたそのとき、

「斬鉄様!」

 家来の一人が走ってきた。行列の前のほうがさわがしい。

「どうした?」

「と、鳥が、お殿様の馬車をおそってございます」

「なにぃ!」


 斬鉄が見ると、殿の馬車の上を鷹が飛び回っている。

「ちぃっ、すぐにむかう。そこの商人はもうよい」

 といって、馬車へ向かって走っていった。

 松五郎は、改めてほっと胸をなでおろした。

 しばらくの騒ぎのあと、鳥はどこかへ飛んでいったようで、ふたたび殿様一行は進みはじめた。


 一行が遠く離れたころに流がもどってきた。

「流、よくやってくれた」

「危なかったですね。赤丸が活躍してくれました」

 そういって流は指笛を吹くと、さきほどの鷹が流れの肩におりてきた。

「赤丸、よくやってくれた。エサをたらふくやってくれ」

「はははっ、赤丸は上品なんで、たらふくは食べませんよ。でも、斬鉄はなんであんなに荷物に執着したのでしょうか?」

「さしずめ、気にいったものがあれば没収するつもりだったんだろう。貪欲な奴らだ。さあ、バカ殿たちに貴重な時間をうばわれた。急いで里へもどるぞ」


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