脆い男
今川 巽
第1話 整形
ああ、忙しいと頭の中で呟きながら、夕子は腕時計を見た。
つい先ほどの上司からの呼び出しが終わってほっとした。
もしてと不安になったのはダブルワークの事がばれたのではないかと思ったからだ。
自分の働いている会社は以前はそうでもなかったのだが、最近になって残業、備品の消費などに対して厳しくなってきた、社長が倒れて代替わりになったせいもあるだろう。
「桜川さん」
呼ばれて振り返るが、誰だったかなと夕子は軽く眉をひそめた
その表情に相手の男は意外という顔になった。
「仕事は終わったの、良かったら一緒に帰らない」
「忙しくて、ところであなたは」
相手は自分を覚えてないのかと、がっくりとした顔になった。
部署は違うが、ハンサム、イケメンと噂され、そのことを本人も自覚している。
「嵯峨野だよ、ほら、今度一緒に食事しようって」
「約束した、いや、覚えはないんですが」
「今日は駄目かな」
「ああ、用があって、それより何、笑っているんです、気持ち悪いですよ」
男は一瞬、顔を強ばらせた、だが、彼女には理由がわからない。
「き、気持ち悪いって」
「嵯峨野さん、ですか、顔の筋肉が強ばっています」
そのとき、夕子さんと女性の声がした。
「お待たせ、行きましょうか、ところで呼び出されたって聞いたけど大丈夫」
「大丈夫だと思います」
「んっ、そう、ところで、その人、嵯峨野さんじゃない、何してんるの、気持ち悪いわよ、あんたが男と話してるなんて」
二度目の気持ち悪い発言に嵯峨野は失礼だなあと呟きを漏らした。
「ごめんなさい、彼女、男が苦手なのよ、だから仕事が終わったのに二人きりなんてどうしたのかと思って」
「苦手、ですか」
「いや、夕子さんを好きな子がいて近づいたりデートに誘ったら手を出すなって怒るのよ」
「うわ、思い出したくないわ」
「なんだか、ああいうのはストーカーっていうの、手紙にカッターの刃を入れたりして脅迫というのかしら、諦めない相手には殴ったりするのよ」
「本人は否定しているけどね」
笑いながら、立ち去ろうとする女二人を嵯峨野は交互に見た。
「もしかして、夕子さんに付き合ってくれと言うつもりだったの、確か総務課の事付き合っていたんじゃなかった」
「いや、それは」
自分の名前を知っている、だが、この女性は初めて見る顔だと嵯峨野は思った。
すると、相手は感じたのかす、掃除のおばさんの顔も覚えて居ないのと言われて男はええっと驚きの声をあげた。
「いや、あまりにも変わって、いや、綺麗になって」
「化粧すれば誰だって変わるわよ、嵯峨野さんだってそうでしょ」
「えっ」
「韓国俳優みたいだって皆が言ってるわよ、でも女性ならともかく男性で整形というのも最近は当たり前なのかしら」
男は思わず周りを見回した、誰かが聞いて居たらと思ったのだろう、整形のことは秘密にしているのに。
「何故、僕が整形だって」
「いや、見れば分かるけど普通じゃないの」
「ちょっと整形って言ってもいいの、こんな場所で」
「男だからいいでしょ、どちらにしても今のうちよ、ちゃんとしないと、目の下と右耳のところ、少し腫れてるというか、色が変わっているから、術後もちゃんと病院に行ってるんでしょう」
嵯峨野は言葉を飲み込んだ。
「咲恵さん、職業病ですよ、それ」
「ああ、ごめん、行こうか、それにしても大変」
「ま、待ってくれ」
呼び止めようと嵯峨野は声をかけたが、二人の女は振り向きもしない。
不安を感じたのは咲恵と呼ばれた女性の言葉だ。
目と右耳、整形をしたのはこの会社に入社する前のことだ。
アレルギーやショックもあるので違和感を感じたら、すぐに病院にと言われていたが、簡単な手術で失敗はあり得ない、大丈夫だと医者の言葉を信じていた。
だが、先ほど言葉、最近になって、妙な違和感を、鏡で見ると、いや、気のせいだと自分に言い聞かせていたが。
職業病ですよ、桜川夕子の言葉が何故か気に掛かる
他人が見たら分かるのだろうか、自分の、この顔が作り物だと。
足下がぐらり揺れた気がした。
「嵯峨野さん」
女性の声に振り返る、仕事が終わったんですか、良かったら今から一緒に夕食でも。
いつもなら躊躇うことなく返事をするのに、女の笑顔に答えることができない。
「気分でも悪いんですか」
「いや、悪いけど」
嵯峨野は振り切るように、まるで逃げるように建物を出た、冷たい風と夜の暗さ、だが、建物の灯りに目がくらみそうになった。
脆い男 今川 巽 @erisa9987
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