短命妖狐

サーナベル

プロローグ

雨の音を聞いていました。

そこに確かに私はいました。

私の体をシンシンと大粒の雨が触れて、暴れるように跳ね返り、地面に叩き付けられていきます。

私は舌舐めずりし、少し憂いを含んで生っぽくみずみずしい味を味わい尽くしました。

喉の乾きが潤います。


通い慣れた神社の麓で朦朧とした意識の中、客人を待っていました。

ここは都会とは無縁です。

苔に覆われ、大樹がザワつく様は大いなる大自然に囲まれた佇まいに私、1人、取り残されたかのようでした。

ここは観光名所の割りには人は寄って来ません。ボロボロになった木製の看板に[マムシ注意]と書かれ、その右側の鉄製の錆びた看板には[この先、座楼神社]という文字が薄らと浮かび上がっています。

私は昨日、残しておいたニジマスの煮物を麓の側にある穴場から掘り出し、咥え込みました。

ザーザー雨がピアノのノスタルジックなノイズのように透かした耳に届きます。自然の原則として、全ての生き物は水から産まれます。人間は進化において多くのことを忘れて来ました。

チリーンという安らぐ鈴の鳴る音がします。

私は獣らしく鳴きました。


「月葉、今日も来てくれたのね。こんな雨の中で辛かったでしょ」

スラリとした長身の巫女が整った青白い顔で私の頭を撫で回します。袖がフワリと私を掠めました。

私は顔を掻く仕草をし、しばらくしてコックリさんを召喚する紙で〝しんぱいしないでください〟と5円玉を動かして見せました。

巫女である琴音からすると、私との時間はとても大切に思っているように見えました。琴音には、両親がいません。それが彼女を強くしているようなので微塵足りとも可哀想という気は起きないのです。

私は小さく「コン」と鳴きました。

琴音は哀愁漂う顔付きで私の鼻をつつきます。

私は無邪気にくすぐったがりました。琴音の前だけ私はただの狐に戻ります。

この生水で茶色く腐った神社の仏像の間の中では、夏の夜は蒸し暑く琴音の汗の滴る音さえ聞こえてきそうです。琴音の汗の匂いが酷く官能的で、心地良くさえ感じられます。

私は耳を欹てました。

ーー愛してる、月葉。月葉、愛してる。

彼は未だに私が死んだことを認めていません。時々、こうして亡霊のように現れ、私の真の姿を探すのです。

無意味なことを。

私は内心、辛辣にせせら笑いました。

本心では、彼の所存にゾッとさせられます。

人間の領域ではありません。

人間は死ぬから尊いのであって死を忘れた人間はもはやただの神の紛い物、もしくは化け物でしかないのです。

神さえもやってはいけないことを彼は犯しました。

私は琴音の膝元に頭を乗せて横たわりつつ、しばらく紅い瞳を閉じていました。

私の命は9つあります。

私をそうするため、彼は死にました。

私はただの化け物です。

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