第96話 勇者
闘技場の整備が終わり、剣士学校であるスード冒険者学校と魔術師学校であるイステン冒険者学校の試合がはじまろうとしていた。
僕らも汗を拭いて着替え、客席へ来ていた。
選手席は控室から出入りしやすい場所に設けられており、普段はVIP席として使われているため他の客席に比べて広く、座席にはクッションが備え付けてあった。
「さて、勇者くんのお出ましだね」
今日一番の声援に迎えられ、【聖剣の勇者】ルークが闘技場に現れた。
【勇者】って言葉とルークが未だに一致せずにどうしても混乱してしまう。
闘技場に上がってきた一瞬、ルークと目が合った気がした。
しかし、すぐに目を逸らし退屈そうに欠伸をしていた。
ルークの相方である二人の女性は流石にルークにくっついてはいなかったが、非常に誇らしげなドヤ顔をしてルークの後ろについている。
二人は一見ただの金魚のフンのように見えるが、其々かなりの魔力と気力を有しており相当な実力者であることが見て取れた。
二人とも別校の代表者だと言われても全く違和感がないほどである。
一方イステン冒険者学校は、非常に質の良い魔力を放つリーダーのセリーヌさんに加え、それに負けず劣らずの魔力を保有する女性二人と、選手が全員女性であった。
更には魔石を用いた装飾品を多く装備しており、魔力容量を底上げしているようだ。
あのレベルの魔術師三人に断続的に魔術を放たれると、剣士としては近づくのに苦労しそうである。
「相変わらず態度が鼻につく勇者様ですわね」
クリステル先輩は嫌そうな顔をして呟いた。
確かに、先輩の言うとおりである。
態度からはやる気が一切感じられず、対戦相手への敬意が欠片もない。
対戦相手も怒りを堪えるような表情をしている。
あんなに素直であったルークが短い間にここまで変わるとは、彼に一体何があったんだろうか……
あのルークの横柄な態度が僕にはどうしても強がっているように見え、切ない気持ちが湧き上がる。
「それではスード冒険者学校とイステン冒険者学校の試合を開始します」
「「「わあぁぁぁぁ!!!」」」
「「「勇者様ァァァ!!!」」」
凄まじい勇者様コールである。
ちょっとだけルークの口角が上がっている、ニヤついているように見えるのはきっと気のせいではないだろう。
「それでは、試合開始!」
試合開始とともに、イステンの二人が速攻で魔術を放ち、残ったセリーヌさんは後ろで魔力を高め始めた。
「お前ら、下がってろ」
「「はい!」」
一方ルークは仲間二人を後ろに下がらせ、剣の柄を握った。
「フッ!!」
魔術がルークに到達するかと思われたその時、ルークから強烈な魔力が放出され、イステンの二人が放った魔術は霧散した。
いくら詠唱短縮で放った牽制魔術だとしても、中級である。
それを魔術すら使わず、体から放出する魔力だけで霧散させたルークを見て、イステンに衝撃が走る。
「なっ!?」
「何という魔力……!」
ルークは退屈そうに聖剣をつっかえ棒のようにして体重を預けて佇んでいた。
「おいおい、こんなザコ魔術で勇者に傷を付けられるとでも思ったのか? 待っててやるから三人で仲良く最大魔術を撃ってこいよ。記念に一発だけ受けてやる」
「きゃー! ルーク様かっこいい!」
「ルーク様やさしい!」
取り巻きの二人が黄色い声援を放つ。
それとは対象的にイステンの三人は、もはや怒りを隠しきれないでいた。
「舐められたものですね…… いいわ。ミリー、スー、遠慮せずに最大火力で消し飛ばすわよ!」
「分かりました!」
「承知しましたわ!」
三人が魔力を高め、術式に魔力を充填していく。
魔石の魔力までフルで術式に充填しているようで、凄まじい魔力を放っている。
いくら勇者と言えども、流石にアレはまずいんじゃないか……
「行くわよ!!」
「『
「『
「『
凄まじい魔力が込められた三つの上級魔術が、各属性を纏った竜を型取りルークへ飛来する。
それぞれの竜が絡み合い共振し、威力が高まっている。
そして瞬く間に、退屈そうに佇むルークへ魔術が着弾する。
闘技場は擬似空間であり客席と隔離されているのにも関わらず、こちらまで爆音と振動が伝わってきた。
会場は静寂に包まれ、クリステルさんの固唾を飲む音が聞こえる。
爆煙が晴れると、無傷で眠そうに目を擦るルークが立っていた。
更には後ろの二人も無傷であった。
「な、な、な……!?」
イステンの選手が目を見開きわなわなと震えながら、ジリジリと後ろへ下がっていく。
「はぁ、とんだ期待外れだわ。まぁはじめから期待なんてしてなかったけど」
ルークはかったるそうに聖剣をプラプラしはじめた。
「くっ!? ま、まだですわ! ――オゴォッ!?」
セリーヌさんが杖を構えた瞬間、ルークは一瞬で間合いを詰め、剣の柄でセリーヌさんの腹部を殴打した。
セリーヌさんは吹っ飛び闘技場の障壁に激突。意識は残っているようで激しく咳き込んでいる。
あの速さだと、対戦相手は一瞬でルークが現れたように感じるだろうな……
「なっ!? まさか空間転移!?」
「こんな奴に負けてたまるものですか! 『
二人がルークに気づいた直後には、ルークは既に二人の後ろで残心をしていた。
……そして二人の杖を持つ利き腕は、気づかぬ間に杖とともに地に落ちていた。
「あ、あ、あぁぁッ……!」
「グッ、ウゥッ……!!」
「ゴホッ、ゲホッゴホッ……」
瞬く間にルークとその仲間以外、闘技場に立っている者はいなくなっていた。
「はぁ、つまんね」
ルークは退屈そうに欠伸をし、何の感情も籠もっていない瞳で三人を見下ろしていた。
「俺ってこんな奴でも勇者様だからさ。やっぱ擬似空間とはいえ一般市民をヤっちゃうのは印象的に良くないんだよね。とっとと降参しよう、ぜ」
ルークは地面に落ちた杖を、それを握っている手ごと踏み折った。
バキリという杖が折れる音とともに、イステンの三人の心も折れた。
「ゴホッ…… 降参、いたしますわ……」
お腹を抱えて蹲っていたセリーヌさんはなんとか上体を起こし、そう宣言した。
◆
「なッ……!」
隣でクリステルさんは手を握りしめ、これでもかというくらい目を剥いている。
同じ魔術師として思うところがあるのだろう。
「『神聖魔術』、思った以上に厄介そうだね……」
シオン先輩は珍しく険しい顔をしてルークを睨んでいた。
僕は、ルークへの複雑な思いが胸の中をグルグルと巡り、何も言わずにルークを見つめることしかできなかった。
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