第89話 剣聖(後編)
リィンさんからは僕の頭部を打つ瞬間に力を抜き、極力ダメージを抑えるようにしてくれていた。
それでも、気力による肉体強化のお陰でギリギリ意識を保っていられたというくらい、メチャクチャ痛い。
「ふむ、少々搦手には弱いようですが、その年齢では考えられないくらい凄まじい基礎能力です……しかも、まだ余力がありそう……いや、力を出すことに慣れていない感じですかね? それでは、私が貴方の壁となりましょう。さぁ、かかってきなさい」
リィンさんが殺意とともに気力を放ってくる。
お前はこんなものじゃないだろう、と。
ビリビリと肌を裂くような威圧に竦みそうになるのを堪え、雷薙に手を添える。
そうだ、まだ人事を尽くしていない。
『
雷の槍を自分の眼の前に出現させ、地面と平行に射出する。
その数は三十を下らない。
いつの間にか僕とリィンさんの模擬戦を観戦し始めている周囲の騎士達の息を飲む音が聞こえる。
リィンさんはそれを直角方向に疾走し、回避する。
走りながらもリィンさんが何度か木剣を振るうと、気力の刃がこちらに飛来してきた。
こちらも跳躍し、回避する。
その隙に凄まじい速度で接近するリィンさんに『
『
「『剛剣・
目にも留まらぬ速さで振るわれた剣撃により、全て防がれた。
魔術の速度に加え向こうがこちらに走ってきている速度が加わっているのにも関わらず難なく防ぐなんて、バケモノか!?
間合いに入る寸前で放った居合と凄まじい剣速の木剣とぶつかり合う、あまりの威力に手が千切れそうだ。
「ふふ、『
――ギィンッ! ギッ! ギギギギンッ!
リィンさんの剣速が更にもう一段階上昇する。
『
こんな凄まじい速度と威力で雷薙とぶつかり合っているのに、リィンさんの振るう木剣は細かい破片がパラパラと舞う程度で済んでいる。
ミスリル製の刀と打ち合って表面に細かい傷がついているだけで折れる気配はないとは、闘気『剣心一如』、恐ろしい効果だ……
「ふふふふっ!! まだまだ荒削りですが、これは確かにミラさんの剣……! 更にレグルスさんの雷魔術まで…… シリウス君、素晴らしいですよ……! さぁ、まだいけますよね? もっと本気を出してみてください!」
リィンさんがどんどん笑みを深めていく。
テンションの上がり方が鬼気迫っている。こわい。
しかし何だかんだ言って僕も楽しくなってきた。
この人になら、全力をぶつけられる!
『白気纏衣』
『
「クッ!!」
一瞬で剣を引き戻す反射神経を持つリィンさんにとっては小さな隙。
だが、この一瞬が欲しかったのだ。
「『
雷薙を握る右腕と、念のため逆刃に持った雷薙に全力で気力を注ぎ込む。
急激な気力の減少に目眩がするが、構わずに雷薙を振るう。
雷薙は眩い雷光を放ち、光速の斬撃と化す。
「『
その斬撃にすら、リィンさんは木剣を一瞬で引き戻し、合わせてきた。
しかし雷薙は木剣を通り抜け、リィンさんに迫る。
「――ッ!?」
驚愕に染まる表情のリィンさんの頬から鮮血が散った。
一本取ったと確信した攻撃は、人間離れした反射神経で身を引いたリィンさんの頬を掠めただけであった。
やはり一筋縄ではいかない……!
そのまま、光を失った雷薙で二の太刀を振るう。
気力の大量消費により気力と魔力の均衡を保てなくなり『白気纏衣』が解除された僕の刀は、先ほどの剣撃から大幅に威力が落ちている。
しかし容易く受け止められたかに思えた雷薙は、リィンさんの木剣を半ばからへし折った。
闘気『
……現段階では気力をありったけ注ぎ込んで、ようやく雷薙と右腕を1秒だけ雷化させるのに精一杯な欠陥技であるが……
大量の気力を使うのは馬鹿らしい、精々不意打ちに使えるかどうかというこの欠陥技であるが、折れない木剣を内側から焼き切るという役割は見事果たしてくれた。
気力が枯渇寸前の身体に鞭を打ち、気力に変わり強化魔術『
『
自らに
「『虚剣・
渾身の一撃を、リィンさんは左手の人差し指と中指でピタリと止めた。
あまりに美しい気力の放出に息を呑んだ僕の視界は、全てが逆さになっていた。
「クッ!?」
自分が一瞬で空中に放り投げられ回転していることを認識し、そのまま雷薙から手を離し夜一を抜き放った。
――ィィィィンッ
「『
リィンさんが折れた木剣でそれを逸らしながら懐に飛び込んできたかと思うと、腹部に凄まじい衝撃を受けた。
「『
「ゴフッ!?」
肺の中の空気を失い、そのまま十メートルほど吹き飛び、地面を転がった後に壁に激突した。
リィンさんが満足そうに髪を掻き上げると、いつの間にか増えていた観戦者から拍手喝采が起こった。
◆
周囲が盛り上がる中、あまりの衝撃に腹部を押さえてしばらく横たわっていると、リィンさんと他の騎士が寄ってきた。
「だ、だんちょー!! なにやってんすか!? 貴女が本気でぶん殴ったらオークだって素手でミンチになるってのに!」
「シ、シリウスく……殿!? す、すまない! つい興奮してしまって!! だ、大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないでしょ!? 早くポーション持ってきて!」
やべ、休んでたら大事になってる。
もうちょっと休んでいたかったが、これ以上寝ているわけにもいかないな……
ズキズキと痛む腹部を押さえつつ、ゆっくりと起き上がった。
「だい、じょうぶです…… ものすごく痛かったですけど……」
起き上がる僕を見て、騎士は目を丸くしていた。
「いやいやいや!? 防具なしでアレを受けたんですよ!? お腹に穴空いてません!? 内蔵グチャグチャになってません!?」
「お、おい!? 私が何も考えずそんなことをすると思っているのか!?」
リィンさんの額に青筋が浮いている。
美人の氷点下の笑顔は想像以上の恐ろしさを持っていた。
しかし実際、ギリギリ残った魔力を腹部に集中させて攻撃を緩和することができたから内臓の損傷などはなさそうであるが、素で受けてたら穴が空いててもおかしくない威力だったと思うんだが……
いや、リィンさんはこのギリギリのラインを見極めて攻撃を放ってくれたのだろう、きっと、多分……
「団長、完全に我を失ってたじゃないですか…… シリウス殿、とりあえずこれを飲んでおいてください。学生さんを怪我させたまま帰すわけにはいきませんので」
そういって騎士がポーションを渡してくる。
「シリウス殿、申し訳ない……」
リィンさんも心なしかシュンとしているようだ。
「いえ、実戦形式で鍛えていただけて僕としては感謝しかありません。ありがとうございます」
僕がそう答えると、リィンさんはものすごく嬉しそうに僕の頭を撫でた。
「ほらぁ!! シリウス殿が良いって言ってるんだから良いではないか!」
「……はいはい、分かりましたよ」
騎士は苦笑しつつも空のポーション瓶を僕から受け取り、去っていった。
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