第90話 実験

「シリウス殿。では、また」

「はい、ご指導ありがとうございました」


 シリウス君はぺこりと頭を下げ、帰っていった。

 先程まで私と激しく剣を重ねていた相手とは思えないほど可愛らしい少年だ。

 彼の去っていった扉から目を逸し、先ほどの戦いを思い出しポーションで治った頬を、ふと撫でる。


 先日の戦い決勝戦を見て、即座に今年の武闘祭優勝商品の模擬戦に手を挙げた。

 ……現在この王都に居る【シングルナンバー】としては私と【虹】しか選択肢はなかったわけだが……

 【虹】は日頃から彼に訓練をつけているらしく、快く譲ってくれた。


 本気の彼とぶつかり合い改めて思ったが、生来の才能に加え途方もない努力を積まなければあそこまではいかないはずだ。あの歳で一体どれだけの修練を重ねているのか想像もできない。

 当時序列四位が敗れた巨獣黒王ベヒモスを、序列外であったのにも関わらずペア討伐を果たしたアステール夫妻のご子息であるというのも納得だ。

 木剣であったとは言え、剣で私が傷つけられ『虚剣』をも使わされたのは父との模擬戦以来であろう。


 しかし、圧倒的に強者との戦闘経験が足りない。

 【虹】は手加減が苦手だからな…… 競う相手とは成り得なかったことは容易に想像できる。


 彼とはこれからも指導をつける約束をできたし、これからの成長をおもうと胸が踊る。

 最近伸び悩んでいた私や団員の刺激にもなるしな、うん。


 さて、他の団員達も彼に負けぬようビシバシしごいていかねばな!



 リィンさんと別れ騎士団訓練所を出た僕は、ボブ先輩との待ち合わせ場所である城門前広場へと向かう。

 気力と魔力はポーションにより多少は回復したものの、正直ヘトヘトである。

 帰りたい気持ちを抑え、なんとか足を引き摺りつつ広場へ着くと、ボブ先輩は水場の縁に腰掛けて本に読み耽っていた。


「ボブ先輩、お待たせしました」

「兄貴!? ……お疲れッした!!」


 ボブ先輩は申し訳なさそうに頭を下げた。


「流石の兄貴でも【シングルナンバー】とヤりあうのは骨が折れたようッすね…… そんなお疲れの中俺の用事にも付き合わせちまってほんとに申し訳ねェ……! 俺は…… 大丈夫ですんで帰って休んでくだせェ……!!」

「まるで僕が互角にやり合ってきたみたいに言うのは止めてくださいよ…… 稽古をつけていただいた立場なんですから。確かに疲れてはいますが、ボブ先輩の用事くらいであれば全然問題ありませんよ。行きましょう」

「兄貴ィ……!!」


 いかつい顔をして目をウルウルさせながらこちらを見下ろしてくるボブ先輩。やめれ。


 しかしどうやら、僕は他人から見ても相当くたびれていたようだ……

 ボブ先輩であれば、僕の魔力量がいつもより相当減っていることに気づいたって線もあるかもしれないが。


 そんな先輩と城壁沿いを歩いていくと、四角い建物に行き着いた。


「ここが親父の研究室ッス。親父は変人なんで、魔具師団の研究室よりもこっちの個人研究室に引きこもってばっかなんスよ。……ふぅ…… いきますか……」


 ボブ先輩が深呼吸をし、ドアに手を伸ばす。その手は僅かに震えていた。

 実の父親にここまで怯えるものか? 言いようのない不安が脳裏をよぎる。


「……親父、キたぜ」


 研究室に入ると、様々な魔導具や魔石等の素材や書物、レポートなどがそこらじゅうに雑多に散らばっていた。

 シンプルに言うと、汚い。


 そしてその最奥にいた黒いローブを着た魔道士がチラリとこちらに目を向けた。

 汚部屋主の割には髭も髪もピッシリと整った、ダンディなオジ様である。

 ……確かに、以前陛下に呼び出された時に王座の間にいた人だ。強い魔力を纏っていたから記憶に残っている。


「なんだボブ、と…… 君は……」

「俺の兄貴分のシリウス兄貴だ」


 ボブ先輩が誇らしげにふんぞり返っている。

 こんな子どもを兄貴と呼んでふんぞり返るのはおかしくないか?

 そんなくだらない疑問を振り払い、ボブ父に頭を下げる。


「ボブさんの後輩、シリウス・アステールです。こうして話すのは、はじめまして……ですね」


 ボブ父は目を少し細め、立ち上がりこちらを向いた。


「アレッサンドロ・ビーンだ。まさか私のことを覚えていたとはな」


 やはりそうだったか。


「はい。王座の間で一際魔力を身に纏っておられたので……」

「ほぅ…… ふむ、まぁその話は良いだろう。ボブ、シリウス君、今日は何の用だ? 何もなければこんな場所には来ないだろう」


 アレッサンドロさんが話をこちらに振ると、ボブの肩がビクンと跳ねた。

 アレッサンドロさんは何かを察したようで、探るような目でボブを睨みつけた。


「あ、あー…… あのさ…… す、すんまっせんっしたァァァァ!!!」


 DOGEZA。

 ボブ先輩は一瞬で綺麗な土下座をキメ、地面に頭を擦り付けた。


「……はぁ ……今度は一体何をしたんだ? それはもういいから顔を上げて話せ」


 アレッサンドロさんは溜息をつき、疲れた顔でボブ先輩を見下ろしていた。


「じ、実は…… 親父から借りていた『封魔枷』を壊しちまったんだ……ほんとすんませんでしたッ!!」

「『封魔枷』を……? お前アレを壊すなんて一体何を……」


 ボブ先輩を怪訝な目で見ていたアレッサンドロさんはなにかに思い当たったようでこちらにチラと視線を向けた。


「正確には僕が壊してしまったんです、申し訳ありません」


 僕が頭を下げるとアレッサンドロさんは目を瞠り、すぐに懐から水晶玉を取り出した。


「ふむ…… 封魔枷を壊した……か。分かった。シリウス君、ちょっと君の魔力量を確認したいのだが良いかね?」

「はい、大丈夫です」


 承諾すると、アレッサンドロさんは水晶玉を透かして僕を見つめた。


「ふ……む。これは……」


 なんだその反応、気になる。


「おい、親父……?」


 ボブ先輩が一歩踏み出すと、アレッサンドロさんは手を振ってそれを制した。


「上級測魔石の上限を超えている……」


 測魔石……? 知らない魔道具だな。


「!? 流石俺の兄貴だゼ!!」


 何故かボブ先輩がふんぞり返っている。


「あの…… 一体何が……?」


 僕がおずおずと聞くと、アレッサンドロさんは頷いて説明をはじめた。


「ふむ、測魔石とは定量的に対象の魔力量を計測することができる魔導具だ。上級測魔石であればほとんどの宮廷魔術師の魔力量でも計測できる代物なのだが…… 封魔枷を壊したというのは事実のようだね……」


 ……宮廷魔術師の魔力量が思ったより少ないなとは薄々感じてはいたのだが…… こんな子どもに魔力量が劣るレベルでこの国の防衛は大丈夫なのかちょっと心配である。


「これは…… ちょうどよかったかもしれないな……」


 アレッサンドロさんは小声で何かを呟きながらニヤリと笑った。


「シリウス君、封魔枷についてはバカ息子のせいで仕方なかったんだろう。弁償しろとは言わないのだが、一つ実験…… 試験に付き合ってもらえないか? 君ほどの魔力を持った者での試験は貴重なので協力してもらえると助かるのだが」

「えーっと…… 一応内容を聞かせてもらってもよろしいですか……?」


 ねぇ実験って言ったよね?


「あぁ、構わんよ。封魔枷もそうなのだが、私は現在高位の犯罪者を拘束、勾留するための魔導具の研究をしているのだ。しかし君も体験したように、封魔枷ではSランク魔術師を拘束するには若干心もとなくてな。新しい魔導具の開発をしているのだ。まだ構想段階なのだが…… 君にこの素材を素手で破壊できるか試して見て欲しい。気力と魔力は用いても良い」


 そういうとアレッサンドロさんは黒い金属塊をゴトリと机の上に置いた。

 どこかで見覚えがあるような…… ってこれ、黒鋼くろがねじゃないか。


黒鋼くろがね…… ですか」

「ほぅ、知っていたか。中々マイナーな金属なのだが」

「僕の刀の素材だったのでたまたま知っていただけですが……」

「ッ!? 何?? カタナ……だと……!?」


 アレッサンドロさんはメチャクチャ食いついて僕の肩をガッと掴んだ。

 怖い。


「は……はい……」

「み、見せてくれないか!?」

「えぇ、どうぞ……」


 夜一を鞘から抜き、アレッサンドロさんに手渡す。


「重いので気をつけてくださいね?」

「あぁ、分かってい……るッ!? フグッ……!!」


 手渡すと顔を真っ赤にして凄まじい形相で踏ん張り始めたので、すぐに下から刀を支えてあげた。


「すいません、僕が持っていますね」

「いや、ありがとう。思ったより重かったものでな…… しかしこれは、凄まじい加工技術だ…… ここまで薄く板状に加工された黒鋼は初めて見たぞ…… シリウス君、これを一体どこで? ドワグラフ王国の技術でもここまで薄く加工できたという話は聞いたことないぞ!?」


 ドワグラフ王国……確かドワーフの国だったか。そこでも実現できていないものだったんだ。ガンテツさん、本当にすごい人なんだな。


「知り合いの鍛冶師に作成していただきまして……」

「なんと……シリウス君、紹介してもらうことはできないかね?」

「えぇ、僕は構いませんが……一度本人に話をしてからご返答してもよろしいでしょうか?」

「勿論構わない。ボブ、シリウス君から返答を聞いたら即報告に来い、良いな?」

「あぁ、分かったゼ」


 一騒を終え、研究所横の広場に僕たちは出てきた。


「さて、やってみてくれ」

「分かりました」


 改めて黒鋼を触ってみる。

 やはり、これは気力…… 白気を使っても素手で砕くのは厳しいな……

 可能性があるとすれば、熱で溶断するしかないだろう。

 ガンテツさんも超高温ミスリルカッターで加工したと言っていた。


 しかし、僕の炎系魔術程度じゃ黒鋼を溶解させるほどの熱は出せないだろう。

 とすると…… やっぱりこれしかないか。

 魔力ポーションで補充した魔力をまた使うことになるな……


 黒鋼を岩の上に置き、数歩下がり術式に魔力を充填しはじめる。


雷剣ライトニングブレード


 右手に雷の剣を生成する。そしてその剣に更に魔力を込めていく。

 雷剣がバチバチと火花を散らし暴れようとするが、更に魔力で圧力を与えて抑え込む。

 暴発するギリギリまで魔力を込めた雷剣を上段に構え、振り下ろす。


「ハァッ!!」


――ドンッ!!!!


 眩い光と共に、雷が落ちたかと思うほどの轟音が鼓膜を叩く。


――シュウゥゥゥ……


 攻撃した箇所からは白煙が吹き出し、黒鋼がどうなったのかよく見えない。


「まさか、これほどまでとは……」


 アレッサンドロさんは眉間を抑えながら目を瞬かせていた。


 煙が薄まり、黒鋼を視認することができた。

 表面に溶断されかかったかのような浅い溝が出来ていたが、黒鋼を切断することはできていない。

 ちなみに黒鋼を置いていた岩は真っ二つになり、切断面は赤く溶けていた。


「……斬れませんでした」


 アレッサンドロさんに苦笑すると、アレッサンドロさんは頷いて黒鋼を観察し始めていた。


「ふむ…… あれだけの魔力を込められた攻撃を受けてもこの程度の損傷か…… シリウス君、ありがとう。貴重なデータが取れた」

「いえ、大したことはしていないので……」

「そんなことはない、ありがとう。後は、例の鍛冶師の紹介の件だが、頼んだよ。金ならいくらでも積めるから、本当に、本当に頼む!」


 アレッサンドロさんがドンドン顔を近づけてくる。やめて。


「わ、わかりました! 僕も頑張ってお願いしてみますから!」

「頼んだぞ!!」

「親父!! 兄貴に近づきすぎだ!!」

「む、すまない……」


 ボブにどつかれて正気に戻ったのか、スッと身を引くアレッサンドロさん。本当に魔導具研究に真剣なんだな。



 そうしてアレッサンドロさんの熱い視線を背中に受けながら、王城を後にした。

 僕が働いて封魔枷の件はお咎め無しとなったため、ボブ先輩は自分が何もしなかったからと謝りながら高級肉を奢ってくれた。初めて先輩らしいことしてくれた気がする。

 肉体労働の後の肉は筋肉に染み渡るぜ……




 ――その後、ガンテツさんとアレッサンドロさんは意気投合し、技術交流により急速に技術力を上げていったそうだ。

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