第62話 魔王討伐同盟

 あれから迷宮に何回が潜って入るのだが、四十階層からはかなり難易度が上がっていた。

 まず、魔物の数が多い。そして唐突に地面の下から手が生えてきたりするので、常にあらゆる方向からの不意打ちに気をはらなくてはならず、精神的な消耗が激しい。

 元々の目的が周辺の森より強い魔物との鍛錬であったことを考えると、アンデッドは十分な強さの魔物であり無理やり進むのは得策ではないと考え、四十階層と四十一階層付近での狩りに留めていた。


 ただアンデッドは物理耐久は低いため、『白気』の威力確認と調整には役に立たなかった。

 ポイズンドラコとの戦いで、 気力での強化と比べて相当強くなっているとは判明したが、それがどの程度の違いなのかはイマイチ把握出来ていない。

 ただ『白気』の実戦経験は着々と積めており、かなり自在に操れるようになっているとは思っている。


 一方『闘気』はというと、実戦で使えるような状態ではなかった。

 もしかして何かの役に立つ時もあるかもしれない、というレベルだ。


 そんな状況ではあるが、学園祭は刻一刻と近づいていた。



 学園祭に向けて学内が慌ただしい中、国王から魔王が発生したとの発表があった。

 各クラスで教官からの通達があり、学内はにわかにざわついていた。

 また武道祭上位者は魔族との戦闘での活躍を期待しているという実質的な徴兵宣言も出されており、教官は苦い顔でそれを皆に伝えていた。


「魔王…… 怖いですね……」


 アリアさんが震えている。ついでに大きな二つの果実もふるふると揺れている。


「今までの魔王の発生周期から考えると妥当。多分、これから数年は戦争になる」

「数年前に突然ゴブリンキングの発生が確認されたっつう噂もあったから、少し前から魔王が発生したんじゃって話をする冒険者も多かったなー」


 ロゼさんとランスロットは予想していたのか冷静だな。

 ていうかそのゴブリンキング、うちの村に出たやつだよな……


「そういえば国が各国に魔王討伐同盟を打診しているそうですね。更に【勇者】と【シングルナンバー】を招集しているって話も聞きました」

「【シングルナンバー】って、色々な国に散らばってるのに集まるのかしら?」

「三人も招集に応じればマシな方だろうって言われてますね……」


 魔族や魔王に対して非常に効果的な『神聖武器』と『神聖魔術』を扱うことのできる者達は【勇者】と呼ばれている。

 勇者は来るべき時に選定され、勇者に選ばれると手の甲に神聖文字が浮かび上がるそうだ。

 現在聖槍と聖杖の勇者は判明しているのだが、聖剣と聖弓については未だ使い手が判明していないらしい。


 また【シングルナンバー】とは、冒険者ギルド内序列の上位一桁の者達のことである。

 【勇者】を除き、人族領内では最強の九人だと言われている。


「うむ、父上にも同盟の打診が来たと聞いたであるな。しかしおかしなことにその内容が、魔王討伐のために魔人族領に攻め込む兵力を貸してほしいという話であったのである」

「何もおかしなことはないんじゃないのか? 魔人族の王が魔王なんだろ?」


 ランスロットがムスケルに問いかける。

 が、待ってくれ……

 その前に今、もっとおかしなワードが混ざってなかったか?


「ち、ちょっと待ってください…… なんでムスケルの家に同盟の打診が来てるんですか?」

「ムスケルはアブドミナル王国の王子。知らなかったの?」


 なぜ知らないのかとばかりにロゼさんが首をかしげる。

 皆も僕が知らなかったことに驚いている様子だ。


 いやむしろなんで皆知ってるの!? 有名なの!? 衝撃の事実すぎるよ!! こんなムキムキの王子嫌だよ!?


 チラとムスケルに視線を向けると、マッスルポーズを取りながら爽やかなドヤ顔でこちらを見ていた。やめろ。


「むふん。まぁ我が何者であろうがシリウス殿の友であることには代わりはないのである。ちなみにランスロット殿の質問についてであるが…… 確かに魔人族の王が魔王であるという噂はよく耳にするのであるな。しかし王族の間では、魔人族と魔王は全く無関係であると伝わっているのである」


「そうなのか? だがアルトリア王が魔人族領に攻めるってことは、やっぱり関係があるって確信してるからじゃないのか?」

「そこが解せないのである…… 現在魔人族と人族の国交は完全に途絶えているのであるが、魔人族は人族のような文化を持つ普通の人間なのである。人間ではない魔族、そして魔王とはそもそも別物の存在のはずなのである。言うなれば獣系の魔物を討伐するために獣人族領に攻め込む、というのと同じくらいおかしな話なのである」


「じゃあなんで巷では魔人族と魔王が関係してるって噂になってんだ?」

「それは分からぬであるが…… 人族の国の間では、魔人族に手を出すのは禁忌であるからな。以前、魔人族に戦争を仕掛けて滅ぼされた国があったのである。その恐怖と、魔人族と魔族の響きの近さから誤った情報が有衆に広まったのではないだろうか?

しかし、魔人族は人族に比べて個々の力が非常に強力な種族なのである。人口は少なくこちらから手を出さない限り向こうは国境を超えてこないため、どの国も魔人族へちょっかいを出すのは禁じられているのである。これは人族の国の王族の間では共通認識であるし、アルトリア王も十分承知のはずであるが……」


 人族の国の間ではタブー視されている魔人族に、なぜか我が国は戦争を仕掛けようとしているということか。


「でもそれでは、どの国も力を貸してくれないのではないですか?」

「アルトリア王国以外からの同盟打診であればそうだったのであろうが…… 人族国の中で最大の国であるアルトリア王国からの同盟を拒絶できる国があるか、ということであるな」


 確かに…… 小国からしたら同盟を拒絶した場合、魔人族の前に自分の国が滅ぼされるかも知れないと恐ろしいはずだ。


「前回の魔王発生時の記録によると、魔王の居場所は簡単には掴めないから魔族との小競り合いが数年間続いていたはず。どこに魔族が現れるのか分からないのに、魔王発生発表と同時に兵力を集中的に一国に集めようとするのは不可解」


 各国への同盟打診と戦力の収集。

 そして集めた戦力で、魔王とは無関係と思われる魔人族領へ攻め込む計画。


 こう考えてみると凄まじくきな臭いな……

 学生である僕らにはどうしようもない話ではあるのだけど……

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