第61話 竜種

「これは……」


 あまりの異様な光景に思わず独り言を漏らす。


 知識としては聞いていた。

 迷宮ダンジョン内で死んだ冒険者は、迷宮に吸収されて魔力に変換されてしまう。

 つまり冒険者の持ち物が複数落ちている場合、十中八九その持ち主が迷宮の糧となっていることを示すのだ。


 通常は死亡してから迷宮に吸収されるまで、一日から二日はかかるものであるらしい。

 ただしそこにはボス部屋という例外が存在する。ボス部屋は挑戦者が全滅すると次の挑戦者を招くために早急に吸収されてしまうらしい。


 ……恐らくここに散乱している装備品は、敗北した先客達の物なのだろう。


 知識として知っていても、直前にこの部屋で目の前のモンスターに人が殺されたと思うと胃液がせり上がってくる。

 しかし魔物達はこちらの気持ちなど関係なしに襲いかかってくる。


雷槍雨ライトニングレイン


 動揺を抑えつつ、魔術で取り巻きを片付ける。

 取り巻きがやられたことで怒ったのか、ポイズンドラコがポイズンブレスを吐き出す。

 回避しつつ、濃厚になった毒霧を風魔術で散らす。

 回避先が毒霧が薄い場所と限られているせいかポイズンドラコは凄まじい速さで回避先に向けて尻尾を叩きつけてきた。


 夜一を尻尾に向けて抜き放ち受け止めるが、衝撃を相殺しきれずに後方に弾き飛ばされた。

 かなりの衝撃で手が痺れ、刀を落としそうになる。

 凄まじい威力だ…… 感覚的にはムスケル三人分くらいか。


 もしかして夜一でも尻尾くらい千切れるかなと若干の期待をしていたのだが、鱗が数枚弾け飛んだ程度でほぼ無傷のようだ。

 腐っても竜種ということか。



 今度はこちらの番だ。

 『雷光付与ライトニングオーラ』を身に纏い、雷薙に手を添えて接敵する。

 ポイズンドラコはその巨大に似合わない素早さをもって尻尾で迎撃してくる。


 若干軌道を逸らされながらも、雷薙が尻尾を切り裂く。

 浅い……!


 鱗と肉が予想以上に硬く、尻尾の半分も切断できなかった。


「グギャアウゥゥ!」


 ポイズンドラコの逆鱗に触れたのか、大音量の咆哮とともに鱗が立ち上がっていく。

 そして魔力と毒霧を身体中から凄まじい勢いで噴出した。


 風魔術で護っているとはいえあまりに勢いが強いため、後方へと飛び退く。

 毒霧に触れたポイズンリザードの死体が、同じ毒属性であるにも関わらず溶解している。

 これが直撃したらひとたまりもないな……


 毒霧に突っ込む気は起きず、『雷光ライトニングレイ』をポイズンドラコに向け数発放つ。

 ポイズンドラコは機敏な動きでそれを躱しつつ、突進してきた。

 避けきれずにいくつか当たってはいるが、魔術抵抗力の高い竜鱗によって致命傷には至らない。

 剣も魔術も効きにくいとか勘弁してくれ……!!


 突進の勢いに合わせて体を回転させ、尻尾をぶん回しながら突っ込んでくるポイズンドラコ。

 毒霧を噴出しつつ凄まじい速さで回転しながら突進してくる巨大なドラゴンに顔が引き攣る。

 身体能力が低い魔術師や弓師がこれに突っ込まれたら絶望だろうな。

 どこか冷静にそんなことを思いつつポイズンドラコを引き付け、尻尾ぶん回しが当たる直前に『瞬雷ブリッツアクセル』を発動して跳躍回避する。


 すかさず『空歩』で上空に足場を作り出しに踏み込み、『白気びゃっき』を纏わせた雷薙を振るう。

 その威力は予想を超えてポイズンドラコの太い首を一撃で両断し、更には迷宮の床に裂け目を作り上げた。


 先程は尻尾ですら両断できなかったのに数倍の太さの首を一撃とは…… 『白気』の予想以上の威力に思わず息を呑んだ。



 ボスを倒したことで部屋を満たそうとしていた毒霧が消えていく。

 ポイズンリザードはドロドロに溶けており、素材として持ち帰れる状態ではなかった。

 解体や素材の選別が面倒なポイズンドラコはそのまま『亜空間庫アイテムボックス』に収納する。


 部屋に散らばる先客達の装備品を見やる。

 回収してギルドに報告するべきだろうなと思い、装備品も回収していく。

 墓場泥棒みたいで気分が良くはないが放置するのもはばかれる、複雑な心境であった。


 すぐに迷宮転移盤で戻りたかったが、またなにか準備が必要な特殊な階層かもしれないため少しだけ四十階層に足を踏み入れた。

 結論から言うと、四十階層はゾンビ、グール、スケルトンなどのアンデッドの巣窟であった。

 迷宮内のアンデッドは吸収された冒険者がされているのではなどという噂もあり、先程のボス部屋で亡くなった冒険者たちのことを思い、切ない気持ちになった。



「シリウス君、わざわざ報告と装備品の持ち帰り、ありがとうね」


 セリアさんが眉を下げながら、僕が拾った亡くなった冒険者達のギルドカードを受け取った。


 ボス部屋で拾った装備品とギルドカードをギルドに提出しようとしたら、ギルドカードだけは回収するが装備品は拾得者の物となると言われ返された。

 いらないと言うと買取カウンターで換金できるとすぐに銀貨にして渡してくれた。

 身近で亡くなった人達の装備品を使う気はどうしても起きなかったのだ。


「それにしてもポイズンドラコを倒して四十階層に行っちゃうなんて…… ポイズンドラコはAランクの魔物なのよ? 普通Aランク冒険者を含んだパーティが挑戦するレベルの難易度なのに、シリウス君はどれほど強いというの…… でも勝てたから良かったけど、ボス部屋に入ったら逃げられないのよ? 本当に気をつけてね」


 心配そうな顔をしたセリアさんに手を握られる。

 ギュッと力強く握られ、本当に心配してくれていることが伝わってくる。


「セントラル迷宮の最深到達階は四十九階層。つまり誰も五十階層へのボス部屋は突破できていないの。帰ってこなかったAランクパーティも沢山いたわ…… 国の迷宮攻略兵団も四十七階層を攻略中なくらいなのよ。シリウス君が強いのは分かるけど、本当に無茶しないでね…… シリウス君が帰ってこなかったら私……」


 セリアさんが僕の目をじっと見ながらそう話す。

 その目には心なしか涙が浮かんでいるように見えた。

 僕に迷宮の存在を教えてくれたのはセリアさんだ。その責任感もあるのかもしれない。


 セリアさんの気持ちが嬉しくて、思わず頬を緩ませながら微笑む。


「セリアさん、ありがとうございます。僕も死にたくはないので、絶対に迷宮で死ぬようなことはしませんよ」

「シリウスくん、約束よ?」

「はい、約束します」


 セリアさんが差し出してきた小指に僕が小指を軽く絡ませると、彼女は涙ぐみながらも笑顔を見せてくれた。

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