第55話 白気纏衣
「これは…… 気力と魔力が混ざりあっている……?」
「その通りじゃ。同量の気力と魔力を一定以上の圧力を掛け合うと混ざり合い、安定して運用することが出来るようになるのじゃ。妾はこの力を『
「『白気』……」
「うむ。では、試しにやってみよ」
「分かりました」
まず『
ここ最近発動しっぱなしで鍛錬していたため、呼吸をするかの如く発動できるようになっていた。
「……お主、実は昔から無属性魔術を使っておったじゃろ?」
「いえ、この間アレキサンダー教官から教わったばかりですが」
「おかしいじゃろ!? なぜこのような短期間でここまで練度が高まっているのじゃ!?」
「最近中々魔力を使い切れなくて…… 鍛錬の時は常に魔力消費量が多い『
「いやそもそもなぜ魔力を使い切ろうとする!?」
「えっ? 魔力を使い切れば回復時に魔力量が増えるじゃないですか?」
ベアトリーチェさんは魔力量が多すぎて増やす必要がないから分からないのかな?
魔力をひたすら消費する鍛錬は一般人からしたら基礎鍛錬だと思うのだけど。
「確かに、魔力枯渇後の自然回復で魔力容量が底上げされる現象はあるが…… 精神的負荷が半端なかろう?」
「うーん…… 確かに最初は辛かった気がしますが…… 慣れれば清々しい疲労感に感じてきますよ?」
「人として大事な何かを失っておらんかの…… はぁ、もうよい。続けよ」
ちょっと納得いかないけど、きっと僕みたいな凡人の鍛え方とは違うんだろう。そう思うことにする。
身体に纏う魔力を内側に圧縮するよう意識しながら、気力で身体強化を施す。
いつ崩壊してもおかしくないようなギリギリのバランスだが、なんとか魔力と気力を同時に身に纏うことができた。
「嘘じゃろ…… まさか初めてでここまでいくとは……」
ベアトリーチェさんが何かぼそぼそと呟いているが、聞く余裕は全くない。
この均衡を保つだけで凄まじい集中力の維持が必要で、全身から冷や汗が吹き出ている。
急ぎ、次の工程に移る。
気力を外側に圧縮し、同時に魔力を更に内側へ圧縮していく。
必死に両者を押し付け合うが、凄まじい反発で今にも弾け飛びそうだ。
「ぐ…… ぐっくくっ……」
声にならない声が口から漏れ出てくる。
野球の軟式ボールを地面に押し付けて平らにしろと言われて、必死に地面に押し付けているような感覚だ。
これ、本当に可能なのか? と疑問が頭によぎった瞬間。
――パァンッッ!!
何かが弾け飛ぶような音が鼓膜に突き刺さったかと思うと、目の前が真っ暗になった。
◆
……暖かい。
柔らかな日差しに包まれているような、優しい何かが注ぎ込まれているような感覚。
こんな気持ちよく寝れたのはいつぶりだろう、起きなくてはという理性ともっと寝ていたいという感情がせめぎ合い、寝返りを打つ。
柔らかい枕に顔を埋めたと思ったが、枕とは異なったみずみずしさを持つ、弾力のある何かを顔に感じる。
「んぅっ…… シ、シリウスよ、目が覚めたかの?」
「うぅーん………… うん!?」
バッと顔を上げると、少しだけ頬を染めたベアトリーチェの顔がドアップで目に入った。
すぐさま
「す、すいません!! 僕…… あれ、確か『白気纏衣』を失敗して……」
「う、うむ。『白気纏衣』を失敗して魔力と気力を一気に放出したお主は急な気力と魔力の枯渇で意識を失っての。そこそこ危険な状態じゃったから妾が少し気力と魔力を分け与えておったところじゃ」
「なるほど…… 助けていただきありがとうございます」
「教えたのは妾じゃからの、これくらいは当然じゃ」
「「……」」
若干の気まずい沈黙が流れる。
「あー、さっきの失敗じゃがな、魔力と気力の量の釣り合いが取れてなかったの。釣り合いに意識を向ける余裕がなかったからか、無意識に体内の魔力と気力をほぼ全力で放出しようと力んでいたようじゃな。お主は魔力量の方が多いから自ずと魔力の放出量の方が多く、釣り合いがとれなかったのじゃ。とりあえず、その前段階の状態でもう少し安定できるように練習することじゃな。そうじゃなぁ…… また一月経った頃に様子を見に来るからそれまでに、発動手前の状態で走り回れるくらいには慣れておくんじゃな」
「……分かりました、ご教授いただきありがとうございます」
◆
――翌日
放課後、訓練場で気力と魔力を同時に纏う。
一回体感して難しさが分かっていたため、昨日よりかは楽な気がする。
それでも物凄い集中力を要するわ気力も魔力もガンガン消費するわで心も身体も疲労困憊だ。
――一週間後
大分安定してきて、散歩する程度なら可能になってきた。
余裕が出てきたからか、気力と魔力の放出量の調整もできるようになってきている。
――二週間後
気力と魔力を纏った状態を自然に維持できるようになってきた。
ただこの状態を維持しているだけでは勿体無いので、そのまま走ったり筋トレしたりしはじめる。
――三週間後
もはや無意識に発動できるようになっている。
気力と魔力の圧縮加減を調整したりしていると、時々融和しそうな瞬間がある。
それを繰り返している内に、白気とは単純に気力と魔力の身体強化を重ねるだけではないと考え始めた。
気力と魔力に加えて反発力を肉体的エネルギーに変換することにより足し算的強化ではなく、より飛躍的な強化を実現しようとする技法ではないか。
そう考えながら、再び気力と魔力を圧縮しはじめる。
量が多ければ圧縮されるわけではない、むしろ制御が難しくなる。
自然に纏える気魔力量で確実に反発力を生み出すように圧力を与えていく。
そして、ある点を境界に何かが反転した。
――これが、白気か。
気がつくと、身体には気力でも魔力でもない、白いオーラが纏われていた。
荒れ狂うような反発力が気力と魔力と混ざり合い、一つのエネルギーとして渾然一体となっている。
気力と魔力共に消費量が非常に多いが、その欠点を補ってあまりある力を感じる。
――そして一ヶ月後
『白気纏衣』を身に着けてから、白気を纏った状態で鍛錬をしている。
最近使い切るのが大変になってきた気力と魔力であるが、白気を発動しての鍛錬では一時間で九割ほど消費してしまう。
実践では他の魔術を使うことも考えると維持して戦えるのは二十分程度だろうか。
魔力と気力の残りが一割を切ったところで横たわり休憩をする。
清々しい疲労感だ…… 三徹して資料を作り上げて仕事が上手く纏まった早朝のような清々しさだ。
そう思っていると、おもむろに頭上から声がかけられた。
「お主、阿呆じゃろ……」
なんとか身体を起こして声の主に目をやると、全面に呆れを押し出した表情をしたベアトリーチェさんがいた。
「ベアトリーチェさん。お陰で『白気纏衣』を習得できました、ありがとうございます」
「まさか一ヶ月で習得するとはの…… お主、白気はぶっ倒れるまで発動しっぱなしにするような代物ではないのじゃぞ? 短時間、もしくは瞬間的な身体強化が普通の使い方じゃ」
「なるほど…… 確かに物凄く燃費が悪いですもんね」
「それを一時間もぶっ通しで発動させおって……」
「でも気力と魔力が同時に消費されるので、鍛錬にはなるんですよ! でも確かに戦闘時のことを考えると瞬間的な強化を身に付けたほうが良さそうですね」
「それが賢明じゃな。しかし妾がほとんどなにもせぬまま終わってしまったじゃないか…… つまらぬ奴よ」
(もっと色々と手取り足取り教えるはずだったのにの…… この鍛錬馬鹿が)
「いえ、ベアトリーチェさんのお陰で凄い技能を身につけることができました。ありがとうございました」
彼女がいなければ白気を習得することはできなかっただろう。
感謝の気持ちしかない。
「ふむ。感謝の気持ちがあるのなら、いつでも礼の品を待ってるからの」
ベアトリーチェさんが悪戯を思いついた子どものようにニヤリと笑う。
「……分かりました。そういえばベアトリーチェさん、職員室でも見たことないんですが普段どこにいらっしゃるんですか?」
「あぁ…… 妾の部屋は、教官棟の最上階にある。いつでも遊びに来てよいぞ」
「教官棟の最上階…… ですか。行ったことなかったですね…… 分かりました、今度うかがいます」
「くっくっ…… 楽しみにしておるぞ。ではな」
くつくつと笑いながら、ベアトリーチェさんは高窓から去っていった。
……何故普通に出入り口を使わないのだろうか。
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