第56話 スイーツ

 休校日のよく晴れた朝。

 鍛錬を終えた僕は、腕まくりをしてキッチンに立っていた。


 ――スイーツが食べたい。


 この世界に転生してから、幾度その想いを抱いたことだろうか。


 この世界にも砂糖はある。

 しかし少なくともアルトリア王国では、砂糖はとある商会が製法を秘匿・独占しており市場にほとんど出回っていない。

 出回っているものも非常に高価で、貴族や王族が薬や嗜好品として楽しむようなものである。


 一方、一般市民が甘い物を食べたことが無いかといえば、そんなことはない。

 甘い果物や野菜は一般市民でも一応手が出る価格である。

 蜂蜜も結構な贅沢品ではあるが、絶対に手が出ないほどではない。



 でも、違う。僕の求めているスイーツは違うんだ。


 度重なる労働で疲れ果て機能停止寸前の脳に糖を注ぎ込んでくれる天使であるコンビニスイーツの甘美なる味わいよ。

 コンビニスイーツがなければ僕の寿命はもっと短かったことだろう。


 今では大分慣れたが、それでもやはり疲れたときには身体が糖を求めるのだ。

 チョコレート、ケーキ、クレープ、シュークリーム、エクレア、プリンアラモード…… 可愛い天使たちよ、待たせたな。


 そう。冒険者として大量の素材を冒険者ギルドに売りまくって得た資金で、着々と準備を進めていたのだ。スイーツの材料収集を。

 売っていないなら作ればいいじゃない。

 そう思い立ってから、ここまで苦労したな……

 学生時代にパン作りで戦う漫画や紅茶を飲む人形たちの漫画などの影響を受けて料理やお菓子作りに凝っていた時期があったのだが、そんな厨二時代の趣味がここで生きてくるとは人生何があるか分からないものだ。


 サトウキビのような植物、アマタケを市場で発見した時は大興奮だった。

 転生してから身に付けた身体能力、魔術を総動員し、砂糖を精製した。

 アマタケの手絞り一つとっても前世とは桁違いの膂力が遺憾なく発揮された。


 牧場からの依頼を見つけた時は即受注し牧場主の人と顔を繋げて、新鮮な牛乳を分けて貰って生クリームを作った。


 そして地道に市場に通い、クレープにピッタリの果物を買い集めた。


 その努力を結集させる時が来たのだ。



 集めてきた材料を『亜空間庫アイテムボックス』から取り出してキッチンに並べていく。

 『亜空間庫アイテムボックス』の中は時間が停止しているため、全ての材料が新鮮そのものだ。

 そして最後に、小麦粉を取り出す。


「さて、クレープを作ろう」


 スイーツの中でも特にお世話になったクレープ。

 モチモチの生地と生クリープのハーモニー。そして片手で持てるため食べながら仕事をすることもできる。

 美味しさと効率が両立されている、素晴らしいスイーツだ。

 しかも作るのは超簡単。異世界初の自作スイーツにピッタリである。


 まず、クレープ生地を焼いていく。


 社会人になってからは仕事ばかりで中々料理する機会を失っていたが、学生時代はパン作りの漫画やらお菓子作りの漫画やらを読んではその影響でよく料理をしていたものだ。

 二十年以上前の記憶を呼び覚ましながら生地を焼いていくが、思いの他上手く焼けている。体は覚えているものだな。

 芳ばしい香りが部屋に充満していく。もうこれだけでも幸せだ。おっとよだれが……


 生地を二十枚ほど焼き終え、クリームを泡立て始める。


 ちなみに二十枚一気に食べるわけではない。

 余った分は『亜空間庫アイテムボックス』に収納しておけばよいのだ。

 出来たての状態で時間が停止するので、食料のストックには最適な能力なのだ。むしろこのための魔術といっても過言ではないだろう、うん。


 泡立て器などはないが、前の世界より圧倒的に身体能力が上昇しているお陰で簡単に泡立てられる。

 また微小な氷魔術で冷やしながら作業できるのだから、作業効率は抜群だ。


 皿に生地を置き、泡立てた生クリームを乗せる。

 更に甘酸っぱい果実のベリーの実と、バナヌの実という黄色くて細長い…… バナナ的な果実を乗せて、生地で包み込む。


「……素晴らしい……」


 完成したクレープを、震える手で持ち上げる。

 しっとりとした生地の感触を感じつつ、口に運―― ぼうとしたその時、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。


 うん、食べてからにしよう。

 そう思い再度口に運ぼうとするが、もう一度ノックの音が響いた。


 こめかみに血管が浮き出るのを感じつつ、クレープを皿に置いてドアを開ける。


「……どなたでしょうか?」


 平静を装いつつ即座に尋ねる。いや、抑えきれずに随分とドスの聞いた声になってしまったかもしれない。

 そこには三人の女性が立っていた。


「シリウス、突然ごめんね」


 僕の顔を見るなり一瞬驚いた顔をした後、非常に申し訳無さそうに先頭にいたエアさんが僕に謝ってきた。

 後ろにいたアリアさんも申し訳無さそうな顔をしており、もう一人のロゼさんは僕の部屋を覗き込むようにぴょんぴょこ跳ねている。

 普段お世話になっているクラスメイトであることが分かり、一旦息を吐いて気持ちを落ち着かせてから話しかける。


「エアさん、おはようございます。どうかしましたか?」

「朝からごめんね。えっと、何か急に良い匂いがしてきて、なんだろうと部屋から出てきたら二人とバッタリ会ったの。それでシリウスの部屋から匂いがしてるみたいで……」

「シリウス、美味しそうなもの作ってる。ちょうだい」

「ちょ! ロゼちゃん!? ち、違うのシリウスくん! 部屋に換気用の風魔石があるの知らないなら教えてあげようかなと思って…… いや、凄く美味しそうな匂いではあるんだけど……」


 そうか、換気が不十分で匂いが外に漏れてたのか……

 それでスイーツの香りを嗅ぎつけて女子三人が集まってしまったと。

 ……外に匂いを出して迷惑をかけてしまったんだ、ご馳走くらいするか。


「ご迷惑をおかけしてごめんなさい。換気用の風魔石には気づきませんでした…… ちょうど出来たところだったので、よかったら食べていきますか?」


「え、いいの? な、何か悪いわね!」

「流石シリウス、太っ腹」

「ご、ごめんねシリウス君…… あ、ありがとう……」


「ちょうど多めに作っていたので――」


「むふん!? この芳ばしい香りはシリウス殿であったか!」

「おー、なんか美味そうな匂いしてんなーって思ったら皆集まってんのか」


 ムスケルとランスロットも匂いに惹かれて部屋から出てきたようだ。

 ねぇ、この寮なんでそんなに匂いが広がるの? おかしくない? それとも皆飢えてるの??


「……お二人もよかったら食べていきますか?」


「いいのであるか!? かたじけない!!」

「やったぜ、タダ飯だ!」


「……飯ではないんですけどね……」



「むっふううん!! これは……!! 我が家の熟練したシェフですらここまで美味な物は作れないであるぞ!?」

「ッッ!? シリウス! これ、美味しい!! 美味しいよ!!」

「シリウス様…… お、美味しすぎますぅ……」

「ちょっとこれ…… このふわふわして甘い物は何!? こんなの初めて食べたわよ!! 色々と規格外だと思ってはいたけど料理でも規格外だなんて……」

「うめぇなー、これ。これってもしかして砂糖使ってんのか? とんでもなく高いんじゃねぇの?」


「皆が喜んでくれて良かったよ」


 ……あとで追加で焼こう。


 ガツガツと貪る皆を止める勇気は僕にはなかった。

 あと、ムスケルの家ってシェフがいるの? 塊肉食べてるイメージしか沸かないんだけど……



「シリウスさま―― くん…… これ、売れるんじゃないかな……?」

「うーん、飲食店開くわけにもいかないので難しいんじゃないですかね」

「あ、そうじゃなくてね。商業ギルドで『特許契約』して作り方を売ればどうかなって」


 『特許契約』か、まさかこっちの世界にも特許制度があるとは思わなかった。

 しかし――


「そんな方法があるんですね。でも、たかだかお菓子のレシピなんて特許登録してもらえるんですかね?」

「た、たかだかじゃないよ!!? こんな凄いお菓子、貴族の人だって皆大金出して知りたがると思うよ!!」


 凄い剣幕で机越しに乗り出してくるアリアさん。

 ちょ、そんな屈みながら近づいてくると……

 一瞬目が行ってしまったグランドキャニオンから即座に目を逸らして平静を装う。

 どことなく他の女子二人の視線が鋭い気がするけど、きっと気のせいだろう。


「そ、そうですかね…… ちょっと、知り合いの商人の方に話を聞いてみます」


 あのふくよかな肉体の似非関西弁の商人、トルネさんに話を聞いてみよう。


 実は迷宮ダンジョンに潜るようになってから、必要なアイテムはトルネさんのお店、トルネ商会にお世話になっているのだ。

 一部の素材を直接卸す代わりに、市場価格より若干安くアイテムを売ってもらっている。

 トルネさんからしても悪くない商売相手と思ってもらえてると思うので、特許契約の話もきっと教えてくれるだろう。



「シリウス、またこれ作って」


 あっという間に平らげてしまったロゼさんが、僕の服の裾をちょんちょんと引っ張りながら上目遣いでそう言ってくる。


「そうね…… 言ってくれれば手伝うから、また食べさせて欲しいわね……」

「わ、わたしも…… 一緒に作ってみたいです!!」

「そうですね、今度一緒に作りましょうか。材料さえ揃えば簡単に作れるので」


「出来たら俺呼んでくれよー! 味見くらいはするからさ」

「ふむん…… 我もまた食べたいものであるな!」

「……二人もなにか手伝ってくれてもいいんですよ? でも皆で集まって食べるのも楽しかったし、またやりたいですね」


 自分が作ったスイーツを喜んで食べてくれる友人たちを見て、今度は何を作ろうかなと思案するのであった。

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