第50話 闘気
学園の闘技場に、Sクラスの生徒が集まっていた。
「本日は、気力の扱いについて授業を行う」
ディアッカ教官が闘技場の隅にある黒板に書き込みはじめる。
「まず気力というのは、我々の体内にある生命力の一つだと思ってくれ。周知の通り人族には大小の違いはあるが、必ず気力と魔力が備わっている。気力の扱いは近接職には勿論、魔術職の者もある程度身につける必要がある。冒険者をやっていれば、馬を走らせられない森や山を短時間で踏破しなければいけないような状況はいくらでもある。そんな時に少しでも気力を扱えるかどうかで、任務の成否を分け、生存確率が全く違う。そのため、まずロゼとアリアについては、気力の感知と操作を身に着けてもらう」
ロゼさんとアリアさんのステータスを『洞察』すると、『操気』を覚えておらず、また気力も非常に低い数値だった。
魔術師は基本的に魔術の鍛錬のみを重点的に行うため、このようなステータスの人が非常に多い。
しかしディアッカ教官の言うとおり、微小でも気力が扱えることで生存確率はぐっと上がるだろう。
そこをきっちり魔術師にも身に着けさせるところは、流石セントラルである。
ちなみに一年生は近接職も魔術職も一律同じ授業を受け、二年生から授業が分かれることになっている。
この一年生の間に他職の基礎を習得させ、二年生からは特化させていくのだろう。
ロゼさんとアリアさんは簡単な気の説明を受けた後、補助教官に授業を引き継がれていた。
「さて、次は近接職の諸君だ。先日の模擬戦で力を測らせてもらったが、全員『練気』まではきちんと習得しているようだな。気力は身体能力の強化が基本的な用途だが、もう一歩踏み込んだ技術がある。『闘気』だ」
気力を用いた戦闘については母からみっちり教わっていたけど…… 『闘気』というのは初耳だ。
いや、そういえばムスケルのスキルに『闘気:
「入学時に『闘気』を身に付けている者は基本的にいないはずだ…… いや、ムスケルだけは例外だったな」
「むふん」
ムスケルがマッスルポーズでドヤ顔を決めている。
なぜムスケルだけは身に付けているのだろうか。
「どういうことだと言う顔をしているな。『闘気』は一定の条件を満たした者しか習得できないよう、国と冒険者ギルドが管理している技能だ。その者の能力や年齢、身元、いくつかの条件を満たした者にのみ習得させて良いという法律がある。そして諸君はそれをギリギリ満たしているため、この授業を行っている」
「ムスケルはなぜ例外なんですか?」
エアさんが手を挙げて、質問をした。
確かにそれは気になるところである。
相変わらずポーズを決めてドヤ顔のムスケルがそれに答えた。
「我も教えてほしいのである!!」
お前も知らないんかい!
「あぁ、『闘気』は気力を操作して独自のスキルを生み出すもので、ムスケルが模擬戦で見せた『筋肉操作』が『闘気』だ」
「むむっ!? 『筋肉操作』は物心ついた時には身についていたのであるが……?」
「『闘気』の中には遺伝するものがある。『筋肉操作』は遺伝性だったのであろう。ご家族は詳しく知っているはずだ」
「ぬぅ…… 知らなかったのである……」
「『闘気』については基本的に資格のない者が教えることが禁じられているからな。諸君が知らなかったのも当然のことだ」
肉体を変化させるなんてヤバいスキルだなと思っていたが、あれは気力によるものだったのか。
「通常『闘気』は、とある魔導具を用いて習得することになる。ステータスが基準より低いと肉体が耐えられず、死に至る危険性もある。諸君の能力であれば問題はないと思うが、一応希望する者のみ『闘気』を習得させることになっている。その希望を聞く前に、まずは『闘気』がどのようなものか見せようと思う。シリウス、闘技場に上がれ」
「えっ、はい」
突然の指名に驚きつつも、ディアッカ教官とともに闘技場に上がる。
「『闘気』の力を実践するためだ、悪いが模擬戦に付き合って貰うぞ?」
ディアッカ教官がニィッと口角を上げて剣を抜いた。
ディアッカ教官は短剣と長剣の間くらいの珍しい長さの剣を両手に持っていた。
エアさんの試験の時は確か片手剣だったと思うが、構えは堂に入っており、付け焼き刃でないことが窺えた。
これが本来の戦闘スタイルなのかもしれない。
「分かりました、よろしくお願いします」
『雷薙』と『夜一』のどちらに手をかけようか思案する。
『闘気』の実演という点から考えると、『雷薙』は控えたほうが良いか?
そう思い『夜一』に手を伸ばそうとすると、真剣な表情のディアッカ教官と目が合った。
「遠慮はいらんぞ」
……教官を相手に、驕りがすぎたな。
自らの慢心に反省し、『雷薙』の柄に手を添える。
「申し訳ありません」
ディアッカ教官は満足そうに頷いた。
「よし、では始め!!」
初撃で決める気持ちで、全力で行く!!
『
完全に殺ったと思った一撃であったが、恐らく気力で構築されているであろう盾を切り裂くに終わり、ディアッカ教官には届かなかった。
「『ウォールスラッシュ』!」
ディアッカ教官が叫びながら片方の剣を縦に振るった。
短い剣であるため余裕で回避できるとバックステップをしようと力を込めたが、背筋がゾクリとし咄嗟に横に飛び退く。
後ろを振り向くと、ディアッカ教官が剣を振り抜いた延長線上に気力で構築された壁が発生していた。
アレに直撃していたらどうなるのかは知らないが、碌なことにならないということだけは分かる。
「流石だ、鋭い戦闘勘を持っている」
ディアッカ教官は不敵に笑った。
先程発生した気力の壁だが、消滅せずに健在している。
普通に気力で剣撃を飛ばした場合は刹那的なものだ。
あの消滅しない気力の壁は『闘気』によるものなのだろう。
「先ほどの技がディアッカ教官の『闘気』ですね?」
「そのとおり。私の『闘気』、『
そう言うと、ディアッカ教官が地を蹴り凄まじい速度で接近してくる。
双剣を巧みに操り、絶え間なく剣撃を放ってくる。
刀で受けても気力の放出は止められないようで、剣の延長線上から身体をずらしていないと『
度々『
また気力の壁が徐々に増えていき、行動が制限されていく。
おまけにディアッカ教官は気力の壁をすり抜けて攻撃してくるからたまったものじゃない。
切り裂くことは可能であるが、次々と具現化される壁を切り裂いて立ち回る空間を作らなければ次の攻撃の回避もままならず、攻撃に割く余力が徐々になくなりジリ貧になっていく。
魔術で戦おうにもピッタリと接近したディアッカ教官を引き離せず、有効的に魔術で攻撃できる距離をとることができない。
「どうしたシリウス!! もう隠し玉は無いのか!?」
「くっ……!!」
一度周囲を綺麗にしなければ、このまま追い込まれるだけだ。
教官の攻撃と攻撃の隙間を見計らい、抜刀切りと同時に回転して周囲360°に斬撃を放つ。
周囲に構築されていた気力の壁が一瞬で切り裂かれ、消滅する。
……が、目の前には跳躍で斬撃を躱し、双剣を左右から僅かに時間差をつけて振るうディアッカ教官がいた。
◆
気がついたら闘技場の外に横たわっていた。
……負けたんだな。
悔しさを噛み締めながら立ち上がると、ディアッカ教官に肩を叩かれた。
「『闘気』なしでここまで戦えたんだ。凄まじいものだ」
「……はい、ありがとうございます……」
「このように『闘気』は様々な可能性を秘めた技能だ。危険を承知で習得を希望するものは、挙手してくれ」
僕を含めエアさん、ランスロット、ムスケルの近接戦闘組の全員が、当然の如く手を上げていた。
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