少女
演奏を止めると、
「あ、止めちゃってすいません!」
と甲高い声がした。
誰かがピアノの方に向かって、
歩いてきた。
センセイではない。
ほっそりとした、
赤毛の少女だ。
うっとりとした表情で、
申し訳なさそうに言った。
「急に入ってきてすいません。
あまりにも素晴らしい演奏で。
...なんか私、その曲、
どこかで聞いたことのある気がしたんです。」
「どこかで、聞いたことがある?」
私は思わず聞き返した。
「はい、あの、
いつか、ずっと前に、
どこかで聞いたような。」
「それは本当なの?
いつ?どこで?
どこで聞いたの?」
「確か...うーん、
いつだっただろう。
私、なぜか分からないけれど、
記憶の曖昧な時期があって、
それで、えっとー、
なんか、思い出せないんです...」
「記憶が曖昧な時期って...」
私は思わず聞き返した。
「いえ、
私のことを引き取ってくれた母が話してくれたんですけど、
私って昔、
交通事故にあって、
3年以上も寝たきりだったって。
だからその曲、
事故にあう前に聞いたのかも。」
「...そうなんだ。」
はっきりいって、
私はこの少女に期待していたのだ。
『ブルー』を本当に、
本当に聞いたことがあるならば、
少女は、
もしかすると昔、
椿の家の世界にいたのかもしれないと。
だが、
まずほぼ絶対、
ありえないだろう。
椿の家での最後の日、
パールは私に言った。
次に行く世界では、
椿の家の誰かと一緒になることは、
99.9パーセント、
ありえないと。
そう、
きっとこれは、
少女の思い違いだ。
何かの曲を、
聞いたことがある、
そう感じるのは、
よくあることだ。
そう、よくよく考えれば、
この曲って親しみやすい感じ。
「あ、どうぞ続けてください。
私もう行かないと。」
そう言うなり、
少女は部屋をあとにした。
私はまた、
ひとりになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます