聖女《マドンナ》たちの幻想曲《ファンタジア》

猫謳歌《キャットウォーカー》

プロローグ

「…………」


 ギシギシと軋む馬車と微かに聞こえる少女たちの甘い喘ぎを背に、オレは夜空に向かってため息を吐き出す。

 落ち着かない。

 こうなることは解っていても、やはり知った相手のアレの声には複雑な気分になる。

 揺らめく焚き火の中で、パチンと小さく薪が爆ぜた。

 その炎を目印に、3人の人影が俺に近づいて来る。

 人影はニヤニヤと笑みを浮かべた男達だ。

 二十代半ばから後半ほどだろうか。

 3人ともが腰に剣を下げてるが鎧は着ていない。

 そこそこに身綺麗にしていることから、山賊の類ではないだろうと推測できる。

 そもそもここは、町外れとは言っても一応は町の敷地内である。

 流石に山賊は出ないだろう。

 冒険者かチンピラの類か——大きな町ではないから前者の可能性が高い。

 しかし、冒険者ギルドの支部もないような町では同じようなものだが。


「お前が受け付けか?」


 男の一人が、背後の馬車を顎で示して声をかけて来る。


「受け付け兼用心棒って感じだよ」

「いくらだ?」

「先払いで1人3。女1人で3人まとめてでいいなら1人2までマケるって聞いてる。ただ今は先客が取り込み中だから、ちょっと待ってもらう。一応、宿の方にも1人出張してるよ。宿は馬車よりは割高になるけど?」


 この金額は大きめの街にならある娼館と比べれば、大分安いと言える。

 まあ、小さな町や村でこっそり商売しているおばちゃんよりは高めだが。

 オレの説明に男は軽く肩をすくめ、いきなり腰の剣を抜きはなった。


「悪いがあんまり金がなくてな。おまえの命で払ってくれないか? もちろん、先客とやらにもさっさとお引き取りしてもらってな」

「…………どこに行っても馬鹿ってのはいるもんだな」




「あ〜〜、喉乾いた。葡萄酒頂戴」

「……上着の一枚くらいは引っ掛けて来い。風邪引くぞ?」


 オレはパンツ一枚履いただけの格好で馬車から出てきた少女に、顔を背けつつ薄めた葡萄酒の入った水袋を渡してやる。

 歳は10代半ば程。

 艶のある金髪をポニーテールにした、勝気な眼差しが印象的な少女だ。

 彼女は忠告をサラッと無視して、そのままオレの隣に腰を落とす。


「向こうは?」


 オレは落ち着かない気分をごまかすために、目線を馬車に向ける。

 馬車からはまだ、微かな声が続いていた。


「まだ続行中。相当気に入ったのか、延長だってさ。こっちじゃ黒髪って珍しいみたい」


 彼女はそう言って、銀貨を数枚放ってきた。

 延長分の料金だ。


「さっき男の悲鳴みたいなのが聞こえてきたけど、なんかあった?」

「ああ。奇特な若い冒険者が、是非にと善意の寄付をしに来てくれて」


 オレは焚き火の脇に放り出した皮袋を目で示す。

 袋の中には銀貨が150枚程入っていた。

 旅費やいざというときの貯蓄分を引いてみんなで分けても一人25枚程の臨時収入である。

 ただし、夜の仕事に受付でしか参加していないオレの取り分はさらにその半分だが。


「へぇ〜〜……」


 その皮袋を横目で見ながら少女は葡萄酒をぐびぐびと飲む。


「飲みすぎるなよ。夜が明けたら出発するんだから」

「寝ちゃうほど飲まないよ。……それより、さ」


 彼女が急にあまえるような声をだして、オレの手に手を重ねてくる。

 しっとりとした手の感触と彼女の体温に、心臓がドキリと鼓動を高める。


「ウチ、今夜はもうお客も来ないみたいだしさ。いっそ二人でどう?」


 潤んだ瞳でオレにしなだれかかるが、少女の狙いは臨時収入の銀貨である。

 皆で分けるのではなく、こっそりとオレと山分けにしようというのだ。

 そこまで長い付き合いではないが、この少女のしたたかさをオレはすでに知っていた。

 それでも高鳴る鼓動にオレは必死に首を横に振る。


「……だめだ」

「でも、今のままだとアンタの取り分って少ないままでしょ? それとも覚悟はできたの?」

「いや……少ないって言っても、別にそんなに困るわけじゃないし」

「ん~~? まだ怖い?」

「ふざけろ、する気にならないってだけだよ」

「強がっちゃって🖤」

「……ほっとけ。オレはなんていうか──こういうことは勢いで済ませたくないんだよ」

「ウチ達の仕事中の声にドキドキしちゃって、こっそり一人でしてるクセに」

「ぶっ⁉ なんで知って──いや、そんなことしてないぞっ!」

「もう旅してそこそこ経つんだし、皆知ってるって。いい加減誰かですましちゃえばいいのに」

「う、うるさい! 暇なら出発の準備でもしてろよ」

「はいはい」


 肩をすくめる彼女に、オレはなんとも言えない気分で目の前の焚火に薪を追加する。


「あ、いきなり本番じゃなくて、まずは手とか口でしてみるとかどう?」

「どうもこうも、する気はないって──」

「そう?」


 少女の手がいつのまにかオレの下腹部に伸びている。


「ちょっ⁉」

「ふふん、お姉さんが手ほどきしてあげますからね~~」

「いや、お姉さんって、同い年だろ──」

「でも、こっちの経験はウチの方が長いし? ま、いいからいいから」

「やめ────ちょ、あ──────」


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