第四十二話 作戦開始っ!

『ごめんね、内緒にしていて。

 るみちゃん……雨守先生のこと、嫌いになったりしないわよね?』


 夕飯の後。

 椅子に腰かけるようにしてた私は、恐る恐る尋ねる。

 武藤先生も関わっていたことだもの、るみちゃんには雨守先生から伺っていた話をしておいた方がいいと思ったんだけれど……。

 向き合うようにベッドに胡坐をかいて、ほとんど瞬きもせず黙って聞いていたるみちゃんは、いきなり身を乗り出した。


「どうして?!

 私だって今こうして幽霊の薫ちゃんと話してるじゃない?

 雨守先生と秘密の共通点が出来ただけで嬉しいもの!!」


『ああ、よかった!』


 普通の人だったら、信じられないはずだもの。


「だけど先生、ホントに美術教室にいた幽霊の相手もしてたんでしょう?

 生きてても死んでいても生徒の話、分け隔てなく聞いてくれてたなんて。

 先生らしいっていうか、なんだか前より好きになっちゃった!」


『ええッ?』


 るみちゃんは祈るように手を結ぶと、天井を見上げた。


「久美子の知らない雨守先生を私は知っている!

 それだけでも興奮しちゃうッ!!」


 わ、私だって、全てをるみちゃんに話したわけではないからね?!

 私が先生に口づけしたこととか……。


 私がどぎまぎしてる間に、るみちゃんはベッドに体を投げ出し、仰向けに寝転がっていた。


「それにしても、あの武藤先生がね~。

 比留間先生だって逮捕されたし、さらに片桐さんか~。

 あ! そう言えば久美子、その三人に関わっちゃってるのか。」


『まさか……奥原さん、災難を呼びやすいのかしら?』


「でも、片桐さんから何かされたってわけじゃないから。

 それに誰にでも守護霊ってついてるんじゃないんでしょう?」


『うん、いない人の方が多いわね。』


「じゃあ、久美子には菊ちゃんがついてるから、まだ最悪にはならないんだよ。

 アラシが手を出せなかったのも、菊ちゃんのお陰でしょう?」


『ええ、本当に健気なの。菊ちゃん。』


「だけどあの穏やかな久美子でさえ言ったてもんなぁ。

 片桐さん、口調がきつくていやだなって。

 新しく委員長になった子、それで反発したって言うし。

 だから片桐さん、まだ織衣さんべったりなんだろうね。」


『でもメールで呼び出しや指示って、他の先生もすることなの?』


「いいや。うちの学校、先生と生徒のメアド交換、禁止してるもの。

 私も雨守先生とアドレス、交換したかったなあ~。」


『雨守先生がいらっしゃれば、どうしたらいいか相談もできるんだけど……。』


 すると、るみちゃんはがばっと勢いよく起き上がった。


「きっとそれは違うよ。薫ちゃん。」


 すっごく真剣な目を私に向ける。


『え?』


「先生が学校を辞めたのは、

 きっとこれからは私達だけでやっていけるだろうって考えたからだよ。

 頼るんじゃなくて、先生ならどうするかって考えようよ。」


 また私に危険が及ぶのを避けて……ということはるみちゃんには話していなかった。心配させたくなかったから。


 でも、るみちゃんの言葉も、とても素直に受け止められる。

 そうだわ。だから先生、あの日、笑ってくれたのに違いないもの。


『うん、そうだったね。』


「でしょう?

 薫ちゃんだって、もう織衣先輩を救ったじゃない。先生のやり方に倣ってさ。」


『そうよね!』


 励まされてしまっているようで、これではどっちが守護されてるのか、わからないわね。

 同じように微笑みながら、るみちゃんは私が預けた「ゆーえすびーめもりー」を目の前にかざした。


「とにかく、コレをどうするか考えないとね。

 うーん、先生や警察に言って、変に私が疑われちゃうのも嫌だしなぁ。」


『幽霊の私が男から盗んで、それを預かっただなんて、説明できないものね。』


「まあね。でも今頃その男、これがないことに気づいて慌ててるはずじゃない?」


『ええ。

 でもなんだかとても偉そうにしゃべっていたもの。

 自分がなくした、なんて片桐に相談できずにいるんじゃないかしら?』


「連絡くるのを待つしかない、ってやきもきしてるだろうね。

 ねえ、そう言えば片桐さんのアドレスってさ?」


『静香さんなら、もう消しちゃったわよ?』


「でも、片桐さんはそれを知らないじゃない?

 だから、きっとまた織衣先輩にはメールすると思うんだよね。」


『あ! そうね……静香さんはもう、無視するって決心してるけど。』


「そのアドレスがわかればなぁ~。」 


『もしかしたら、忍さんは覚えてるかもしれないけれど……。

 いったい、どうするの?』


「二人のやり取りから多分、

 男が片桐さん呼びだしたのもメールだと思うんだよね。

 だからその男に成りすましてメールするの。

 『メモリー無くしちゃった』って。」


『ええッ? なんのために?!』


「データを持ち出した片桐さんにとっても大変なことのはずじゃない?

 動揺しないはずないから。

 で! その心の隙をついて操るの。自爆するように。」


 心に隙をって、それは確かに雨守先生の手法だけれど。うまくいくのかしら……。


『でも、男のスマホからじゃないと、怪しまれない?』


「アドレス変えたとかなんとか理由つけるからいいよ。

 そもそも誰も知らないはずの秘密なんだから、男からだろうと思うだろうし。

 もしも男以外からメール来たのかもって疑うなら疑うで、

 どっちに転んでも動揺マックス間違いないよ。」


『それで片桐は動かせたとしても、男に連絡を取られたら警戒されるわ?』


「だから!

 片桐さんが次の行動を起こして、男を呼び出した後にやるの。」


『どうやってそれを確認するの?』


「それは薫ちゃんが。それを聞いて私がメールするの。」


『分かった。

 でも授業始まっちゃったら、るみちゃんメールしてる暇なんか……?

 あの人達は休みが明けたらって、言っていたけれど。』


「私達の休みはまだあるけど、先生達は明後日から仕事始めなんだって。

 三年生の進学補習もね。

 武藤先生の穴埋めで、あの田代先生でさえ迷惑だって殺気立っていたもの。

 やるとすればきっとそこで何かするはずだよ、片桐さんは。」


『そうか……そうね、きっとそうだわ。』


 先生達に落ち着きがない時こそ、片桐にとってはきっと狙い目なんだわ。


 るみちゃんがこんなにアイデア出してくれるのも、頼もしいような怖いような。

 ねっとで色んな話や意見を読み漁ってるからかしら?


 でも、心臓なんて動いていないのに、私もどきどきしてくる感じ。


「ねえ薫ちゃん、とりあえず織衣先輩んとこ行ってみようよ。」


 るみちゃんはベッドから跳ね起きるとジャンバーを羽織りだした。


『今から? もう真っ暗よ?

 私は忍さんに会おうとは考えていたけど、るみちゃんも?』


「うん。私は外で待ってるけど、なんていうか、薫ちゃんと一緒がいいの。」


 もう、嬉しいこと言ってくれて! 


『うん、わかった! でも、風邪ひかないようにね。』


「うん!」


*************************************


 忍さんは覚えていてくれた!

 額を合わせてそのまま受け取れば、忘れることはないわ。


 すぐ家の外に出て、街路灯の下で待っていたるみちゃんに同じように直接受け渡す。

 るみちゃんは頭に浮かんだアドレスを、すぐに自分のスマホに入れながら笑った。


「すごいね、今の。テストの時もやったら百点満点だよね?」


『そんなズルはだめよ?』


 ちょっと真剣な目で軽く睨んだ私に、るみちゃんはにっこり微笑んだ。


「もちろん冗談だよ。そんなことしたら薫ちゃんを傷つけちゃうもん。

 私だって、ない頭でも正々堂々としていきたいしね。」


 そう。るみちゃんはいつだって自分の失敗、すぐに素直に謝れる子だもの。私も信じてるから。

 するとるみちゃんは急に真剣な目つきになって、神社へと目を細めた。


「ところでさ。

 待ってる間に薫ちゃんが見たっていう例の男だと思うんだけど。

 さっきここ通ったよ。」


『え? こんな時間に?』


「今なら参拝客もいないし、露店もしまってるからね。

 きっとアレ、探してたんじゃないかな?

 すっごく焦ってた感じだったもん。

 私に気づいてたのか顔そらしてたけど、間違いないよ。」

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