第三十話 オミヤゲ

「こんなにカステラ、一人じゃ食べられないよ。」


 朝、るみちゃんが渡したお土産の箱を手で回すように見つめて、雨守先生は苦笑していらした。


『皆で食べればいいじゃないですか。そこのお店の、おいしいですよ?』


 にこやかにそう言う後代さん。修学旅行は経験されていたのね。

 そして放課後、るみちゃんと奥原さんのお土産話を、美術部皆で楽しんでいたお茶会もお開きになろうという時、先生は何気ない風に尋ねた。


「浅野。その髪どうしたんだ?」


「えッ? わかっちゃいました?」


 急に顔を真っ赤にして、るみちゃんは髪に手を当てる。


「いや、そんな風にボサボサにしてれば全然目立たないがな。」


「じゃあ、先生とおそろいということで!」


「どこがおそろいだよ?」


 にやけたるみちゃんに、しょうがない奴だなと頭を掻きながら先生は席を立つ。


「さあ、お茶の時間は終わりだ。年末の展覧会にむけて作品制作始めないとな。」


「はい!」


 るみちゃんと奥原さんはそろって答えた。

 後代さんも静かに、でも力強く頷いていた。そうですよね、特に思い入れの強い展覧会ですものね。

 そして、正木さん、副島君は鞄を手にして席を立つ。


「じゃあ、私達は進学補習始まるので、これで。」


「ああ。頑張れよ。」


 みんなを送って……私だけは雨守先生の目配せで、まだ準備室に残っていたけれど。

 うん。このくらいの距離なら、まだるみちゃんと離れていられるわ……。


「なにがあった? 深田。」


 低い声に呼ばれて顔を上げると、雨守先生はじっと私を見つめていらした。


『あ、いえ。

 修学旅行から戻ったら、前ほどるみちゃんから離れられなくなっていて。

 効力きれちゃったんですかねぇ。』


「ふうん。」


 雨守先生を心配させてもいけないと思って、冗談めかして笑ってみたのだけれど。

 先生は生返事をしながら私を見つめていらっしゃる。もしかして……冗談になっていなかったのかしら?


「憑かれてるのかもな。」


『幽霊の私がですか?

 体もないし疲れることなんてこと、今までありませんでしたよ?』


「いや、そうじゃなくてさ……なあ、深田。浅野のあの髪、いつ切られた?」


『切られた? 誰かに、ということですか?!』


 ぎょっとしてしまった。それって、酷いことじゃないですか!

 でも、同級生にそんな悪戯するような子はいないはずだし……。

 先生は私の答えに目を細める。


「じゃあ、いつまでああじゃなかったかは覚えてるか?」


 いつまで? 確か……。


『平和記念館の見学を終えて、

 そこから別の場所に移動した時は変わりなく……。』


 そうだわ? それまでは全然。


『またバスに乗る時には、るみちゃんの後の髪が切れていて……。

 気がついたら、るみちゃん、お土産買っていて……。

 一緒に選びたいなって、思っていたのに……。』


 あれ? なんだか頓珍漢な答えをしていない? 私。


「つまり休憩か自由行動の時間か。

 その間、浅野の隣にいたなら気がついているはずだ。離れていたのかい?」


『え……どうだったのかしら? あれ? 私……。』


 お、覚えて……ない? 急にわけもなく不安になって、両手で頭を抱えてしまった。

 抑揚のない先生の声だけが聞こえる。


「どうやら浅野の髪だけじゃない、か。

 君の記憶も一部、消されているらしい。

 ついでに浅野から随分離れられるという、守護霊らしからぬ特殊能力も。」


『誰が? な、なんのためにそんなことを?』 


 顔を上げた私に、雨守先生は静かに、でも普段の三白眼をさらに鋭くしてお答えになる。


「相手も幽霊に違いない。

 デモンストレーションのつもりかもな?

 自分はいつでも人の命も、相手の能力も奪うこともできるって、な。

 恐ろしい奴だ……。」


 最後に低く唸ったかと思うと、突然雨守先生は右手を後ろに向けて真っすぐ伸ばした。その掌の先、先生の背後に渦を巻くように回転する黒い球体が突然現れた!


『先生ッ?! それって?!』


 以前、お話を伺っていた闇?! それも最初は握り拳大だったものが、見る間にだんだん大きくなっていく!

 先生の額には、汗がにじんでいた。私を見つめる苦し気な表情とは正反対に、私にかけられた先生の声は落ち着いて聞こえていた。


「すまんな、深田。死なばもろともだ。」

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