黄昏る鳳蝶

@mami2011

紫聖と神楽_1

 ウォーターサーバの青い光が照明代わりの、電気が消えた部屋。神楽かぐらは慣れた手付きで二つのワイングラスに水を注ぐ。一つは紫聖しせいの為に、もう一つは自分自身の為に。

 ワイングラスを銀のトレイに移し、それを持って部屋を移動する。

 ウォーターサーバを背にすると、視界は殆ど暗闇で、物陰がだけがうっすらと浮かび上がっている。開けっ放しの扉、敷居を跨ぎ、寝室へ。


 ベッドの上に、ぼんやりとした影が浮かぶ。神楽は近づき、銀のトレイから一つワイングラスを持ち上げ差し出すと、ひょいと取り上げられた。

 神楽はベッドの側にある、PC机に銀のトレイを置くと、椅子に腰を下ろした。

 モニタの電源を入れると、目の前がぱっと明るくなり、その眩しさに思わず顔をしかめる。

 ワイングラスの脚を親指と人差指で軽くつまみ上げ、縁に唇をつけると、水を一飲み込んだ。先程まで張り付いていた喉元が多少和らいだことを実感すると、神楽は気分を切り替える為に、ワイングラス置いて、黒のリボンを手に取った。

 仕事をする際は、髪を纏め、眼鏡を着用することを神楽は決めてた。トラックボールに右手を乗せ、ブラウザからメールの受信箱を確認する。


 ベッドに座る紫聖は、神楽から受け取った水を口に含むと、時間をかけて口内を洗浄し、近くに置いた銀のボウルに吐き出した。神楽は何度もそれを止めてと言うのだが、紫聖はその注意を無視して、未だに続けている。後で自分で片付けるから、別に良いじゃないかと思っているのだが、実際にその銀のボウルを洗浄しているのは、殆ど神楽の方だ。紫聖が片付けようと思う頃には、既に綺麗になっている。紫聖に片付けを任せると、大体二日は放置される。その間に何度も口を洗浄するものだから、銀のボウルにはどんどん水が溜まっていく。一度口に含んだ水を放置するだなんて、神楽にはそれが許せなかった。だから今吐き出された水も、紫聖はいつか片付けようかなと何となく思っている程度だが、翌朝には神楽が綺麗にしていることは間違いなかった。

 紫聖は、ベッドに残る体温の名残を撫でながら、軽快にタイプを続ける神楽の背中をぼんやりと眺めている。

 神楽は、メールを一つずつチェックし、返信するもの、保留するもの、重要なものと手際よく選別する。これは神楽の仕事なので、紫聖はただ、待つしかなかった。

「画像、届いてますよ」

 神楽が紫聖に伝える。こっちに来て下さいと、手招きする神楽に誘われ、紫聖は裸体のままベッドから立ち上がった。まだ気怠さの残っていた紫聖は、ふらふらとした足取りでPCの前まで近付くと、神楽が立ち上がり、席を譲った。

 モニタには、口を半開きにし、涎を垂らした男の顔が表示されていた。瞼が少しだけ開いている。年はまだ若そうだが、二十歳は越えている。画像が荒いのは、恐らくズームをしてから撮影している為だろう。撮影者は、あまり近付きたくなかったことが伺える。

「それで、これは誰から?」

 紫聖が、隣に立っている神楽に尋ねる。

「少し待って下さいね」

 椅子に座っている紫聖の横から手を伸ばし、神楽がトラックボールを操る。モニタには、メールアドレスの一覧が画像に被さり表示された。

「この子ですね」

 神楽がメールアドレスをクリックすると、更に別のファイルが立ち上がり、アカウント登録日とIDネームが表示された。

「なるほど。アカウントを登録してから七日か。これは良い数字だね。期待できる」

 紫聖はモニタから目を離さぬまま、神楽のブラウスの下に手を入れ、下腹部を擦った。

「それで、この画像を撮影した女の子の顔はないの?」

「ええ、まだ。今頃、彼女達が現場で後片付けをしているでしょうから、女の子の名前と顔写真がこちらに来るには、まだ時間がかかるかと。女の子への電話は、情報が揃ってからで良いですねよ」

 神楽は、下腹部を優しく撫でられることに気を取られそうになるが、今は仕事中なのだと自制し、淡々とした口調であることを意識して、紫聖に確認を取る。

「そうだね。今すぐに連絡をしてあげたい気持ちもあるけど、それはそれで、女の子が可哀想かな。今頃疲れて布団に潜り込んでいるか、それとも興奮して目が冴えてしまっているのか。どちらにせよ、まだ外の世界は朝を迎えていない」

「嬉しそうですね」

「それはそうさ。もう二ヶ月も仕事をしていない。その間僕は、ずっと暇を持て余している」

 紫聖は自分の事を、僕と呼ぶ。耳の上で揃えたショートカット、中性的な顔の造形、しなやかな腰つき、どこに触れても美しいと、神楽は溜息を漏らす。女性の身体に宿した少年性が、神楽の性的指向をくすぐる。そんな神楽の乙女心を、紫聖もまた楽しんでいた。


 神楽の肌を撫でていた紫聖の指が、すうっと鋭いものに変わった。それはまるでメスのような感触で、神楽はぞっとして全身の毛が逆らった。それに気付いた紫聖は、ごめんごめんと悪戯な笑みを浮かべ、再び官能的な手付きで撫で直したが、あまりの恐怖に神楽は声を出せなくなっていた。

 紫聖は自分の膝の上、横向きに神楽を座らせると、ブラウスの上から胸に右手を置いた。神楽は仕事の為ではあるが、この時間帯はメールのチェック程度しかするつもりがなかったので、まだ下着を付けていなかった。なのでブラウスの上からとはいえ、紫聖の手の熱を感じることが出来た。

 右手は胸、左手は脇腹。紫聖は丁寧な手付きで、神楽の恐怖を取り除いていく。

 神楽は瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。今は仕事中なのだと、先程よりも強く自分に言い聞かせる。

「弥生さんには、私から連絡しておきます。まだ正式な手配は出来ませんが、一応の連絡が必要なので」

 きちんと言葉に出来たことに、神楽は安堵する。

「そうだね。それも、朝になってからでいいさ」

 撫で回していた紫聖の手が、神楽のブラウスを脱がせようとした。神楽は慌てて抵抗し、紫聖の手を払い除けた。

「今更恥ずかしがることもないと思うけど」

 からかうような口ぶりで紫聖が言う。神楽は紫聖の視線から逃れるように俯き、身体をぎゅっと固めた。

「私も学習しました。今のあなたは、とても激しい行為を望んでいると」

 紫聖は神楽のリボンを解き、髪の毛を優しく撫でると、顔をぐっと自分の方に寄せ、唇を重ねた。舌が混じり合うと、神楽の緊張は次第にほぐされていき、思考はどんどん蕩けていく。神楽は、唇をまだ離さないでと、紫聖の背中に腕を回し力を込めた。紫聖もそれに応じて、神楽の好きなようにさせてやった。

 ようやく唇を離した神楽は、ほんのりと膨らんでいる紫聖の胸に頭をあずけた。

「君も、僕のことをだんだんと分かってくれるようになったんだね。それは素直に嬉しいよ。僕も君をとても強く欲している。これはとても重要な事なんだから」

 返事の出来ぬほど惚気けている神楽の口内に、紫聖は指を入れた。神楽は一生懸命に舌を動かし、愛撫を続けた。

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