倒れても、立ち上がり、走れ ⑤
その勢いのまま、オレはステージを駆け、拳を振りかぶる。
体勢を崩しながらも振り向いたイバライガーの顔面に、オレのがむしゃらな一撃がぶち当たった。
本当に当たってしまった。
誰かを殴ったのなんて初めてだ。
グローブ越しに伝わってきた衝撃の大きさに、僕の腹底はぞっと冷えた。
だが、ここでひるんではいられない。
オレの一撃を受けて、イバライガーは崩れ落ちた。
客席から悲鳴のような声が上がる。
ステージにひざをつき、立ち上がれずにいるイバライガーの姿を、オレは肩で息をしながら見下ろした。
「……これで、終わりか?」
吐き捨てるように言ったオレの一言に、イバライガーの答えはない。
これで終わってしまうのか?
このまま終わってしまうのか?
あなたの正義は、あなたが目指して駆けていく道は、こんなところで終わりなのか?
そんなはず、ないでしょう!?
オレはほとんど激昂していた。
「――悪がある限り、正義はなくならない」
オレはひざをつくイバライガーの背に向かって言う。
「呼ぶ声がある限り、ヒーローは去らない」
オレが訴えかけるのに、イバライガーは沈黙したままだ。
「それがヒーローだろう! それがイバライガーなんだろうが!
悪はここにいるぞ! さあ、てめえはどうする!?」
オレは叫んだ。
イバライガーは答えない。
沈黙がステージを支配する。
自分の荒い呼吸の音しか聞こえなかった。
恐かった。
だけど、僕はじっと待った。
そのとき。
「……イバライガー!」
客席から声が聞こえた。
小さな子供の声が、イバライガーを呼んでいる。
その声がきっかけだった。
「イバライガー!」
「イバライガーがんばってー!」
「イバライガー! イバライガー!」
「イバライガー!」
次々と、声が上がった。
客席中から、みんながイバライガーの名前を呼んでいた。
子供も大人も関係なく、みんなが声を上げていた。
今、ステージに司会はいない。
イバライガーを応援してと、みんなに呼びかけるお姉さんはいない。
なのに、それでも、みんなが一斉に声を上げて、イバライガーの名前を呼んでいる。
莉子ちゃんの声も聞こえる。
陽太くんの声も聞こえる。
みんなの声が、僕にも聞こえた。
呼ばずにはいられない。
声を上げずにはいられない、その心が聞こえた。
イバライガー。
がんばって。
負けないで。
立ち上がって。
大好き。
大好きだから。
イバライガー。
イバライガー!
(イバライガー……聞こえていますか?)
僕はイバライガーの背に呼びかける。
この声が聞こえていますか?
あなたを呼ぶ声が聞こえますか?
あなたはこんなにもたくさんの人たちに必要とされている。
みんなあなたのことが大好きだ。
あなたがいない世界なんて考えられない。
みんなあなたにいなくなってほしくないんです。
こんなに大きな声があなたを呼んでいる。
その声が、聞こえますか――?
「イバライガー!」
ひときわ大きな声が呼んだ瞬間。
機能停止してしまったかのように制止していたイバライガーが、その顔を上げた。
バイザーが日にぎらりと輝く。
「みんなの……声が……聞こえるぞ……!」
イバライガーの叫びがステージにとどろく。
「復活! イバライガー!」
立ち上がり、堂々とポーズを決めたイバライガーの姿に、客席から大きな歓声が上がる。
そうだ。
これが見たかった。
これが聞きたかった。
僕は凛々しいイバライガーの立ち姿を見つめて、思う。
イバライガーが立ち上がる姿を、みんなの応援の声が、彼の助けとなるのだということを、この目で確かめたかったんだ、僕は。
「君たちの思い、確かに受け取った」
イバライガーはそう言って、真っ直ぐに僕に向き直る。
「ジャーク番長!
みんなの思いの力を得た私は、もう貴様などには屈したりはしないぞ!」
イバライガーが構えるのに合わせて僕も拳を固める。
そうだ、まだショーは終わっていない。
ヒーローが悪役を打ち倒すまで、オレはここではジャーク番長なんだ。
「上等だ!
その思いの力とやら、オレに通用するかどうか見せてみやがれ!」
「言われるまでもない! いくぞ!」
イバライガーの拳が打ち込まれる。
スピードと重さのある一撃をギリギリでかわす。
次に来るのは足技。
高さのある蹴りを、身をそらせてやはりかわす。
続けざまにおそってくる回し蹴り。
何とかかわしきったところで鋭く飛んできたパンチを両手で受けて食い止める。
「……これが君のやり方、ということか、
にらみ合った状態で、小声で問いかけてくるイバライガーに、僕は思わず笑ってしまった。
こんな緊迫した状況で、そんなこと聞いてくるなんて余裕あるんだからなぁ。
こっちは慣れないことして、もう息も苦しくてふらふらだっていうのに。
思いながらも、僕は小さくうなずきを返して、言う。
「イバライガーはいつも僕らのことを助けてくれます。
そんなイバライガーの助けに、僕もなりたい。
そう思っている人たちが、ここにはたくさんいます」
「……ありがとう、龍生」
イバライガーは短く言った。
そして、次の瞬間、容赦のない足払いをかけられて、僕は派手に背中をステージの上に打ちつけた。
「これで、とどめだ」
痛みをこらえながらようよう立ち上がった僕にイバライガーが言う。
見慣れた、決め技のポージングを目の前にして、僕は自分がやられようとしているところだというのに、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
「時空鉄拳! ブレイブ・インパクトッ!」
拳がくる。
蹴りが迫る。
そのイバライガーの動きに合わせて、僕は身をのけぞらせ、徐々にステージ端に追い詰められていった。
「これで、終わりだっ!」
「うぎゃあああああっ!」
イバライガーの決め台詞に、僕の絶叫が響き渡る。
客席からの大きな拍手と歓声を聞きながら、僕はステージから転げ落ちるようにして何とかテントまで下がった。
足元はふらふらだった。
僕はテントにたどり着くなり、その場で仰向けに倒れ込んでしまった。
「龍生くん!」
苦労しながらヘルメットを脱ぐと、視界いっぱいに並んだスタッフみんなの顔が飛び込んでくる。
マキさんがしゃがみ込んできて、心配そうな表情で言う。
「龍生くん、大丈夫?」
「……イバライガーは……?」
「え?」
「イバライガーは、ちゃんとステージに立ってますか?」
僕は、荒い息の合間に、ようやくそれだけのことを聞いた。
マキさんは困惑顔で、でも何度もうなずいて僕の質問に答えてくれた。
「うん、ちゃんと立ってる。今、ショーの締めの台詞言ってる」
マキさんの言葉に、僕はゼイゼイと息をしながら耳を澄ました。
自分の呼吸がうるさくて仕方ない。
けれど、それでもイバライガーが、ステージの上から客席に向かって語りかけている声が聞こえた。
「――これからの茨城を、日本を、そして世界を作るのは君たちだ。
君たちひとりひとりが、この世界の未来を明るくするヒーローなんだ――」
この台詞、好きだなぁ。
イバライガーが言うと、本当に世界中の人みんながヒーローになる日が、いつか来る気がする。
そして、そのヒーローたちの先頭で、イバライガーはいつまでも駆けていく気がする。
そうであってほしいと、本当に思う……。
「龍生くん?」
イバライガーの声が何だか遠くに聞こえていく。
すごく、疲れた……もう目が開けていられないくらいに……。
「ちょっと龍生くん!?」
「大丈夫か、おい!」
「おーいっ、しっかりしろ――」
ぼやけていく意識の中で、周りの声がどんどん小さくなっていって、僕の頭の中はそれっきり真っ白になってしまった――。
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