砂姫

るかに

第1話 とれちゃった

 


 


 死ぬ時っていうのは...こんなもんなのだろうか......。



 硬い地面に横たわって、私はぼんやりとそんな事を考えていた。


 霞む瞳で...。落ちそうになる瞼を必死に堪えて...。

 傾いた地面をただ静かにジッと見つめて...。


 夏の熱気が立ち上るアスファルトには、流れ出した鮮血がゆっくりと蜘蛛の巣のように広がって行くのが見える。


 ふと視線を移せば、私を車で轢いたであろう男性が慌てた様子で車から飛び出してくるのが見えた。

 泣きそうな表情(かお)で何かを叫んでいて、歩道を歩いていた人達が深刻な様子で此方覗き込んでいる。


 だけど耳鳴りが凄くて......叫び声も、言葉も、何も聞き取れない。

 ああ、なんか視界まで薄暗くなってきた......もう駄目みたいだ。


  --ぐっばい......現世


 ......。



「って、んなわけあるかぁぁぁっ」



 私は全力で叫びながら、悪夢を振り払うように勢いよくベッドから起き上がっ。


  --ンガッ


「ぃっ...っつ...」



 勢いよく起き上がると、見知らぬ天井で猛烈に頭をぶつけてしまった。


 ん? 天井?

 待て、なんだここ?


 てっきり、たまに見る『自分が死ぬ夢』だと思って気合で目を覚ましたんだけども。何故か肩幅ほどしか無い狭い空間に押し込められてるみたいなんだが?


  --どんな状況だこれ


 んー......。


  --ペタ

   --ペタ


 天井の高さは50センチくらいしかないし、下も上もどん詰まりで横にも壁があるっぽい。しかもなんか真っ暗でなんも見えんし...。

 えっと......なんだ此処?

 なんだ此処!!?


 あっれぇ?

 私、昨日何してたっけ?


 もしかして結構お酒飲んでた?

 家に帰って寝た記憶がないんだけど......。


 もしかしてこの状況、かなりマズイのでは?


 んー......とは言え。

 現状を知ろうにも周囲には壁しかなさそうだし、これはひとまずこの密室空間から出ない事には今の状況がサッパリ掴めそうにないぞ。


 えーっと......んんっ?

 待て、どうやって出るんだこれ?


  --ガッ

   --ガッ


 だめだ、横も下も頭の上も完全に壁だ。

 と、なると......出口は正面にある天井か?


 この感じだと、此処くらいしか出られそうな場所が無いんだけど。

 むしろこれで天井からも出られなかったら詰むんだが?


 兎に角、足で持ち上げてみるか...。



「ふんぬっ」



 んぐ...ぐぐぐぐぐっ。


 やばい、すっごい重い。でもちょっと動いた気がする。


 んぐぐぐぐ......。


 だめだ、ちょっとだけ持ち上がるけど重すぎて出られそうにない。


 こうなりゃいっそ蹴破るか......?

 一応触った感じ材質は木材っぽいし、やれば出来なくもないかもしれない。



「とりゃっ」


  --ゲシッ

   --ゲシッ


 なっ......。結構本気で蹴ってるのにびくともしない...だと。



「こんっ..のっ」



 こうなりゃ手足全部つかって持ち上げて......。


  --ギギッ


    --ギィィッ


「あ、あれっ?」



 蹴った時はびくともしなかったくせに、手で押し上げたらすんなり開いたぞ?


  --って、これ......


 頭の辺りに小窓がついてるのか...。うん、手で押したらそれが開いただけだね。

 しっかし、変な構造の部屋だな。本当にどこなんだ此処?


 まぁ、取り敢えずは外に出れそうだし、あのまま閉じ込められて死ぬ未来からは助かったみたいだね。

 一瞬だけど詰んだかと思って焦ったよ。


 さてさて、それじゃあこの狭い空間から這い出してみましょうかね。


  --よいしょっと


「んんー......?」



 えーっと。

 まぁ、這い出したは良いんだけど、なんだろう...雨が降ってる?


 いやホントそれ以外何も情報が見当たらない。

 しいて言うなら森の中のちょっと開けた場所って感じかな?


 そして夜なのかな、昼にしては周りが妙に暗すぎる。でもなんだろう、かといって夜にしては明るすぎる気もするんだけど......雨が降ってるせいで時刻は良くわかんないや。


  --まぁ現在時刻とかどうでもいっか


 それにしても、いったい私は何に入ってたんだ?

 妙に狭っ苦しかったけども......。


 あー......うん、箱だね。どうりで狭いわけだ。

 なるほど、蹴ってもビクともしなかったのは入ってた箱の足元が埋まってたからかぁ。


  --なーるほどぉ~


 でもさ、この箱さ、見たことあるんだよねぇ。

 実物見るのは初めてなんだけどさ。これ、あれだよね、西洋映画とかで出てくる棺桶ってやつだよね?


 うん。間違いなく棺桶だ。どう見ても棺桶だ。


  --ふぅ......


 さてと、早く夢から醒めないと。


   --ギギギッ


 雨も降ってるし、まずは棺の中に戻ろうかな。

 いくら夢でも雨に濡れるのはちょっとねぇ......。


 いやぁ、起きたら夜の森の中とかないっすわぁ......。

 いくら夢でもこれは無い......。


 ふわぁぁ......んん、丁度良く程よい眠気が襲ってきた。


 さてと、それじゃおやすみなさい。


 ......スー。


 ...スー。


 ...。






 どれくらい寝てたんだろ。ゆっくりと意識が覚醒する感じがする。



「んんー......」



 外からはしとしとと雨の音が聞こえてくる。

 雨かー...。


 昔から髪の毛が湿気に弱くて、こんな雨の日は寝癖が物凄い事になるんだよなぁ。

 今から1時間くらい掛けて髪の毛を直す作業を考えると、憂鬱からかもう一眠りしたい気持ちが湧き上がってくるわけなんだが.......。


 まぁ、そんな事も言ってらんないかぁ。

 なんせ今日も楽しい楽しいお仕事だ。


 明日も明後日も毎日仕事だ......。

 もう、雨だろうが地震だろうが世界が崩壊しようが朝には仕事がやってくるー......。


 あータノシイナー。



「はぁ......」



 溜息を吐いて仕方なく薄っすらと瞼を開くと、そこには見慣れた私の部屋...が......。


  --ゴシゴシ


 私の部屋がっ......。


  --ゴシゴシ



「あれ...? 私の..部屋...?」



 何故か私のすぐ目の前には壁があった。


  --ガッ


「うぐっ」



 そして慌てて起き上がろうとしたら、天井で思いっ切り頭をぶつけた。


 ......。


 いや、待て待て待て待て!!

 嫌な汗が全身からから吹き出してくる。



「いや、そんな、まさか......」


  --ギギギッ


 デジャブに襲われながら目の前の天井を押し上げて開くと、上半身だけ外に出して周囲の様子を確認してみる。

 そこには私の期待とは裏腹に、昨日夢の中で見た光景が広がっていて、私の身体は棺の中に収まっていた。


 呆然と思考停止した私に降りかかる雨が、髪を伝って静かに下へと落ちていく。


 ......。


 ...。


 ん?


 私の髪?

 ちょっと待て、なんで金髪なんだ私?


 ってか長っ!!

 えっ? これ、髪の毛?

 ただでさえ手入れが面倒なのに、こんな伸ばして無いぞ私!?


 思わず驚いて立ち上がると、伸びまくっている自分の金髪を確かめて、自然と視線が足元へと流れていく。

 するとまずボロ布みたいな服が目に入り、そこから見慣れない真っ白な太ももが露出していて、そしてその下はなんと......腐っていた。


 ......。



「ぎょわぁあぁぁぁっ」



 一瞬意味がわかんなくて思考停止したけど、その後全力で叫んだよ。

 ええ叫びましたとも。そりゃ叫ぶでしょ?


 朝起きて、自分の足がさ、皮がめくれて筋繊維丸出しだったら叫ぶだろうよっ!!


 それでビビって体勢崩して、コケたんだけどさ。衝撃で左腕がもげた。


 うん...。

 もげた...。



「嘘だぁ......」



 そのままショックで1時間くらい座り込んでたかなぁ...。

 軽く現実逃避したりしてたけど、どうやらこれは夢じゃないみたいだ。信じがたいけど夢じゃないらしい......。


 って事はだ、この状況は非常にまずいのでは?


 腕が身体(ボディ)から破棄(パージ)されたし。足もこのままだと破棄(パージ)されそうなくらい損傷してるし。

 いやいやいや、こんな何も知らない場所で身動き取れなくなるとか詰んじゃうでしょ!?


 かと言って、今まで腕が取れたなんて事は1度もないし、どうしたら良いかなんてわからない。



「えーっと...」



 くっついたりしないよね?


 試しに、筋繊維丸出しのグロテスクな物体(うで)を拾い上げると、恐る恐るもげた場所へと近づけてみる。


  --ビクンッ


「ひえっ!!」



 もげた場所にくっついた瞬間、いきなり腕が動き出した!!



「そいやっ!!」


  --ボトッ


 そして思わず腕を地面に投げ捨ててしまった。

 いや、だって気持ち悪かったんだもん、仕方ないよね。


 ......。


 ...。



 そして何とも言えない静寂が訪れる。

 試しにもう一度腕を拾い上げると、もげた場所にゆっくりと近づけてみる。


 今度はびっくりして投げ捨てないよう慎重に。



「ふむ...」


  --にぎ


 --にぎ



 うん、ちゃんと動く。


 残念ながらくっつきはしなかったけど、近づければ動かせるようにはなるらしい。

 仕方ないからボロボロになった服の端をちょこっと破って、その切れ端でぐるぐる巻きにして固定する。


 ......。


 ...。



「......なにこれ?」



 ようやく落ち着いて冷静になってみると、自分の置かれた状況が本気で意味不明な事に気づいてしまった。


 ねぇ、どうして私、こんな場所でこんな事になってんの?

 自分で自分の外れたパーツをくっつけるとか、そんな事をする日が来るなんて考えたこともなかったよっ!?



「あぁあああぁぁっ」



 叫びながら、この状況に思い当たる事がないかと考えてみたんだけど。

 残念ながら、そんな記憶は何一つ思い当たらない。


 そうなってくると......。


  --もう考えられるのはあれだけか?


 私もラノベとか良く読んでるし、テレビゲームとかも大好物だし、こういった超展開は大抵アレだ、異世界転移とか転生とか兎に角そういった類のやつだ。

 そうだ、それに違いない、そしたら全部説明がつくっ!!



「やった! とうとう私も異世界デビューだ!!」



 ああ...うん、もうね、それくらいぶっ飛んだ現実逃避しないと理解がついていかないのよ。許して......。


 そもそも異世界転生とか転移だったとしてもさ、いきなり森で腐敗しかかってるってどんなハードモードよ?


 しかもこの身体、確実に討伐される側の方だよね?

 どうみてもアンデッドだよねっ!?


 こんな腐乱死体が歩いてるの見つけたら、私だったら確実に討伐しちゃうよ!?



「はぁ......」



 馬鹿らしいけど一応やっとくか。



「ステータスオープン!!」


  --シーン...


 はっ...はずい。


 両手を掲げて私はいったい何をしてるんだろう。 

 今年で24歳だぞ...私。


 え、ええいこうなりゃヤケだっ!!



「オープン!」



 はい、なんも起こらん次!



「アイテムボックス!!」



 はい、駄目ぇー。次ぃっ!!



「メニュー ぬおっ」



 な、なんか出たーーーーーーー!!



 

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