メープルよりも甘い味

紺藤 香純

其の一

 本題に入る前に、ひとつ余談をお聞き頂きとうございます。



 戸隠神社の社殿に天井画が描かれるというお話を耳にしまして、当時のわたくしは未だ平らな胸をときめかせておりました。

 なんでも、江戸の画家えかきが戸隠まで足を運んで下さるということで、天井画を描く画家がどのような者なのかと気になりて仕方がなかったのです。

 村の子どものふりをして戸隠神社に立ち入り、画家に会うことはできました。

 その画家は、慇懃無礼、傍若無人の出っ歯な男だったのです。

 その者より、わたくしは要らぬ予言をされてしまいました。



 ――あんた、きっと美人になるぜ。着物が似合わねくらい、乳のでかい美人にな。



 慇懃無礼、傍若無人、出っ歯な画家は、射るような目でわたくしを見まして、予言の後に意外にも寂しく微笑んだのでございます。



 わたくしは、のんびりとよわいを重ね、身長みのたけも胸部も成長し、着物が似合わぬ体つきになりました。

 普通の人でいう25歳になりまして、相貌を「グラビアアイドルみたい」と言われることが多くなりました。

 元号が何度も変わり、戸隠が長野市に編入された今でも、あの画家の予言は忘れることができません。

 もしかしたら、わたくしの素性も見抜いていたのやもしれませぬ。



 わたくしが人ではなく、鬼だということに。

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