天の声

「いいんですよ。お姉ちゃんを助けようとしたんですよねー?」


 嘉穂さんが優しく問いかけた。

 少女は笑顔で「ウン」と言う。「お兄ちゃんが教えてくれた」


 旧友が笑顔を繕えば良いのか分からないといった表情を見せる。

 一人であれば、僕たちに何か言いたかっただろう。

 が、今の彼は毒気を抜かれたような様子である。


 こちらだって彼を陥れるつもりはない。とはいえ、どうしていいものやら対応に困っていた。


「この子、正解ですよね、福原くん?」


 優しい笑顔で、嘉穂さんが問いかけてくる。


「はい。群馬県は海に面してません」


「だって。じゃあね、正解したからキャンディあげましょうねー」


 嘉穂さんはポケットに手を突っ込む。少女に袋詰めのアメ玉を一個手渡す。


 旧友の妹は笑顔を見せて、キャンディの袋を開いて口に含んだ。


「ねえ、残りの答えも言えますか?」


 そう、嘉穂さんが催促する。


「さいたま、ながの、ぎふ」


 嘉穂さんの期待に応えるように、少女は答えながら指を折り曲げる。

 言い方はたどたどしかったが、それでも正解だ。

 さすがあいつの妹である。英才教育というヤツか。

 

「すごいです! まだ小さいのにおりこうさんですね」


 また、アメ玉が嘉穂さんから少女に手渡された。

 他の三人も、少女に拍手を送っている。

 僕の友人がしきりに謝っているが、嘉穂さんは「いいんですよ」と挨拶で返した。

 余程その場から立ち去りたかったのか、少女と兄はダッシュで走り去る。


 嘉穂さんは、僕に微笑みかけた。目の奥に、真剣な眼差しを添えて。

 

 勇気を振り絞るときは、今なんだ。

 そう、嘉穂さんは教えてくれている。


「なあ、おい!」


 僕は、旧友に声を掛ける。


「もうちょっと、見ていてくれないか?」


 旧友は困惑した顔をした。しかし、すぐに僕の気持ちを察してくれたようだ。

 肯き、家族の待つシートに腰を落とす。


 彼のヒザの間に、旧友の妹はちょこんと座った。まだ口がコロコロと動いている。

 少女の頭を優しく撫でつつも、旧友の視線は真剣だった。

 僕達の作るクイズ番組が、どんなものなのかを見届けようとしているかのように。


「えーっと、先ほどの問題ですが、ギャラリーの子供が解答してしまいました。よって、この問題はノーカウントとします!」


 僕が言うと、番組研はハシャギながら小躍りを始めた。

 

「で、ですね。次の問題を正解したら、商品ゲットとします」

 

「わーい!」


 女性陣がまた、僕の周りを小走りし始めた。


「最後の問題を正解して無事にアイテムゲットか?」

「それともいかがわしいインタビュー動画を取るハメになるのか?」


 せっかくいい感じでまとめようとしたのに、湊がチャチャをいれる。

 ならないって!


「さて、最終問題です! マザーグーズの一編『誰がコマドリを殺したか?』に出てくる生き物を、コマドリ以外の一二匹、すべてお答え下さい!」


 僕が合図すると、のんが青ざめた顔で呻く。


「うおお、わっかんね。もういいや。牛っ!」


 大丈夫である。正解だ。


「ヒバリ」

「ミソサザイ」


 やなせ姉、嘉穂さんに続いて、湊だが。


「ハエ?」


 商品が掛かっているからか、ボケようとしない。

 特に嘉穂さんは気を遣っているのか、難しい動物を率先して担当している。

 一巡し、またのんに解答権が回ってきた。


「魚!」


 適当に答えたんだろうが、正解だ。


「カブトムシ」

「ツグミ」


 また、湊の手番で空気が止まる。

 盆踊りのように「ぱぱんがぱんっ」と、手拍子を始めた。誰かがやると思っていたが。


「アニメのネタか?」

「うん。母が好きでさ、あのアニメ」


 それに合わせて、他の三人も手拍子を始める。


「フクロウ」


 正解、と僕が言うと、湊がしゃがみ込む。

 こいつでもプレッシャーを感じることがあったとは。

 今日は、湊の意外な一面がよく見られるな。


 ようやく三巡目まで来た。ここまで来れば、もう記憶力の問題だ。


「くっそー。足を引っ張りたくないのにーっ! ぐわーっ!」


 頭を抱えて唸る。


「タイムリミットが来てしまいますよ、小宮山選手!」

「間違ってたらスマン! カラス!」


 一応正解。正確にはミヤマガラスなんだが、この際サービスだ。

 三人から温かい拍手が、のんに送られる。


「ぱぱんがぱん」が、段々早くなっていく。


「ヒワ!」

「鳩」


 最後を締めくくるのは、湊だ。



「よし、勝った! 雀!」


 一瞬、溜めを入れて、僕はタイマーアプリを止めた。


「はいお見事! 無事、全問正解です!」


「やったーっ!」、と女性陣が円陣を組んで肩を抱き合う。


「しょーひん! しょーひん!」と、手拍子が始まる。


 僕は、かつての友人の方を見た。


 旧友は、口を真一文字にしならが、僕を見つめる。だが、悪意は感じない。

 だから無言で、僕は伝える。胸を張って、堂々と。


「これが、僕たちの求めたクイズのあり方なんだ」って……。


 僕が微笑むと、旧友は顔を逸らした。


 今は理解してくれなくてもいい。

 僕だって力不足だ。まだ、わかってもらえないかも知れない。

 でも、いつかは。


 旧友が振り返った。


「その、がんばれよ」


 わずかに微笑みを浮かべ、彼は妹を連れて去って行く。

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