ボケ回答者の誇り

「やなせ先輩、ごめん」と、湊がやなせ姉に詫びる。


「何が?」

 対して、やなせ姉は気にしていない様子。


「やなせ先輩が怒ってくれなかったら、ウチがあの人に噛みついてた」

「そっかー。そう思われちゃったか」

 

 クイズ勝負をふっかけてしまった事で、やなせ姉なりに責任を感じているようだ。


「そういえば、関本ナギサって、数年前からクイズ番組に出場しなくなったよな。何かあったのか?」


 のんが無邪気に質問する。


「あれ、ウチら子どもたちが、周りからおちょくられ始めたのが原因なんだよね」 


 ボケ回答ばっかりするから、名護家は一時期、周りから少しからかわれてた時期があったという。


「中でも、岬姉ちゃんは先生目だろ? 教育実習の時に生徒にバレてさ」


 教え子たちからの威厳をなくしてしまった。

 それ以来、岬先生は母とはあまり口を利かないとか。

 

 子供たちが多感な時期を迎えていたので、湊の母はそれを気に病んで、クイズ番組の出演を控えたそうだ。

 表舞台からも姿を消し、しばらく主婦業に専念していたらしい。


「ウチは、母は嫌いじゃなかったんだ。むしろ誇りに思ってた。将来は、母のようになろうと思ってる。ウチは、母さんに芸人をやめて欲しくなかった。だから、ウチが母さんの意志を継いで、ボケ道を極めようとしてる」

 

 これで謎が解けた。

 彼女のボケに対する拘りの正体は、リスペクトだったのだ。

 ボケ解答にはある種のスピリッツというか、プライドがあったのだろう。

 やなせ姉の言葉を借りれば、芸人魂と表現すべきか。

 

「だからさ、いい加減な気持ちでお笑いやってるって思われたとき、悔しくてさ。何も知らないくせにってカッとなっちゃった」


 頭を掻きながら、湊は顔を赤らめた。


「まったく先輩の言うとおりなのにさ、なに熱くなってるんだろ、ウチ?」


 いいながら、湊が自らをクールダウンしていると分かる。

 その姿は見ていて、自分のことのように痛々しかった。

 ずっとこういう風に、我が身に言い聞かせていたのだろう。

 お笑いをやるとは、こういう事態と向き合うことが多いのかも知れない。


「お前は、誇っていいよ。湊」


 驚いたような表情を、湊は浮かべた。


「だって、お前のお母さんってさ、自分にプライドを持っていたんだろ? でもそれが前面に出すぎてしまうと、作ってるってバレちゃって、興が冷める。だから、面白おかしく振る舞う必要があった。それって悪いことかな?」


 少なくとも、僕にはそう思えない。


「湊は、お母さんの生き様が好きなんだよね? だったら胸を張っていいと思うよ」

 

 黙って聞いていた湊の顔が、少し和らぐ。


「どうしたんだよ」


 いつもの軽口はどうした? 僕に向ける冷めた態度もなりを潜めているし。


「そういうのは、別の誰かさんに言えっての」

「な、なに言ってるんだよ。心配してるんだぞ!」

「わかってるって。ありがとね、福原」


 湊が拳を突き出す。

 息を合わせ、僕は湊とゲンコツを突き合わせた。


「それにしても、なんであの先輩は、嘉穂に拘るのだ?」


「聖城先輩は中学一年生の時、嘉穂のお母さんに負けたんだよ」


 その時は、女王決定戦。

 聖城先輩は若くして女王候補だった。

 が、あと一点というところで、聖城先輩は土を付けたのである。

 先輩は再戦を求めようとしたが、嘉穂さんの母親は引退してしまった。まるで、気が抜けてしまったように。


「だから、嘉穂さんに勝つことで、雪辱を果たそうとしているんだよ」

「わたしはお母さんじゃありません。お母さんのように強くなんてないのに」

「けど、先輩はそう思ってないよ」

 

 嘉穂さんは、辛そうな顔をする。


「無理して強くなろうとする必要はないよ。今出せる力を出し切ろう」


「はい」と、嘉穂さんは力ない声を出す。

 

 こういうとき、僕はどうしようもなく頼りない。

 自分の情けなさが嫌になる。

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