クイズ番組研究部

 名護なご先生は、嘉穂さんが書いたクイズ研究部の退部届を受理。新しい入部届を二枚用意した。


 僕と嘉穂さんは、『クイズ番組研究部』と届に書いて、提出する。


「これでお前達は、晴れてクイズ番組研として活動することになるな」

「ところで、部員は僕たちだけですか?」

「いや、もう一人来る予定なのだが……遅いな。呼んでくる」


 ついでに入部届も提出してくると言い、名護先生が退出する。


 五分後、ドアが開く。


 栗色ショートボブの少女が、部室に入ってきた。



「あれ、先生?」


 いつもはふんわりボブでパンツスーツであるはずの先生が、本校の制服を着ている。背丈も髪型も、名護先生に酷似していた。やや変わっている部分を探せば、化粧が薄めなくらいか。


「先生、冗談もほどほどにしてくださいよ」


 思わず吹き出してしまった。


 まさか、人が少ないからって自分が生徒になりすますなんて。やけに制服が似合っているのが気になるけど。


「ん? 何が?」


 しかし、先生の反応が鈍い。


「え? おや?」


 僕も戸惑う。 


「おお、みなと、入れ違いになっていたか」


 再度引き戸が開き、先生が帰ってきた。いつものスーツ姿である。


「あれ、先生?」


 名護先生が、二人いた。



 嘉穂さんに比べて、スカートの丈がやけに短い。

 線が細く、プロポーションは中くらいだ。なにより、背が非常に高い。名護先生も結構高いが、ヒールを履けば先生と肩を並べるんじゃないか?

 

「ウチは名護 みなと。名護岬先生の妹だよ、クラスは一年一組」


 生徒手帳を見せてくれた。確かに、『名護湊』と書かれてある。


「よろしくお願いしますぅ。わたしは」

「知ってる。四組の津田嘉穂さんでしょ? 今日からよろしくね」


 初対面であるはずの湊に名前を呼ばれて、嘉穂さんは両手で口を隠した。


「どうして、知ってるんですか? わたしのこと」

「姉さ……先生から聞いたよ。キミ、クイズ大会の次期エースだって」


 湊は、嘉穂さんの隣に腰を下ろす。


「それからキミは、一年五組の福原だよね?」

「福原晶太だ。名護さんは、自分のこと『ウチ』って言うんだな。ちょっと訛りがある?」


 僅かに、湊の話し方はイントネーションが変わっている。


「母親が関西出身だからね」

「それにしては、先生は訛りがないですけど?」


 先生に話を振った。


「父が関東出身で、私も方言を直したからな。あんまり関西にいい思い出がないんだ、私には」


 それ以上、二人は語らない。名護先生と湊には、深い事情があるようだ。


「あとさ、ウチのことは気兼ねなくしたの名前で呼んでよ。顧問まで名護だと、困惑するでしょ?」


 確かに。湊を名字で呼ぶと、先生を呼び捨てにしてるみたいで気が引ける。


「そうさせてもらうよ、湊」

「よろしくお願いしますね、湊さん」


 湊の方も、まんざらでもなさそうだ。嘉穂さんが淹れたコーヒーを「ありがとう」と受け取る。


 これでようやく、部としての体勢は整いつつあるな。とはいえ、研究会設立にはあと一人が必要だ。


 ならば、あと一人はあいつを呼ぶか。

 

 そういえば、あいつはまだ部活には入っていない。今頃、あちこちのクラブに体験入部しまくっている頃だろう。はやく勧誘しないと。

 早速、スマホに連絡を入れる。幸い、相手はすぐに来てくれるそうだ。

 一分もしないうちに、勢いよく引き戸が開けられた。


「おっす、しょーた」


 現れたのは、バサッとした髪をツインテールで結んだチビだ。全体的に利発的で見た目も幼く、高校に小学生が紛れ込んだのかと思うほどの小ささ。

 ワンピースタイプの制服が、彼女の見た目の幼さをより一層強調する。色気のある湊と違って、コイツが短いスカートを履いても余計子供っぽい。

 だが、彼女はれっきとした高校生である。


「おう、来たか、のん」


 僕が声をかけると、のんはフフン、と鼻を鳴らす。


「彼女、五組の小宮山こみやま 志乃吹しのぶさんだよね? 彼女が、最後のメンバーなのか?」


 湊が首をかしげた。


「そうだよ。『可愛くないから』ってんで、周りに「のん」と呼ばせてる」

「知ってるよ。有名人だよね?」


 湊のいるクラスにさえ、のんの存在が知れ渡っている。まあ、目立つよな。


「二人は知り合いかい?」


 僕の代わりに、のんが返事をする。


「オイラとしょーたは、いわゆる幼なじみなのだぞ」


 こいつとは、中学からの知り合いだ。


「いやあ、あと一歩遅かったら、オイラはセパタクロー部に入るところだったぞ」


 のんはクラスで唯一、いまだ部活に入っていない。

 各運動部から引っ張りだこで、のんの方も、どのスポーツにしようか迷っていた。そこへ、僕がクイズ番組研へ誘ったというわけだ。


「セパタクロー部って。なんの思い入れもないだろ」

「特定のスポーツで天下を取る気なんてないしなー。それに面白そうじゃんか、この部活」


 特に気にせずに、のんは答えてきた。スポーツはコイツにとってストレス発散の手段でしかない。身体を動かすのが好きなのだ。


「中学からの知り合いって言ってましたが?」

「特別、仲がよかったわけじゃないよ。たまたま家が近所で、見かけることが多くてさ。そこから徐々に仲良くなっていった」

「そういうわけだ。みんなよろしくなー。お、これもらっていいか? オイラ大好きなんだ」


 答えを聞くより先に、のんは無遠慮に、湊の隣にどっしりと腰を据える。ちゃぶ台に置かれた○×どら焼きに手を伸ばす。


「いいよ。遠慮しなくて」

「ありがとなー、しょーた」


 袋を乱暴に開けて、のんは「いただきまーす」と口の中へ放り込む。


「いつ食ってもうまいな、このどら焼き。お前の家でよく食べたぞー」


 喋りながら、○×どら焼きを二口で平らげた。

 嘉穂さんが気を利かせて、スティックコーヒーを入れる。


「おう。ありがとなー。ずずず」と、のんは熱々のコーヒーを一気に喉へ流し込む。

「面白い子だね?」

「そうだな。面白いのは確かだ」


 湊と二人、どら焼きを食べながら、のんの感想を述べ合う。


「お、これでメンバーは揃ったな。それじゃあ……」


 名護先生が話を進めようとした次の瞬間、部室のドアが乱暴に開けられた。玄関前にいた僕を押し潰す。


「しょ・う・ちゃーん!」


 僕の首に、女性の細腕が巻き付く。

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