司会者をクビになった

福原ふくはら、お前クビ」


 職員室にて、僕は放送部の顧問にそう告げられる。

『学園クイズ』の司会は、僕の悲願だった。


 長戸学園開校以来三〇年続いている伝統ある学内放送、学園クイズ。


 その司会を任されるのは、栄誉あること。

 この番組の司会をするために、僕はこの学園に入った。

 僕は放送部に入部早々、司会を担当させてくれと頼んだ。

 初仕事に胸を躍らせてみたものの、結果は散々である。


「どうして僕だけがクビなんですか! 部長が回答者にセクハラするのがいけないじゃないですか!」


 クイズ研の部長である女子生徒が、解答者の一年生女子を執拗にいじった。髪を撫でたり、胸のサイズを測ろうとしたりと。部長は、一年が間違えては冗談めかしてあげつらう。同性の強みなのか、しきりに身体的特徴をうらやましがる。


 部長に詰め寄って僕は注意を促した。女性同士といえど、許容できないレベルだったからだ。


 対する部長も、僕に噛みついてきて、部長と問答を繰り広げた。


 気を遣って一年女子が止めに入ろうとも、僕は譲らない。


 結果、僕はマイクを置き、番組を去った。


「どうあろうと、番組を投げ出すような人間に司会は任せられない」


 薄情だが、女性顧問の意見はもっともである。


 僕の退部は覆らない。ならば、僕は去りゆくのみである。


 悔しいが、認めるしかない。しかし、クイズ研の部長はおとがめなしというのはどうなんだ?


「なんなんだ、まったく!」


 ひとりごちながら自分の教室へ戻り、帰り支度をする。


 まだ外では、部活動をする学生で賑わっている。時間的に夕日が差し込むには早い。


 窓の向こうでは、部活で汗をかく学生達が見える。運動部も文化部も、充実しているみたいに思えた。

 

 僕はもう、部活という輪の中に入ることはない。

 

 帰るか。くよくよしていても始まらない。気を取り直し、僕は扉を引く。


 廊下に出ると、どん、と柔らかい感触が、僕の身体にぶつかった。


「うわっと!」


 バランスを失って、僕は前に倒れてしまう。


 手に触れている、温かい感触はなんだ? 未知の弾力だった。それが身体に焼き付いて離れない。


 ぶつかった相手を見る。



 黒髪の一部を、白いリボンで三つ編みに結い、茶色い制服が清楚さを際立たせている。女生徒にしては背が高い方で、発育もいい。



 尻餅をついている少女が、スカートを直しながら、ズレたメガネを直す。



 その娘は、ついさっき僕が助けた人物だった。



「つ、津田つださん!?」


 どうして、津田 嘉穂かほさんがここに?


 解答者席で涙ぐんでいた少女で、クイズ研究部の一年女子だ。


 津田さんは、自分の身体を抱きしめるように、グルグルと目が回っている。ちょっと涙目になってるじゃないか。今度は、僕が彼女を泣かすことになるとは。


「はわわ、わわ」


 問いかけようとしたが、津田嘉穂さんは口をパクパクとさせながら、固まってしまっていた。


 じゃあ、僕がさっき全身で受け止めてしまったのは……。


 次第に、僕の背中を悪寒が駆け抜けた。春先で肌寒い季節だというのに、嫌な汗が背中をつたう。


「ごごごごごごめん、津田さん! そんなつもりは!」

「はわあああっ!」


 おもむろに立ち上がり、津田さんは去って行ってしまった。


 セクハラから解放したって言うのに、僕がセクハラしてどうする! バカだ、僕は。


 これは、本格的に嫌われちゃったかな。


 廊下で一人、僕は脳内で一人反省会をしながら立ちすくんだ。



      ◇ * ◇ * ◇ * ◇



 私立長戸学園は通称『クイズ学園』と言われている。


 学力だけではなく、クイズ研究会には特に力を入れているからだ。

 今では学生によるクイズ大会でも強豪と呼ばれる程になった。

 

 また、長戸高校には、他にはない特徴がある。


『学園クイズ』というクイズ研究会が主催する学内放送だ。


 クイズ研究部と放送部が協力し、クイズを主体とした三〇分番組を流している。


 だが、三〇年続いている校内番組に、僕は泥を塗ってしまった。


 昨日はやらかしたかなー。


 今日は朝から、自己反省しっぱなしだ。いくらなんでも部長に楯突いたのはやり過ぎたか? いや、自分は間違っていない。あれは部長が全面的に悪いんだ。


 番組を潰したのは僕の責任だろう。だけど、津田さんをかばったのは間違いなんかじゃない。


「けどなぁ……その後が最低だったなぁ」


 不慮の事故だったとはいえ、僕は津田さんの胸にぶつかってしまった。あれは弁解のしようがない。最悪、学校まで去らなければならないかも。


 そんな事を一日じゅう考えながら、放課後を迎えた。

 

『一年三組の福原 晶太しょうたくん、至急、職員室まで来て下さい』


 校内放送で呼び出しを食らう。


 やはり騒動の件だろうか。


 それとも、津田さんがセクハラで僕を訴えたのかも。


 僕の高校生活よ、さらば。


 頭の中がゴチャゴチャする中、肩を落として職員室へと向かう。

 職員室へ着くと、放送部の顧問、名護なご みさき先生と再会した。自分の席で手招きをする。


 つい先日、僕にクビを言い渡した本人が、いったい何の用だろう?


「何の用ですか、先生?」


 用意されたパイプ椅子に座り、回答を待つ。


 タイトスカートの足を組み替えて、先生が僕に向き直った。気怠そうに、机に肘をつく。


「お前に番組を持たせる。やってみろ」


 僕は耳を疑った。


「どういう風の吹き回しですか? 僕は昨日、放送部をクビになりましたが」


「実はな、私もさっき、放送部の顧問を辞めたんだ」


 僕を辞めさせた自責の念に囚われての行為、ではなさそうだ。何があったのやら?


「代わりに、ある部活を立ち上げようと思ってな」

「何の部活です?」

「クイズ『番組』研究会だ」

 

 付いてこいと言われ、名護先生の後ろを歩く。


 職員室のある二階から、一階まで降りる。長い廊下を抜け辿り着いたのは、まったく使われていない教室だった。他の部室より一回り狭く、半分が畳の間になっている。教室というより茶室に近い。


 聞けば、元々茶道部の部室だったという。茶道部が廃部になったので、使用許可が出たそうだ。


「ここが、クイズ番組研究会の部室だ。備品は好きに使ってもいい。電気も通ってるから」


 入り口の引き戸が開かれる。


 先客が、窓を眺めながら、座敷にちょこんと座っていた。座敷の前に、上履きがキチンと揃えられている。


 片方だけ三つ編みにまとめられた、ブラックコーヒーのような長い髪。丸メガネの奧には、小動物を思わせる黒くてつぶらな瞳。着崩していないワンピースタイプの制服。絵に描いたような優等生の姿が、僕の視線を支配した。


 彼女の目の前にあるちゃぶ台には、電気ケトルが置かれている。さっき湧いたばかりらしい。湯気が立っている。女子生徒の隣には、お菓子が入っているらしき四角い箱が置かれていた。

 


「キミは……津田さん!?」



 その女子生徒は、津田嘉穂さんではないか。

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