2-15:二人の皇女
「ほ、本物の皇女リリーア!? って、ええ!? なんでこんなところに皇女がいるんですの!?」
リリーアの姿に化けている獣人は自身が鼻血を出していることに気付かないまま、口をあんぐりと開けた。
「俺にも分からない……案外、新入りが嘘に使っていた通りの理由かもな。こいつらも教会に向かっていたうえ、連れてる男の方もみょうに近衛兵のような……」
ヴェニタスの方はといえば、まるで自嘲するように小さく笑いつつ、怪しい男女二人組の様子をまじまじと観察している。
見れば少なくとも、直剣を持った男の方は、相当に狼狽えているようだった。目を大きく見開いたまま、うなされているかのように額を手で押さえた。
「僕は頭がどうにかしてしまったのでしょうか……なんだか、リリーア様が二人いるように見えるのですが……」
そうして自分の目を腕で何度もこすっては、鼻血を出している皇女、そして鼻血を出していない皇女の二人を交互に見比べる。
いくら繰り返しても、皇女たちは一人になったりはしなかった。
鼻血を出していない方の皇女は、驚いて口元に手を当てている。
「わ、私と同じ姿の人……? あ、ああ……どういうことなの? エヴァンス!」
そのまま小さく走り、エヴァンスと呼ばれた男の後ろに隠れた。ぎゅっと腕をつかみ、震えている。
「大丈夫ですリリーア様。この僕がお傍におります。ですから、ここはお任せください……それで、君らは人に化ける魔物か何かか? 何を企んでいるか知らないが、リリーア様には指一本触れさせないぞ!」
「エヴァンス……」
勇ましい発言を聞いて、皇女は頬を赤らめる。そうして、彼の背中に顔をうずめた。
そんな二人の関係を見据えて、ヴェニタスは目を細めた。
「はあ、もしかすると、新入りの出まかせが本当になってしまったか……? 何にせよ、教会へ行かせるわけにはいかないんだが……」
ヴェニタスは息を吐き、面倒くさそうに弓剣を二人へ突き付けた。エヴァンスは恐怖で縮み上がった皇女を後ろに庇う。
「ひっ!」
「やめろ魔物め! リリーア様に刃を向けるな! 無礼者!」
言葉と共に、剣を横なぎに繰り出し、その整った剣撃をヴェニタスのわき腹へ叩きこもうと踏み出した。
ところが彼は飛び退いて、切っ先をギリギリで避けてのけた。
同時に、彼はローブ下に隠していた矢筒から鉄矢を放り投げてくる。
それはぐるぐると急速に回転しながら、剣を空ぶらせて態勢が不安定になったエヴァンスの顔面へ向かう。
「うぐっ!?」
鉄矢はみごと彼の顔面にぶち当たり、弾かれて再び空を舞う。
ぶち当てられた方は痛みに目を閉じ、その一瞬の間、ヴェニタスは懐に飛び込む。
踏み込んだと同時、その勢いを乗せて相手の顔面へと拳をしこたま強く叩きこんだ。
速度も乗り、腰の入った一撃に、エヴァンスは呆気なく吹き飛び転がる。
「っあああ!」
「エヴァンス!」
数回転したのちの彼が起き上がる間もなく、ヴェニタスは振り落ちてきた鉄矢をその手に上手く掴みとり、素早く弓剣につがえた。
きぃと音を鳴らして引き絞り、その矢の射線上でいまだ地面に転がる男の喉元を狙う。
「動くな」
「つ、強い……」
近衛男は一連のできごとを理解するのに、数秒の時間を要した。そしてようやく、息を呑んで黙り込む。この実力差がよほどに悔しいのか、剣を掴む手が大きくわなわなと震えている。国で多少なりとも実力があると褒めそやされてきた自分が、相手の剣術を見る間なく、いとも簡単に追いつめられてしまったからだ。
身動きの止まってしまった彼を守るように、皇女が両腕を広げて射線上に立つ。
「やめてください! どうか、どうか私たちをこのまま見逃していただけませんか。お金なら……お金なら後でいくらでも支払いますから! 私たちはただ、教会で形だけでも式を挙げたいだけなのです。お願いです……」
「リリーア様……」
おろおろと涙を浮かべ、懇願するように手を合わせている。だが、
「できない相談だ。式場は既に俺達が予約している。命を大事にしたいなら、このまま城に帰ることだ」
弓剣を構えるヴェニタスは、考える必要すらない、という口調で答えた。それを聞くや否や、皇女の近衛兵は立ち上がる。
「……僕らの苦労なんて何も知らないくせに、勝手なことを言うな!」
彼が怒りで再び剣を振り上げた瞬間、鉄矢がこめかみを掠って通り抜ける。
「うっ!?」
「エヴァンス!」
「“動くな”と言ったはずだ。次は殺す」
しばし、近衛は皇女としばし目を合わせる。そして、大きく吠えた。
「し、知るものか! もとよりこの命、彼女を守るためなら捨てる覚悟だ! やれるものならやれ!」
「そうか。そこまで言うなら殺してやらなくてはな」
ヴェニタスはどこか嬉しそうな表情で、構わず立ち上がってきた男の喉元に狙いを定める。
「はぁ……、ちょっとお待ちになって」
両人が声のする方を見てみれば、今のいままで何を語るまでもなかったパロンが、人差し指を振りながら皇女の背後を歩いている。
「“変化”」
小さく囁くと、彼女の人差し指はカミソリのように小さな刃へと、形を変えていく。
「ねえ部隊のエースさん、わたくし、これから死体を隠す手間なんてかけたくありませんわ。服に血がついても嫌ですし」
そういってパロンは後ろから皇女の首に腕をからめ、ぐいと自分のもとに引き寄せた。捕まえたまま、首元に鋭い人差し指を当てた。その先から一滴の赤い雫が垂れていく。
「この場合、こちらの方がスマートでよいのではなくて?」
パロンは皇女を人質にとり、自信満々に、悠々と告げてみせた。
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