★3-13:攻防
「なん……で……」
ユファは死弾を放つのを止め、幾度か目をしばたいた。
獣人が逃げこんていたはずの丸テーブルから出てきたのは、良く見慣れた長髪独眼の男。長身の彼は、ユファと同じ真っ黒な軍服を着用し、独特な弧形の弓剣を懐に携えて、堂々と立っていた。
その彼は、切れ長の目でユファを見据え、嫌悪まじりに語った。
「ユファ……お前はそんな風に部下を私情で殺そうとする奴だったのか?」
口を開けば、やはり彼の声。
見慣れた姿が聞きなれた声でユファの名を呼び、心抉る言葉を選んで連ねている。
ユファの顔が、怒りでおぞましく変貌していく。
「そうか。馬鹿狐、お前……お前……そんなに苦しんで死にたいか……。それさあ、僕に喧嘩売ってんだよなあぁあ」
答えを聞くまでもなく、これは明らかなパロンの挑発であった。しかしそれが、それこそが、正しく彼女の心を狂わせて。強く握られた拳からは、血が滲み流れていた。
パロンが化けた偽物であることくらい、頭で理解していても、心が熱く激しく泡立っていた。
「なんだ、やっぱり殺す気なのか。思っていた通り、最低の女だな、お前は」
ヴェニタスの姿に化けたまま、パロンが引き続き死神女に投げかけるのは、当然のごとく非難の言葉だった。演じる彼女は、どれだけ殺意を浴びせかけられようと、言葉で脅されようと、その行為を止めるつもりは無いようだった。
「その姿で……その声で――――、喋るなあぁああぁぁぁあああぁアあああアああ!!」
死弾を乱射しながら、般若の如き様相のユファが急接近してくる。
咄嗟にパロンはテーブル裏に脱ぎ隠していたドレスを彼女に投げつけた。
ユファの視界が塞がれる。
「ちっ、このっ!」
「変化!」
パロンは即座に変化術を行使した。ヴェニタスの姿をしたまま、細長い尾を生やす。それは刀のように鋭く、鞭のごとくしなやかで。
くるりと一度振りかざすと、ドレスを投げかけられたユファに向けて、勢いよく一直線に突き伸ばした。
布が裂けた音を鳴らして、ドレスを貫通する。
しかし。
(肉を貫いた感触が無い)
パロンは違和感と共に、背筋がぞくりと震えあがる。
「へ……変化!」
すぐさま本能のままに回避行動をとる。早急に翼を生やし、天井に向けて飛翔を開始。
その行動は正解を引き当てた。
「しょうもねえ小細工してんじゃねえぞ、クソ狐が!」
時を一寸も置くことなく、ドレスの黒布をビリビリと引き裂いて、眩い金属光を放つナイフを持った軍服女が飛び出してきた。
自らの眼前すれすれで弧を描いた凶器の切っ先を認め、パロンはごくりと息を呑む。
(あ……危なかった……)
肩にかかったドレスの切れ端を乱暴に投げ捨てるユファを、上方から観察する。
そして、綱渡りのやり取りに冷や汗を流しながらも、一つの達成感に薄く笑みを浮かべた。
(ですが、当ててやりました)
怒りに猛るユファの顔を見てみれば、その白い頬から、さらりと赤い血液が一筋だけ垂れていた。浅くではあるが、確かに傷があった。
感情を煽って集中力を欠かせたうえで、相手の視界外から攻撃する。パロンはその方針が効果的である事を知れただけで、“今回の戦い”で十分な成果を得られた気持ちであった。
「逃げてんじゃねーよ!」
怒り狂ったままの死神女は、腕を振るって死の魔術を撒き散らす。
パロンの逃げ場を無くすように、弾幕が張られ、滞空する。
黒い光が機雷のように彼女を囲い込み、彼女の行く先に死を配置する。
しかし獣人は、落ち着いていた。
「変化」
パロンは再び術を行使する。姿を変容させながら、真っすぐにユファの方へと降下して行き。
身の丈ほどある肉切り大包丁へと変えた尾を、体を庇うように前に出した。
「あ? 突っ込んできた……?」
突然輝き出した獣人に、目を細め、警戒する。
次は一体なにを企んでいるのか、と。
そのまま眩い日光を反射しながら、パロンの尾がそのまま、黒い光に触れる。
そして――ユファの方へと光を弾き返した。
「なっ!?」
鏡の様に仕上げられた大包丁の金属面が、触れた黒い光を片っ端から反射させていく。
黒い閃光は術者自身に返り、不快感を顔に出したままのユファを包み込む。
「ふうん……なるほどね。尻尾の武器を鏡代わりにしたのか」
彼女の術であって、本人に当たったところで死の効果は及ぼさない。しかし、一時的に視界を防ぐことに成功した。
その間、パロンはユファの背後に急降下。はやる気持ちで、肉切り大包丁に変えた尾を、憎き彼女の頭上に高く掲げた。
(さあ、死んでくださいな!)
光が減衰し、ユファが周囲を見渡せるようになった瞬間に合わせ、大包丁を一気に振り下ろす。
その結果。
「……っ!」
止められた。いとも容易く。
いつのまにか頭上に伸ばされていた掌の人差し指と親指で、大包丁の刃をつままれて。
まるで見えていたかのように。背を向けたまま。
「それで終わりか? とろいなあ……力も弱いし、所詮は小細工でしかやり合えない雑魚だな。似たような手を連続で何度も使って、馬鹿じゃねえの?」
接触面は指の腹のみ。だが、畏怖するほどの強靭な力で尻尾をつままれて、逃走を許されない。そんな詰みに近い状況に引きつった顔のパロンへと、死神女は振り返って笑いかけた。
「ほら、次も避けてみろよ馬鹿狐。ちっこい脳みそ使ってさあ」
ナイフを腰にしまうと、空いた手の指先に黒い光を灯した。
「っ……!」
向けられた光に、息を呑むと、パロンの判断は早く。
腕ごと刃に変え、ユファに掴まれた自分の尻尾を、自ら根元より切り落とした。
「あ“あああ”あああ“あああぁあああ!」
「おお、自分で切っちゃうのか。あんがい頑張るじゃん。ははは」
大量に血を噴出し、凄まじい痛みに声を出し、朦朧とする思考を振り払い、目の前の笑う死神から距離を取ろうとする。
「だけどさ、残念」
しかし、圧倒的な速度で、触れる距離まで肉薄。
「ちょっとお前、とろすぎるよ」
真っ白い肌の手が、パロンの腕を掴み。満面の笑みが教えてくる。
死神は逃がしてくれない。
「ほうら、次は腕を落として逃げるのか?」
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