2-22:不死鳥は翔べない
腹を大いに膨らませた怪鳥は、今度は二人を狙って天井側へ炎を放つつもりのようである。
「降りろ新入り! また炎を飛ばして来るぞ!」
「分かっていますわ!」
パロンは急いで翼を畳み、急降下した。
そのすぐ後を、頭上すれすれで火炎が通過していく。凄まじい火力が天井の石を溶かし、ボタボタと滴らせていく。
彼らは無事に着地。そこに影が覆う。空気を切り裂くような音を上げて、上空から炎を纏った長い尾が既に下り迫って来ていた。
「避けろ!」
真逆の方向へ二人は飛び逃げた。二人のいた場所に炎を帯びた尾が石床に叩きつけられ、火花が盛大に散っていく。回避されたことを理解すると、フェニクスの、とさかの乗った憎しみを込めた形相が、ぐるりと標的を探す。そして目的の存在を見つけたようだ。
「新入り、こっちにこい! 狙われてるぞ!」
「クエ“エ”エ“エ”エ“エ!」
上フェニクスが首を一定周期で前後に振り動かし、狂ったような声を上げながら、燃え盛る巨体でパロンの方へと迫っていく。
「な、なんでわたくしの方に来るんですの!?」
「分からん! なんとかしてこっちに来い!」
「そ、そうは言っても……!」
彼女は羽を仰がせ、急いでもう一度飛び上がろうとするが、行き先の上を見てすぐさま絶望的な表情となる。
天井付近はいまだ大火事。先程の火炎放射はよほどの大火力であったのか、目視で十分に確認できるほどの熱気が、赤く満ちて踊っている。いま飛べば焼き狐になること間違いなしだった。
「ああもう! 走るしかないんですの!?」
直線的に向かってくる不死鳥に対して、逃げ場を失った彼女は直角に走り逃げる。
しかしそんな風に駆け逃げる彼女の目前で、突如巨大な火柱が立ち上がる。それは床を貫き、石の中をあたかも土竜のように掘り進んで彼女の視界外から飛び出した、不死鳥の長い、燃え盛る尾の一本だった。
「きゃあああ!」
その火炎が噴出する勢いに吹き飛ばされ、パロンは床に尻もちをつく。
「クケエ……」
「ひっ……」
そして、もう逃がさぬとばかりに追いついた不死鳥は、オリハルコンの硬度に匹敵するとも言われている自慢のクチバシを、全体重を乗せて彼女へと勢いよく突き出した。
「や、やめてっ!」
「新入りっ!」
重量を持った鋭いクチバシの切っ先が、そのまま彼女の体を突き破るかと思われた。
しかし、それは挟み込まれ、一人の男に止められていた。
「うぐっ……がっ」
ヴェニタスの体から白い水蒸気が立ち上がる。不死鳥の熱いクチバシは、ほかならぬ彼自身の上体によって掴みとどめられていた。
全力で抑え込む彼の体から、一滴、また一滴と彼の体から床に赤い液体が落ちていく。
「あ……ああ、う、嘘。ご、ごめんなさい……!」
あまりの事に、パロンは口元に手を当てて、うろたえる。
彼は矢筒を不死鳥のクチバシと上体との間に挟み、衝撃をいくらか緩和していた。しかしそれでも御しきれず圧迫されて損傷を受けた内臓からは、どろりとした赤い液体が外へと溢れ出る。鼻腔には鉄の匂いが充満し、視界は点滅して酷く霞む。もはや彼の体中が限界の悲鳴を上げていた。
「この……ニワトリ野郎がああああ!」
それでもなお彼は残った渾身の力を尽くして不死鳥の頭を脇へ動かすと、いま半壊したばかりの矢筒で、とさか頭を思い切り上から叩いた。
「クエッ!? クエェエェェエエ……」
その結果、甲高い悲鳴を上げた魔物の頭はぐらりと揺れ、目に見えて足元をふらつかせ始めた。
そうして不死鳥が脳震盪を起こしている間、隙を見てパロンがヴェニタスのもとへ駆け寄る。
「だ、大丈夫ですの!?」
そうは言ったものの、彼女の目から見ても明らかに、ヴェニタスの様子は大丈夫ではなかった。彼は石床に膝をつき、いまだ口の端から細い吐血を続けている。
「大丈夫だ。余りに大丈夫すぎて……死にそうだ」
一方、ヴェニタスは軽口のように笑みを浮かべて言う。実際のところ、彼は言葉通りに死にかけであった。ゆっくりと息を吐くと、鷹のような目をパロンの方へと向ける。
「新入り……頼みがある」
「なんですの!? なんでも言ってください!」
どうやら彼女も命を救われた負い目があるようで、息も荒く、血濡れた彼の手をつかみ取った。
「なら、俺の言う通りにお前の髪の毛を……変化させてくれないか。なるべく、美しく」
「…………はい?」
その言葉に、パロンの顔は引きつる。この危機的状況にあって、興奮していた感情へ大量の冷水をかけられたように理性のブレーキがかかった。
「いえ、あの、えっと……」
目を泳がせ、答えがおぼつかない。こんな状況で、自分は何を言われているんだと。
「頼む! あいつが復活する前に! 後生だ! そうしてくれれば……この状況も、なんとかなるかもしれない」
それを察してなお、ヴェニタスは必死なお願いである。こと髪の毛の話題となっては、別人のように態度を豹変させる彼だった。
「い、意味が分かりませんわ! 自分が死ぬかどうかの瀬戸際でなにを言って――」
「早くしてくれ! お前にしかできないんだ! ……お前にしか!」
ヴェニタスはパロンにつかみ取られた手を、ここぞとばかりに強く握り返す。
「ひうっ!?」
びくり、と尻尾と耳が立ち上がる。呼吸を早め、握られた手と、彼の顔を交互に見やる。
やがて、ある一つの思考に頭に広がっていき、ふさやかな彼女の尻尾が、ウェディングスカートの下で激しくうねり動いてしまう。
頬を真っ赤に染め上げた彼女のその考えは、芋づる式に、教会でのキスのことを思い出させた。一層、顔は朱に染まっていく。
それがバレないようにするためか、自分の方を真正面から見据えている彼から視線を逸らし、顔を俯けた。そのまま、ちらちらと伺うように上目遣いをしては、か細く答える。
「わ、分かりましたわ」
そして今の自分の髪の状態を確かめるように、手で流した。
「でも美しくって言ったって……どうすれば」
答えを求めるように、彼女は不安げな顔をヴェニタスに向ける。
「まず艶が足りない。バサいているし枝毛も残っている。日頃から手入れをさぼっている証拠だ」
「け、結構ずけずけと言いますわね……」
彼女は不満げに口をへの字に曲げたものの、素直に”変化”と呟いて、すぐに対応を始めた。
みるみるうちに彼女の金髪は艶やかさを増し、目に見えてほつれた部分が無くなっていく。色味も一際美しく調整されて、気が付けば、その髪は絶世とも思えるほど完成度の高いものになっていた。
変化が終わり、パロンは小さく一つ息を吐くと、自分の髪を再び手で流してみた。
彼の様子を伺う。
「こ、これでよろしくて?」
若干恥ずかしそうにしている彼女は、至高とも言える髪を備え、いっそう美貌を増していた。そして、感想を未だよこさないヴェニタスの方を怪訝と見つめる。
「あ……あの?」
声をかけてみたが、肝心の彼は髪の毛を凝視したまま、不自然にガクガクと震えていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですの?」
「し……」
「き?」
言葉を途切らせ、ヴェニタスの目は血走っていく。それは獣のように鋭く、野性に染まった瞳。興奮にまみれて、肉体そのものが拍動しているかのように、大きく震えている。
そしてそのまま、
「新入り!!」
「きゃあ!?」
彼は咆哮し、パロンに飛びついた。
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