2-21:火炎を纏う不死鳥
火の粉が舞い、部屋中に熱気が満ちていく。魔法陣周辺の石床から蒸気が噴き出し、床は赤黄色く歪む。召喚された巨大な魔物が、不出来な魔法陣の上でその形を成そうと、まだ未完全な炎の大翼をはためかせている。
「ちょっ、ちょっと、どういうことですの!? あんなの……まるで……」
パロンが口をぱくぱくとさせながら、人差し指を巨大な化け物の方へと向けている。ヴェニタスは、熱気に少しばかり目を眩ませながら、答えた。
「不死鳥“フェニクス”……だな」
「そんなの……伝説級の魔物じゃないですの……一体あの悪魔像、どれだけの魔力を蓄えて……」
悪魔像を媒介にすれば、強力な魔物が容易に召喚できる。そして、像の中に魔力が蓄えてあればあるほど、呼び出せる魔物の“ランク”は跳ね上がる。
今回の悪魔像は、これまでのものとは違って、長年、誰も使っていなかったようだった。
召喚によって現れた火炎を纏う不死鳥は、そのサイズが書物に記されているよりも、幾分大きかった。
そしてその化け物は、足元に転がる石板をついばみ、ゴクリと喉を鳴らして腹の底へと飲み下した。
パロンは小刻みに震えている。
「とにかく、あんなの到底わたくしたちの手に負えませんわ! 早く逃げましょう!」
絶望的に叫ぶと、ヴェニタスの上着の裾を掴んで強く引く。
ただ、そうされても、彼は微動だにしない。その全容を表した、巨大な不死鳥から目線を逸らそうとしなかった。
「ダメだ。ここであいつの腹を掻っ捌いて、悪魔像を取り戻す。手ぶらではレイス帝のもとに帰れない」
「ば、馬鹿じゃないですの!? 死にますわよ!?」
「それでも取り戻す。お前は俺が取り返した悪魔像を持って逃げろ」
「はああ!? 勝手になにを――」
「分かったな!」
静止の声も聞かぬまま、彼はトサカの生えたフェニクスの頭部を狙い、鉄矢を打ち出した。
「グエッ!?」
その強弓でもって、みごとフェニクスの顔面は貫かれた。不死鳥の頭は矢を残したままふらつき、かと思うと、その頭部は黒い灰へと一気に崩れ去る。
刺さる先を失った矢はガラリと床に落ちる。
そして頭部が消え去り、残った首の断面から、たちまち新しい怪鳥の頭部が、しゅうしゅうと音を上げて生えだした。
「ちっ……再生するのが早すぎる」
その奇怪な現象に、ヴェニタスは強くアーチブレイドを握りしめる。不死鳥と呼ばれるだけあって、その化け物は、凄まじい再生力を持っていた。
「あ、ああ……いきなりそんなことするから、あの子、怒っていますわ! 早く逃げないと!」
パロンの言う通り、怪鳥は今の一撃で二人を敵と認識したのか、けたたましく奇声を上げた。そしてヴェニタスの方を、特にその“手元”を見据えたかと思うと、巨大な両翼を羽ばたかせ始めた。
肌が焼け付くような熱風が吹き荒れる。
「きゃああああ!」
「ぐっ!」
すぐさま金属製のアーチブレイドが真っ赤に熱を持ち、彼は手を離さずにはいられなくなった。剣を落とした彼の手元は赤く腫れ、肉の焼けたような白い湯気が沸き立っている。
「クケケケケケ」
武器を手放したヴェニタスの様子を見て、怪鳥は満足げに笑う。だが彼は逆にそれを、真顔で返してみせる。
「なんだニワトリ、アーチブレイドがそんなに怖かったか」
「クケ!?」
図星だったのだろうか、ぶちん、そんな音を頭の中で鳴らしたように、不死鳥が甲高い声を上げる。
そして、ニワトリのように爆走して彼に飛びかかった。
「おっと!」
しかし、ヴェニタスはその飛びずさった巨体を横に飛んで回避し、石壁を走りけて、頭上をとった。
「てめえ如きに弓も剣も要らねえよ、この矢筒で十分だ!」
腰の矢筒を取り外し、勢いよく不死鳥の頭をブチ叩いた。
「グゲ!?」
不死鳥はその衝撃で一時的に意識を失ったのか、ぐらぐらと大きく揺れる。その間にヴェニタスは自由落下して石床に着地すると、今度は不死鳥の腹あたりを狙って、回転蹴りを入れようとした。
瞬間、孔雀のように枝分かれした尻尾が、鞭のように次々と襲い来る。
「うおっ!」
その内の一本がヴェニタスの鳩尾を捉えた。
衝撃と共に弾き飛ばし、彼を部屋の石壁へと叩きつける。
打ち据えられて数秒、彼の息が止まる。
「きゃあああ! だ、大丈夫ですの!?」
そのまま床へ崩れ落ち、息の仕方を思い出したように肩を上下させるヴェニタスに、
パロンは動揺して駆け寄っていく。
しかしそれを彼は腕を上げて静止する。そのぎらついた瞳は不死鳥の位置を見ていた。
「来るな! お前は下がっていろ!」
彼は怒鳴ると同時、すぐさま回避行動をとった。
数舜後に不死鳥のクチバシから火炎が放射され、先ほどまでヴェニタスのいた場所で、炎が大きく膨らみ燃え盛る。
「っと! 次の手がはやい! 流石に伝説級の魔物だけあるか!」
回避し、彼が安堵したのも束の間、
その真っ赤な熱気に隠れて、続けて不死鳥が尾羽を飛ばしていた。視界を塞ぐ煙を突き抜け、鋭い羽の一本一本が矢のように飛来し、彼を襲う。
ヴェニタスは両腕で自らの頭を庇うが、次々とその体に羽が突き刺さっていく。
「――また炎か!?」
耐え凌ぎ、羽の乱舞が終わったと思えば、炎の向こうで不死鳥が頬を膨らませているのが腕の隙間から窺えた。先程よりも大きく膨らんだそれを見て、ヴェニタスは慌てて距離をとろうとする。
「ああもう、見ていられませんわ! 変化!」
パロンが後方から咄嗟に走り出し、背中から翼を生えさせた。熱気に満ちた室内を拘束で滑空し、ヴェニタスを掴み上げた。
間一髪。
彼女らは、不死鳥からほとばしった業火の奔流が届く前、天井近くまで飛び上がって見せた。
「悪い、正直助かった」
「助かった……じゃありませんわ! あんなのと戦おうなんて、どうかしていますわ! 伝説のフェニクスですわよ、フェニクス!」
いまだウェディングドレスに包まれた彼女は、滞空しながらヴェニタスを抱え上げながら、とても呆れていた。だがしかし、それでも彼は別のことに気が向いていた。
「なあ新入り、あいつ、さっきよりも相当キレてないか?」
「え……い、言われてみれば……」
言われてみてみれば、そのフェニクスは目玉をカッと見ひらき、寄せた眉間を非常に盛り上げている。どれだけ顔面に力を込めればそうなるのだと思わず考えてしまうほどに、顔中に青筋が浮き上がっていた。
そして今度は頬どころか、腹まで大きく膨らませ、フェニクスは炎を体内に蓄えた。
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