2-13:部隊長会議_4/4
ところどころが白く壊死した肉塊があぶくを上げ、ぶるぶると震えている。かろうじて人の形を成しているその肉人形は、ひび割れて縫い目だらけの頭から始まり、そこから下は血色悪く奇怪に膨らんでいた。
その溢れる肉に埋もれて、複数の瞳がぎょろつきながら、ユファの方を見据えている。
彼女は不快そうに顔をしかめながら、応じる。
「あんたがレイス帝か。思ったより人間っぽく無いな。つーか、魔封じの効力を持った魔眼でも持ってるのか? なんか僕、魔術が使えなくなって迷惑してるんだけどさ。あんたも邪魔するなら殺すぞ?」
その口調で、国で最も偉い人物にも物怖じすることなく睨みつける彼女は、その掌を開いては閉じて見せる。
【いかにも。この素晴らしい魔眼がある限り、誰もが余と同じ、魔術の不能となる】
返答は4つの唇から同時に返された。肉塊の帝王は、顔と思われる上側のだぶついた肉の一部を持ち上げ、六芒星の刻まれた奇妙なひとつの瞳を晒す。その体には、普通の人間が本来持ちえることのない、ありえない数の器官が縫い付けられてた。
少なくとも、彼は数千人に一人程度しかもって生まれないとされている魔眼を、“4つ”所持しているようであった。肉のところどころに、六芒星の瞳が伺える。
【それにしても……面白い。余を殺すと申すか、北方の死神よ】
帝王はぐらぐらと揺れて笑う。首筋から胴体にかけて続いている縫い目の入った痛々しい線は、豪奢な服の内側でその体に何本も刻まれているのであろうか。
「ま、まずい。レイス帝がもし人質にとられでもしたら……」
レイス帝の出現に、ラックは目に見えて動揺していた。ちらちらと帝王とユファの間を視線が行き来している。
「ふうん……なるほどね」
そんな彼の様子に、ユファは笑みを浮かべると、肉塊帝王を見据えて腰からナイフを取り出した。捕まえて人質にする気満々である。
「何をしておるラック! 帝王様を守れ! この国が終わってもよいのか!?」
【よい。手を出すな】
足を引きずりながら必死にユファの方へと向かっていくローム隊長を横目に、帝王は腕を広げて悠々と告げてみせた。
【余に力を見せてみよ、死神】
「じゃあ、遠慮なく殺してやるよ!」
床を蹴り飛ばし、秒も経たずに帝王に肉薄する。その手にはナイフ。
1度のフェイントを入れ、側面に周りこむと、首元を狙って狂刃を振りぬいた。
【ぬるい】
不気味に体を捩じらせ避けながら、体中の全ての口がおどろおどろしく口角を上げて揺れている。繰り返し訪れる斬撃のいずれも、甲高い笑い声を響き渡らせながら、ほんの皮一枚の差で回避しつくす。帝王は楽しそうに笑っているようだった。
「うるさい! 気色悪いんだよお前!」
まるで次の手が読まれているかのような、先んじた動きの連続。
紫髪の彼女はしびれを切らし、周囲に転がる死体を拾い上げ、レイス帝の方へとぶん投げた。
【一つ教えておこう】
死体は、レイス帝の目の前で宙に浮いてピタリ停止した。そのまま、徐々に高く浮き上がっていく。
【おぬしでは、余には叶わぬ】
そして腕を振るうと、死体はユファの方へと豪速で返された。そのまま彼女は床に押し倒されてしまう。
「このっ! 念動力の魔眼か! うっとうしい!」
死体の下から這い出ると、再び帝王の方へと走る。しかし、自分の意思と関係なく、その動きは止まった。彼女は首から下の身動きがとれなくなっていた。青筋を立てて力をいれても、びくともしない。
さらに。
「うっ!」
頭がぐらついたような感覚を受け、ひどい吐き気を催した。帝王は笑う。
【“水鏡の魔眼”を使用し、おぬしの精神を揺さぶった。どうだ、これまで余が蒐集してきた魔眼の力は素晴らしいであろう。なんせ、余のような魔術不能であっても、このように遺憾なくその力を発揮してくれるのだから】
帝王は腕を伸ばし、彼女の首根っこを掴み上げた。徐々に締め上げていく。もう一方の腕から、メキメキと音を立てて尖った骨を引きずり出し、ユファの額に突き付ける。
「ぐっ……うっ……」
【それで終わりか? 北方の死神よ】
「うるさい! ヴェニタスの……ヴェニタスの場所を言え! 僕が……僕が傍にいないと危ないんだ! 邪魔を……するな!」
【ふむ】
首を絞められながらも声を絞りだす彼女に、帝王はふと、その力を緩めた。
【何か勘違いをしているな。余は邪魔をすると言ったが、それはあくまで余の部下をこれ以上無為に殺すことに対してである。ヴェニタスの居場所を知ることについてではない】
そのまま呆気なく、ユファをどさりと床に降ろした。彼女は喉を押さえて、苦しそうに息をする。
「けほっ、けほっ、な、なんだと?」
【言葉の通りだ。小僧、ヴェニタスの居場所を答えてやれ】
突如ぐるりと上半身をねじらせ、いつになく真剣な目つきで事の顛末を見守っていたラックへと、声をかける。
「なっ!? 良いのですか? 彼が今遂行中の任務は、最後の悪魔像に関わることですよ……?」
【余に口答えするのか? 小僧】
ぴりりと空気が震える。帝王は、ユファに向けていたものとはまた異質の感情をラックに晒していた。
【最後の悪魔像収集のことなど、もはや余は心配しておらぬわ。あやつなら命をかけて成し遂げてくるであろう。であれば懸念すべきはその先。悪魔に唯一効力を及ぼす死葬術を扱えるこの者の協力を得られねば、悪魔殺しがなりたたず、悪魔の食契を実施するに至らぬのだ】
飛沫音を上げながら、帝王は淡々と言い切る。その言葉には、有無を言わせぬ力があった。肉塊に埋もれた全ての目がラックを射殺すように見据えている。
「はっ……分かりました。それでは、ユファくん」
そう言って、床にへたり込んだ紫髪の女に声をかける。彼女の方も、凄まじい目つきでラックを見返していた。
「ああ、そう睨まないでおくれ。君が同行することが彼の任務の成否に関わるために、答えてあげられなかったのさ。私としても、彼の無事を願う君の気持ちと同じくらい、心苦しかったよ、本当に」
「いいから早く答えろ。ぶち殺すぞ! そもそもお前が最初から――」
「おー、怖い怖い。ヴェニタスくんは今……アビス教国の教会にいるよ。彼はそこで、新入りのパロン・ナインテイルくんと結婚式を挙げ、聖域から悪魔像を入手してくる手筈さ」
「は、はあ!? ま、待て!?」
余りに思いもよらぬことを言われ、ユファは殺意が消え失せ、呆然とする。体をガクガクと震わせながら、言葉を途切れ途切れに紡ぎだす。
「け、けっこんしき……? 結婚しきって、あの、夫婦の契りを行う、結婚式のことか……?」
彼女の頭には、その言葉以外のことは頭に入っていなかった。
「そうさ。二人は形式上、そこで夫婦となる予定だ」
「な、何を……ヴェニタスが、あの馬鹿狐と……? ヴェニタスは、なんて……?」
「うんうん、彼は快く了承してくれたよ。まあ仕事だからね」
爽やかな笑顔で頷きながらラックが答え、ユファはとたんに憤怒の形相となった。長髪がゆらゆらと浮き上っていく。
「ふざけるな、あいつを僕以外の女と……!」
「ほらほら、君がそんな感じだから、あまり今回の任務には適切ではないと思ったんだよ。だから今回はパロンくんの方を指名しておいたのさ」
「お前!」
激昂する。魔術が使えない状況にあってなお、ユファは周囲に負のオーラを纏っているように感じられた。そんな姿を見てなお、ラックは飄々とした態度で答える。
「はあ……君が怒るのも分かるけど、いいのかい? こんなところで時間をつぶしていて」
「なにがだ! はっきり言えよクソ王子!」
ユファにナイフを向けられながら、ラックはにやりと笑い、遠くのことを思い浮かべるかのように、窓の外を見た。
「いやなに、想像してみたんだよ。今この瞬間にも、二人は教会で口づけの最中かもしれない。それどころか、もっと先まで……」
「っ! くそ!」
ユファは目を見開く。
そこからの判断は早かった。
周囲の隊長や死体、帝王には一切目もくれず、最短距離。
一直線に窓に突っ込んでいき、城外へガラスをぶちまけながら、アビス教国を目指して飛び出していった。
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