第6話「何処か間接が外れた日」

「きゃあぁぁぁ!!」


非常食などを備蓄していなかったグロックス家は準備に追われていた。


だがそれでも替えの服や懐中電灯、ラジオなどの必需品や缶詰、御菓子など日持ちする食糧など思い付く限りの必要そうなもの入れた旅行バックを車へと積み終え、最後に玄関を施錠していたアーデルベルトの耳に悲鳴が聞こえた。


それは自分の妻の声であるとすぐに分かったアーデルベルトは急いで娘とアルマの待つ駐車場へと走る。


車の中で待機をしていた娘とアルマの姿を確認し、アーデルベルトは少し安心をする。

そして彼は側にいる化け物とその周囲へ目を向けた。

趣味でやっていた園芸用の木がボロボロにされ、お金をためてようやく手にいれた車にはへこみと塗装の剥げが見られ、窓が割れている。


「お気に入りだったってのに……」


だが今はあの二人の方が大切だ。

アーデルベルトは意を決して大きな声を上げる。


「おーい。アルマ、ペネシア! 大丈夫か!!」

「私は大丈夫だから、あなた。逃げて!」


声に反応して化け物はアーデルベルトの方へと振り替える。

禍禍しい姿とギロリと光る赤い瞳に彼は危険だと直感し、背筋は凍りつきそうなほどに震えたが、家族の為にと恐怖心を掻き消す。

ゆっくりと化け物が近付いてくるのに対してアーデルベルトはジリジリと後ずさる。


――そうだ、いいぞ、そのままこっちに来い!


アーデルベルトは地面を滑るように後退し、そして家の角まで戻った瞬間に走り出す。

同時に化け物もその節だらけの脚で地面を蹴って彼を追う。

アーデルベルトは庭の方に駆け出して化け物が家の角から現れた瞬間に手にしたチェリスカの引き金を引く。

真っ白い硝煙を広げながら轟音が響き渡り、一瞬にして化け物の体の一部をを吹き飛ばす。

ぐらりとバランスを失った化け物はその場に倒れるが、すぐさま化け物は残りの足を使ってアーデルベルトへと接近する。


「化け物め!」


彼は再びチェリスカを構える。地面を踏みしめ、しっかりと照準を合わせ引き金を引く。


脚が飛び、動けなくなった化け物は「キィィィィィィィ」と聞いたことのない金切り声で叫んだ。


すると周りから金切り声の返事が聞こえてくる。


「そうか、先のは仲間を呼んだのか……厄介だな」


アーデルベルトは化け物たちが集まって来る前に急いでアルマたちの元へと戻る。


「あなた、怪我はありませんか?」


車へ乗り込むとアルマは心配そうに聞いてきた。


「ああ、大丈夫だアルマ。心配かけてすまない」

「パパ……」

「ごめんな。ペネシアもう大丈夫だからな」

「ほんと?」

「本当さ。怖い奴はパパがやっつけたからな。また出てきてもパパがやっつけてやるだから心配するな」

「うん……」


そう言いながら彼は身体を伸ばし、後部座席に座るペネシアの頭を優しく撫でた。


「アルマ、ここから一番近いこの町の出口はどこだ? 東以外でな」

「それなら南西側の出口が近いわ。それでも少し遠いですけれど」

「わかった、それじゃあそこまで急ごう」

「ええ」


アーデルベルトは車のエンジンを入れるとアクセル全開で走り出す。


「キィィィィィ――!!」


割れた窓の向こうから化け物たちの声が聞こえてくる。

バックミラーで後方を確認すると先程の化け物が迫ってきているのが見える。


「チッ御大層なことだな」


後ろを振り向くわけにはいかないアーデルベルトには追ってくる化け物の正確な数は分からないが、聞こえてくる声の数から相当な数がいることが分かる。

急がなくてはいけない。


「あなた!」

「分かってる!」


アーデルベルトは化け物たちとの距離を離すためにギアを切り替えつつアクセルを力強く踏みしめる。

メーターの針が確実に速度は上がっていることを示しているはずなのに距離を離せられている気がしない。

それどころか明らかに距離が詰められているのが分かる。


「クソッ素早いやつらだ」


右側に追い付いてきた一体の化け物がこちらへと飛び掛かってくる。

この速度での強い衝撃によってハンドルを取られそうになるが、アーデルベルトは素早く体勢を整える。


「アルマ、ペネシアの耳をふさげ!」

「えぇ、分かったわ」

 

エアコンから伸びる特製の固定具の台にチェリスカを挟み込むと固定具の間接を回して微調整。右、真横にいる化け物へ照準を合わせると引き金を引いて化け物を吹き飛ばす。


「あなた左!」

「チィッ」


対応に遅れたアーデルベルトは化け物の突撃を食らい、車が宙に浮かぶ。

バランスを大きく崩したグロックス家の乗る車は軌道をずらし、アパートの駐車場内へと突撃する。

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