明道独言
備成幸
我が名は春政
第1話 姉君
どうして私は、こうも美形なんだろう。あ、自惚れてるわけじゃないよ。美しすぎるビジュアルを持って生きるのは、本当に苦労する、つぅ話。
皆さまはこうして私が悩みを打ち明けても「言われるだけ、良いじゃあねえか」「自虐風自慢、乙」と思うことだろう。
これだけは言っておく。
はっきり言って、君らの想像とは次元が違うんだよ、私は。
もう言っちゃうが、実際私はとんでもないイケメンだった。当時も誰が一番ハンサムか、という話題は隊内で何度かあがっていたが、私については誰も触れていなかった。所謂、殿堂入り、だったからだ。ここまでの自他供に認める美形になれば、今更「どう、俺って、けっこーイケてるっしょ」とか、言う気も失せる。
江戸でも京でも、人々は私を見るだけで真っ赤になって身をくねらせ、そこに性別の垣根は無かった。
では私がここまでの美貌を持っているのなら、そのDNAの元たる両親はどうなのだ、と言われる。残念ながら、二人とも私に比べたら凡庸な容姿であった。つまり私は突然変異なのである。ミュータント、ミュータント。
まあ、実際に私がこの目で二人を見たわけじゃないけどね。
というのも、二人は自分が幼い時に亡くなった。
じゃあ、その辺の植物みたく勝手に伸びてったのか、なわけない。きちんと育ての親がいる。沖田みつ、という私より九つ上の姉である。
彼女は男勝りで、女子らしい。明るく暗くて、元気でおとなしい人だった。自分でも意味が分からない。
両親が死んだのは私が三歳、姉が十二歳の時。二人きりで生きていくのは割と絶望的だった。その上で、彼女は私の親役を務めなければならない、と強く感じていたらしく、女児一人が背負うにはあまりに重い責任だった。だが彼女は、幼い私を相手に、見事に家族を演じきった。
そうして、時に父親らしく叱り飛ばし、時に母親らしく頭をなで、兄のように共に遊び、姉のようにお話をしているうちに、とうとうごちゃまぜになり、なにもかも、分からなくなった。
私も、姉がどんな人間なのかを言い切ることはできない。ただ稀に、私が布団に入った横で、裁縫の手を止めて静かに泣いているあの姿が、本当の姉だったような、そんな気がする。
こんな話現代じゃドラマ化されるだろうが、当時はさして珍しいものでもなかった。とはいえ、そんな子供らを気の毒に思うのは昔も同じで、しかも江戸には情にもろい人が大勢いた。
「聞いたかよおめぇ。沖田さんとこ、ご夫婦とも亡くなったとよ」「それで今、おみっちゃんっつー娘がよ。まだこんなちっこい娘がよ。一人で下の子の面倒見てるんだとよ」「近頃の不景気じゃ、引き取り手も見つかんねえときた。かわいそうな話だべ」
こんな具合で、私らの暮らしていた東京都港区西麻布から、噂は八王子の辺りまであっという間に流れて行った。これを聞いて特に感涙したのが、情にもろい江戸人の中でも特にそれが顕著な集団、八王子千人同心と呼ばれる組織。
この組織は、はるか昔、徳川家康公が江戸に入られた時に作られた、武士っぽい農民や、農民っぽい武士たちによる自警団のこと。ま、下級階層に仕事を与えるプロジェクトとして、山梨県と東京都の国境で警備を行わせたわけだ。幕末のこの頃には山梨県は幕府の領地になっていたので、日光東照宮の警備やなんかを行っていた。
そんな土地で育ったもんだから、ここの人々は神君家康公をそれこそ神の如く尊敬する、徳川Love100%な団体となり、また同じ地方の人間への仲間意識も自然と強くなっていた。
そして彼らは連日、剣術稽古で休憩になるたびに輪になって
「あのよ、沖田さんっつー人が、うっうっうぅううぅ」
「聞いたよ、おみっちゃんが、うぇっえっえっえぇっ」
といった様子で私らのことを話しては、号泣していた。感情豊かな彼らは、何度話を聞いても涙を流したし、ついには村中で、えぐえぐすんすんぼろぼろ涙を流したものだから、これはもう、あの二人は俺たちがどうにかしてやるしかない、ということになった。
その代表が井上林太郎、というしっかり者を通り越して融通の利かない馬鹿真面目な、武士っぽい農民。その真面目さのため、二十が近づいても嫁を持たず、ひたすら剣術修行に明け暮れていたような若者。
しかしそのおかげで彼は選ばれたのだ。
情にもろいとはいえ彼らの中には、小間使いが増えるだとか、遊郭に売り渡そうだとか、幼妻が手に入るとさえ考えていた奴もいた。さすがにそんな輩に任せておけない、と村の者らは林太郎を選出し、私らの住む港区西麻布の荒れ屋敷へと向かわせたのであった。
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