スイーツの世界
家に代々伝わる不思議な鏡。
効果は鏡の表面に触れると、別の世界に行けるという普通だったらありえないもの。
それは16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える。
行った世界で何をするのも自由、帰るタイミングは鏡が決めてくれるから何があっても最後には帰れる。
何故、私の家が鏡を持つようになったのか。
どうして別の世界に行けるのか。
女の子しか使えない理由は何か。
私の中にある色々な疑問を、未だに教えてもらえていない。
母も祖母も、ただそこで色々と学びなさいとだけしか言わなかった。
別の世界に行った経験が、私をどんどん成長させてくれて言わなくても分かる時が来ると。
だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。
私も一応、高校生の女の子なので人並みに甘いものは好きだ。
さすがに放課後や休みの日まで食べに出かけるということはないが、たまにコンビニで新作のスイーツが出るとついつい買ってしまう。
今はまっているのは抹茶で、夏が近づくと続々と新商品が出てくるから本当に嬉しい。
そのせいでこの時期は、甘いものをよく食べるので体重をはかるのが怖い。
しかし食べないという選択肢を、選ぶことは絶対に無い。
そんな私にとって、鏡を通じて来た今回の世界は天国のようなものだった。
住んでいる人々全員が、プロ並みのスイーツづくりの腕前を持っていて、しかもおもてなし好き。
来て早々私は、スイーツの山に囲まれていた。
「これも美味しいです」
「それは良かった。まだまだあるから、遠慮なく食べてね」
お世話になる事になったルオさんは、特にスイーツづくりが好きで人が食べるのを見るのが嬉しいらしい。食べても食べても、次々に増えって言って全く減る事が無い。
この世界にも抹茶に似た、お茶をスイーツにする文化があるようで、ケーキやプリンやドーナツなど食べるもの全部が美味しかったので苦しいとは思わなかった。
それ以上に幸せな気持ちでいっぱいで、どんどん食べていく。
「美味しい、美味しい。これも美味しいです。本当、幸せです」
「いい食べっぷりね。こんなに食べてくれる人、久しぶりだから腕がなるわ」
しかしさすがに、お腹も膨れてきた。
甘いものばかりというのも、言っては悪いが飽きてしまいそうだ。
私はそろそろルオさんに、満腹だと告げる事にする。
「お腹いっぱいになったので、もう食べられそうにないです。せっかく作ってもらったのに、すみません」
食べ物を粗末にすると、母にも祖母にも怒られてしまうので、本当に申し訳ない。
もしかしたら嫌な顔をされてしまうかもと、少し不安になる。
「あらあら。確かによく食べてくれるからって、出しすぎちゃってたわね。そんなに謝らなくても大丈夫よ、余っても生命の木に戻せばいいだけだから」
しかし彼女は快活に笑って、料理を片付け始めた。
その様子や態度に、嘘をついている感じはない。
それなら彼女が言った、生命の木に戻すというのはどういう意味なのだろうか。
私は途端に気になり始め、聞いた方が早いと尋ねる。
「すみません。生命の木って何ですか?」
片付ける手を止めたルオさんは、私がここの人ではないのを思い出したのか、大きな声を上げて手を打った。
「ああ! そうね! 知らないわよね。説明するのを忘れてて、ごめんなさい! 生命の木っていうのはね……見に行った方が分かりやすいから、今から一緒に行きましょうか!」
あれよあれよという間に、気がつけば私は残したスイーツの数々を手に持って、彼女の後ろを歩いていた。
足取り軽やかに歩く後ろ姿は、何だかワクワクしているみたいだ。
これからどこに行くか分からないが、そんなに楽しい所なのだろうか。
生命の木というのだから、木というのは確実だろうけど。そんなに目立つものを、見た覚えがない。
今外を歩いていても、木どころか植物さえも無いのに大丈夫だろうか。
私は後をついていきながら、不安になったが彼女が迷いなく進んでいるのだから間違いは無いのだろう。
もしかしたら私が想像しているのとは、全く違うのかもしれない。
それはそれで面白いのかもしれない。
私は不安な気持ちが消え去り、むしろ楽しみになっていた。
彼女が案内してくれた先は、何故か屋内だった。
私は体育館ぐらいの大きさの建物の中に入り、中を見回す。
「ここはどこですか?」
人々がたくさんいるのだが、私と同じように腕に食べ物を抱えていて、そしてとある扉の中に入っていく。
どこへ行っているのか。
私は、扉の向こうに何があるのかを見ようとする。
しかし遠いのと人々の数が多いのとで、全く分からなかった。
「ここが生命の木がある所よ。あの扉の向こうにいけば、この食べ物も戻せるから」
ルオさんと私は、扉の前に並ぶ人々の列の一番後ろにいく。
そしてそこまで時間が経たないうちに、中へと入れることになった。
「わあ」
私は生命の木を間近で見て、感嘆の声を自然と上げた。
それぐらい素晴らしいものだった。
部屋の中いっぱいに枝を広げた木は、緑や茶色ではなく黄金色に輝いている。
上にある窓から差し込む陽の光が、更にその効果を増加させていた。
「どう、綺麗でしょう?」
自慢げに言うルオさんに対して、私は木に見とれていて返事が出来なかった。
それぐらい、今まで見たどの景色よりも綺麗だと思う。
色々な世界を旅してきて、初めて写真に残せない事が残念だと感じた。
「そろそろあとの人が困っちゃうから、戻す作業をしましょうか」
「あ、はい。そうでしたね」
しばらく目に焼き付けるように見ていた私は、ルオさんの言葉にハッとする。
確かに少し時間が経っている。
まだ見ていたい気持ちはあるが、それでも他の人の迷惑になるのだけは避けたい。
慌ててルオさんと一緒に、木の根元へと近づいた。
そこには大きい空洞があいていて、底が見えないぐらい深い。
おそらくこの中に、持っているスイーツを入れるんだろう。
漂ってくる甘い匂いに、そう予想した。
「この中に全部入れちゃえば、それでおしまいよ」
この考えは当たっていたようで、ルオさんはお手本を示すために先に持っていたものを入れ始める。
私もそれに習い、ゆっくりと丁寧に穴に入れる。
「これって、木にとって良くない事じゃないんですか?」
全てを入れ終え、名残惜しいが帰ろうと歩く道で私は彼女に聞いた。
知っている常識だと、木に必要なものの中にスイーツなんて無い。
むしろ虫がたかりそうで、危ないのではないかと思ってしまう。
「そんな事は無いわ。むしろ私達は、お互いに持ちつ持たれつの関係でいるのよ」
私の心配は杞憂なようだ。
ルオさんは人の邪魔にならないように道を外れて、ふかふかと柔らかそうな芝生の上に座った。
私はその隣に座り、また生命の木を見ることが出来ると嬉しくなる。
しかし話にも集中しなくてはと、出来る限り彼女の方を向いた。
「私達が生命の木にスイーツを戻すとね、それは栄養となるの。そして時間が経つと、甘い素となって大地に降り注ぐ」
「甘い素? もしかしてそれを使って、スイーツを作っているんですか?」
どうやら私の考えは合っていたようで、彼女はポケットから可愛らしい小袋を取り出して渡してくる。
開けてみると、中からキラキラと輝く砂糖に似ている結晶が見えた。
彼女に促されるがまま少し舐めてみると、甘さが口に広がる。
砂糖とは少し違うが、とても美味しい。
「大地に降り注いだその甘い素をとらないと、木の根元は腐りそうになるの。そして私達が作ったスイーツを穴の中に入れないと、栄養が足りなくて枯れそうになる」
「だけど持ちつ持たれつの関係は、言い過ぎじゃないですか」
いくら生命の木のおかげでスイーツを食べられるとしても、そこまで言うほどだろうか。
私は少しからかいの気持ちを込めて言った。
「言い過ぎじゃないわ。だって私達も甘い素から作ったものじゃないと、体が受け付けないようにいつしかなっていたから」
しかし返ってきたのは、真面目な答えだった。
「あの木が枯れる時は、私たちが死ぬ時。私達が死ぬ時は、あの木が枯れる時。いつになるかは分からないけど、こうなる事は絶対なのよ。もしかしたら、それは明日かもしれないわ」
生命の木を真っ直ぐに見つめるルオさんの横顔は、いつか来る未来を受け入れる準備をすでにしていた。
私はその姿を、どうしようもないぐらい眩しく感じる。
この世界の人達と生命の木の関係は、共依存という言葉がぴったりな気がした。
部屋に帰って来た私は、まっさきに体重計へと走った。
数日間の滞在で、口にしたスイーツの量は今になって考えると食べ過ぎだった。
しかし100パーセント好意で出してくれているルオさんに、いらないですと言えずにどんどん食べた結果、見た目でわかるぐらいに肉がついた気がする。
だから怖いのだが、体重計にのった私はものすごく落ち込んだ。
明らかに増えている。
これを減らすのに、どれだけ頑張ればいいのだろうか。
運動、食事制限、健康的な生活、これからやらなくてはならない事がいっぱいだ。
しかも私の気持ちをさらに落ち込ませているのは、帰り際にルオさんから聞いた衝撃的な事実のせいだった。
「いくら甘いものを食べても、太らないし健康に問題が無い体って羨ましい」
あの世界の人は、長年甘いものを食べる生活を続けるうちに、体の方が変わったらしい。
とても羨ましい体質で、私は同時に太った自分が恨めしいと思った。
のろのろと体重増加の事実に打ちひしがれながら、私はノートを開く。
『スイーツの世界……共依存の生活は、本人達がいいなら素晴らしいものだと思う。いくら甘いものを食べても、太らない体になりたい』
今日の夕飯は、軽めにしてもらわなきゃ。
私は今からダイエットをする事に決めて、母にも伝えに行こうと部屋を出た。
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