迷宮求深者 -Deep Diver-

敷金

ACT-1 ~Tower of Dead~ 1/3

いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。


大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市「ハブラム」にも、そういった輩が数多く集まってくる。

各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。


それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。



夏が近いある日、ハブラムの商店街外れにある大きな酒場「ジントニ」に、一人の少女がやって来た。

少女は、粗末な皮鎧をまとい、小さく頼りない盾を左前腕に結び、それを大きなマントで覆っている。

かなり気温も高まっているだろう昼時に、そんな格好なものだから、額には汗が滲んでいる。

まるで病人のように重たい足取りで店内を彷徨うと、カウンターの端っこの席に腰掛けた。

剣帯(ソードベルト)が、がちゃっ、と大きな音を立てた。


「お客さん、ここ初めてかい?」


カウンターの向こうから、恰幅の良さそうなドワーフが話しかける。

優しげな口調ではあるが、声が大きいせいか、少女はびくっと身体を震わせた。


「は、は……い。すみません」


「そうかい。何か飲む? エール?」


「あ、あの……お酒はちょっと」


「ああ、そうかい。

 じゃあ、ジンジャーエールなんかどうじゃな?」


「あ、あの、ミルクを――」


少女がそこまで言った時、また別な客が入り込んできた。

その男は、少女の後ろを通り抜け、一つ間を空けてカウンター席にどっかと座り込んだ。


「ふい~、やっと着いたぜ!

 おっちゃん、ひとまずエールな!」


「あいよ。――おや、リュウヤじゃないか。久しいな」


リュウヤと呼ばれた男は、重たそうなザック(皮袋)をどさっと床に置き、少し汚れた顔をこすって笑う。

ザック以外何も持っておらず、武器と思しきものもない。

少女は、不思議そうに男を見つめた。


リュウヤ「おうよ、三ヶ月振りに戻ったよ」


「そうかそうか、またこの街で稼ぐんじゃろ? ほいよ、エール」


「うっほほ♪ これよこれ! これが欲しくてさ~☆」


「エモノはどうした? メンテか?」


「そうそう、ここに来るたびにやっとこうと思ってさ」


やたらテンションが高いリュウヤの雰囲気に圧され、少女は萎縮してしまう。

二十代前半くらいだろうか、人間族で、細身の精悍な顔つきに、勇ましさを覚える。

彼女の視線に気付いたのか、リュウヤはエールの特大ジョッキを一旦置いた。


「お、煩くてゴメンな! 注文まだだったのかい?」


「え、あ、いえ……」


「俺、リュウヤってんだ。宜しくな。

 ――って、あれ? もしかして女の子?」


「は、はい」


「こりゃあツイてるね、のっけからいきなり良い出会いって奴だぜ☆

 よっしゃ、これも何かの縁だ、ここは俺に奢らせてくれよ」


「は……え、え? そ、そんな」


「かまわんよ、ここは、そういうノリの所じゃからな。

 素直にゴチになっておきな」


「はい……あ、ありがとう、ございます」


「そーいうわけだ。んじゃ、この娘にも飲み物頼むぜ」


「あいよ、ミルクで良かったな? 嬢ちゃん」


ドワーフの店主は、人懐っこい笑顔で、ジョッキ入りの牛乳を取り出してきた。

その大きさに、少女はまたも圧倒される。


「うおお、すげぇなジョッキミルク!

 よっしゃよっしゃ、乾杯!」


「か、乾杯……きゃっ!」


ジョッキ同士がぶつかり合い、飛沫が軽く周囲に飛び散る。

しかし、リュウヤは気にすることなく、ジョッキの中身を一気に煽った。


「くはぁ~! 生きてて良かったぁ!!

 おっちゃん、も一杯!」


「昼から飛ばすのぉリュウヤ、稼ぎは明日からかい?」


「まあ、その辺は適当よ。

 ――って、アレ?」


リュウヤは、改めて少女の姿を確認した。

いかにも、「冒険」に赴くという格好……というか、装備だ。


「お前さんもしかして、もう一稼ぎした帰り?」


「え? ど、どういう意味でしょうか?」


「いやさ、その装備。

 がっつり固めてるから、帰りの一杯なのかなと思ってさ」


「あ、こ、これは――

 こうしてた方が、わかりやすいのかな、と思いまして」


「ん? 判りやすい?」


「は、はい。

 仲間に加えて貰えそうなパーティが、もしいらっしゃったら――」



少女がそこまで呟いた時、大きな足音と金属音を鳴らし、大男の集団が入り込んできた。

人間が四人、ローブを深々と着込んだ長身が一人。

人間達はいずれも2メートルはある巨漢で、前身にごつい鋼鉄製の鎧を着込んでいる。

その装備の所々に、血糊のようなものがへばりついていた。


「おうオヤジ、エール5つだ」


「急いで頼むぜ、おっちゃん」


「おや? いつもの魔道師さんはどうしたんじゃね?」


「あいつぁ、くたばっちまったよ」


「第五階層でな、でっけぇ地底グマが出てきてよ。

 一発で首、持ってかれちまいやがんの」


そういうと、ごつい男達はゲラゲラ笑い出した。

と同時に、少女が短い嗚咽を吐き出す。


「まあ地底グマなんぞにやられちまうなんて、所詮その程度ってこった」


「その通りだな、今頃はモンスター共の餌になってんだろ。

 ――お?」


男達の一人が、カウンターに視線を向ける。

その先にいる少女が、一瞬震えた。


「おいお前、魔法、使えるか?

 使えるならウチ来ねぇか?」


「え? わ、私ですか……?」


「あ? なんだ、女か?」


「おい、こいつ鎧着てるぜ? 戦士か?」


「女戦士とは、威勢がいいな。

 おいあんた、ランクはいくつだよ?」


ランクとは、冒険者にとっての称号のようなものだ。

「ギルド」と呼ばれる組合機関で認定されたランクは、実力を公式で認めている証となる。

まだ実戦を経験していなければ1、それなりに熟練したもので13など、数字が大きくなればなるほど熟練者ということになるのだが――


「あの……さ、3――です」


「3? さん、だとぉ?!」


「こいつは驚いた! たった3とはなぁ!!」


男達は、少女を指差し、バカ笑いを始めた。

昼時も近いため、徐々に店内には人が集まってくる。

しかし、男達はそんな事気にも留めず、少女をあざ笑い続けた。


「おいおいおい、ここはランク10は行っててもらわねぇとなぁ!」


「悪い事はいわねぇ、ここで稼ごうなんざ、嬢ちゃんには十年早いぜ?」


「そうだぜぇ、そのミルク飲んで、とっととおうちにお帰り」


男達の粗暴な干渉に、店主は見て見ぬ振りをする。

こういった場では、店主はどちらかの味方をすることはない。

店の破損や他の客への迷惑行為が起きない限りは、傍観を決め込むのが暗黙のルールだ。


少女が俯き、肩を揺らし始めた時、リュウヤが二杯目のジョッキをようやく空にした。


「こいつらの言う通りだぜ、そのランクじゃあ、

 ここの“地下迷宮”はマジで危ねぇ」


「!!」


「ああ、そうだろうそうだろう」


「このクソやかましい筋肉オバケ連中ですら、

 危なっかしいってくらいだからな」


「そうそう、わかってるじゃね――え?」


「あれぇ? ヤサ男君?

 もしかして君ぃ、ケンカ売ってるぅ? 俺達に?」


大男の一人が、額に血管を浮き上がらせながら、リュウヤの顔を覗き込む。

と、そこに、空の特大ジョッキの底が叩きつけられる。


 ――ガコォッ!!


「ウゴアッ?!」


カウンター席から立ち上がると、リュウヤは、もんどり打つ大男を蔑むように見下ろした。


「暇持て余すのは結構だがな。

 いちいち絡んで来るんじゃねぇ、うるせぇんだよ」


「てめぇ、やりやがったな?」


「上等じゃねぇか! 少し物事ってのを判らせてやるぜ」


「おーおー、お定まりのセリフ、痛み入るぜ」


「ひ……!!」


その言葉を皮切りに、大男三人とリュウヤの大喧嘩が始まった。

しかし、大男達の拳や蹴りは、何一つリュウヤにヒットしない。

それどころか、掴むこともままならず、全てスルリとかわされてしまう。

そのうち、リュウヤの低い姿勢から飛び出す掌底は肘打ちで、大男達が次々に倒れていく。


「ぐぇ……!!」


最後の一人の鳩尾に、深々と肘をめり込ませたリュウヤは、息一つ乱さずに


「まあ、ここじゃあ、こういう荒事はよくあるんだ。

 向かないと思ったら、無理する必要はねぇぜ」


と、少女に呼びかけた。

その後、ズシン! と大きな音を立て、大男達三人は全員床に倒れ付した。


「ぐおぉぉぉ!!」


と、突然、今まで無言で立ち尽くしていた最も巨漢の四人目が、リュウヤの前に立ち塞がった。

身長は2メートル半はゆうにあるだろうか、もはやモンスター並みの迫力である。

全身に鋼鉄のプレートメイルをまとい、右手には長さ4インチ(約10センチ強)はあるだろうトゲの生えたモーニングスターを握っている。

こんなもので殴られたら、人間など木っ端微塵なのは、誰の目にも明らかだ。

四人目の大男は、猛獣のような叫び声を上げ、それを振り回し始めた。


「ウゴオォォォォォ!!」


 ブンブンブンブンブン!


「おい、そいつを止めてくれ! 店が壊れる!」


「おいゴーフ! 止めるんだ! 興奮するな!!」


「きゃあっ?!」


「ったく、しょうがねぇなあ」


大男が一歩前に踏み出したと同時に、リュウヤは素早くバックステップし、少女の脇に移動した。


「悪ぃ! 剣、貸してくれ」


「え? え?」


「いいから、早く!」


「は、はい?!」


少女は、急いで腰のベルトから剣を外し、リュウヤに渡した。

それを受け取ったとほぼ同時に、リュウヤは大男に向かっていく。

大回転する巨大モーニングスターが、今にも振り下ろされるという瞬間――


 ――キィィン!!


鋭い金属音が、一瞬、店内に鳴り響く。

と、同時に。


 パチン


という小さな音が聞こえた。

一方のリュウヤは、今にも剣を引き抜くという体勢のまま、ピクリともしない。


モーニングスターの回転は、まだ止まらない……が、徐々に回転を緩め……


「ゴ………」


 ガキッ!!


「ウゴォッ?!」


 モーニングスターの鉄球が、何故か動かなくなった大男の側頭部に激突し、止まった。

 鋼鉄のヘルメットが大きく歪み、店の端まで吹っ飛んでいく。


 ドサァッ!!


 ゴロゴロゴロ……


「ひ、ひいっ!! ご、ゴーフ?!」


「安心しな、気ぃ失ってるだけだ」


「う、うわぁぁぁ?!」


 メンバーのノームは、男達を放り出して、逃げるように酒場を飛び出した。

 店内の被害は、ひっくり返った無人のテーブル席が二つと、ちょっとだけ穴が空いた床板だけで済んだ。


「コラぁお前ら、弁償させっぞ!」


「おっと、俺は止めただけだからな! 知らねぇよ。

 ごっそさん、お代、置いてくぜ」


「あ、こ、こら!! リュウヤぁ!」


「あ、ちょ……」


ノームに続いて、リュウヤも店を飛び出す。

それを追い、少女も外に出て行った。


「全く、あいつも成長せんなぁ……ん?」


店主が、床に転がっているモーニングスターをどかそうとして、はたと手を止める。


重たい鎖に繋がれた、直径約12インチ(約30センチ)はあるだろう鉄球。

――それが、真っ二つに割れていた。





「あの、剣を、か……返してください!」


「あ、ごめん! うっかりしてた。

 ありがとうな」


やや怒り気味の少女に、リュウヤは頭を掻きながら剣を手渡した。


「あの、さっきは、一体何を?」


「ああ、あいつの頭と鉄球、まとめてぶっ叩いた」


「え?」


少女は、先ほどの光景を回想するが、それは無理があり過ぎる回答だった。

小首を傾げながら、少女は剣を確かめようと、鞘から引き抜いてみた。



――ポキ……っ



「!!」


「わっ?!」


剣の刃が、ほぼ中間から折れていた。

少女の目に、みるみる涙が溜まっていく。


「ご、ごめん! わ、悪かった!! べ、弁償する!」


「お兄様の……形見が……」


「え?」


「酷い、酷すぎます!!」


「あ、あわわわ」


とうとう泣き出してしまった少女を前に、リュウヤはただうろたえるしかなかった。






少女の名前は「イリス」といって、エルフ族だった。


一年前に兄が迷宮で消息を絶ったため、その行方を追うために、家族の反対を押し切って単身ここにやって来たのだという。

リュウヤが折ってしまった剣は、そこらの武器屋で容易に手に入る、ごく普通の流通品に過ぎない。

しかし、兄が自宅に残して行った唯一の形見で、またこの一年間、イリスが訓練に使用してきた、大事な思い入れが詰まった物だった。


リュウヤは武器屋に剣の補修を依頼し、代わりになる武器を弁償することで、かろうじて彼女の許しを得ることが出来た。


「さて、さっきの酒場の話だけど――

 イリス、お前さんはここで、今から仲間を集めるつもりか?」


「はい、そのつもりなんですけど……いけませんか?」


「いけなくはないけど、厳しいと思うぜ?」


リュウヤが懸念するのには、理由があった。



王国キングダム・ブランディスの主要都市「ハブラム」には、二十年前に突如発見された巨大地下迷宮が存在する。

王家が、ここの探索に巨額の報奨金とランクアップを掲げた為、多くの者達が集まって来る。

しかし、二十年経った現在においても尚、迷宮の全貌は調べ尽されていない。


冒険者達は、複数名で「パーティ」と呼ばれるチームを組み、これを事前に登録してから探索に入ることが義務付けられている。

逆に言うと、未登録の物は探索が行えないのだ。

この街にやって来た者は、酒場など冒険者が集まる所で仲間を集い、それから登録を行うのがセオリーなのだが、その際に重要視されるのが「ランク」なのだ。


「イリスのランクは3だろ?

 さっきの連中が言ってた事は、本当だ。

 正直、今はランク10以下はお呼びじゃないって状況だぜ」


「ランク10……兄は、ランク13でした」


「13っていったら、一人前の実力だなあ。

 んで君は、迷宮潜って何をしたいんだ?」


「はい、それは――」


イリスは、自分の身の上を語り始めた。

兄ドウラは、数年前から故郷を旅立ち、仲間達と共にこのハブラムに篭ったという。

しかし、とある階層を探索するため迷宮に向かったきり、戻ることはなかった。

ドウラの遺体はおろか、遺品もいまだ回収されていない。

そのため、兄の生死の明確な確認や、遺品、遺骨の一部でも見つけたいというのが、イリスの目的だった。


「そりゃあ、気持ちは良くわかるけども……

 正直、今からじゃかなり無理っぽいな」


「……」


「い、いや、だってさ。一年も前だろ?

 だったらモンスターに死体も……されちまったかもしれないし」


「……でも、でも……」


「う~ん、きっついなぁ。

 どうすりゃあいいんだろう?」


今にも泣き出しそうなイリスを横目に、リュウヤは空を仰いで考える。

しばらく悩んだ後……


「なあイリス。

 良かったら、俺達と組まないか?」


「え?」


「俺達の仲間、ちょっと訳ありで、今この街の外にいるんだ。

 ここに集まる予定なんだけど、まだ時間がかかるっぽいんだよな。

 だからそれまでに、俺らと一緒に潜ってみねぇかい?」


「そ、それはありがたいのですが……

 り、リュウヤさんの戦士ランクは?」


「オレ? ――ノーランク」


「?!」


「まあ、ランクの大小なんか、関係ねぇって!」


「あ、あの、ちょっと!!」


「ノーランク」とは、先のランク外……すなわち、技術取得査定を全く受けていないというもので、言い方を変えれば「レベル0(ゼロ)」を意味する。

さすがにイリスも、これには呆然とするしかない。


イリスは、リュウヤに強引に引っ張って行かれた。

待ち合わせ場所の、木賃宿に――




数時間後――


「――ふむふむ、なるほど」


「というわけなんだ。

 あいつらが来るまで、まだ間があるだろ?

 だから、その間にちょちょっと、さ」


「そうだなー、まあ、オレはいいよ。

 問題は、その子が納得してくれるかなーってことだ」


「あ、あの、こちらの方は?」


「コイツは、俺達のメンバーの一人で、モトスってんだ」


「ども、初めまして!

 モトス言いまーす! 盗賊でーっす☆」


「と、盗賊……さん?」


イリスは、目の前の席に座る、黒髪のバンダナ男を凝視した。


「盗賊」というのは所謂俗称で、実際は技巧師・特殊技術者のことだ。

迷宮内の探索時、各所に設けられた罠の発見や解除、迷宮構造の把握や正しい進路・帰路の確認など、主に戦闘以外の面で活躍するスキル持ちである。

彼らには、戦士のようなランクは存在しないので、実際に同行しなければその能力の大小はわからず、また「魔法」も使えず、戦闘能力も戦士には遠く及ばない。


――いわば、「必要だけど過度な期待は出来ない」特殊な人材ということだ。


「よし、じゃあ早速行ってみようか」


「気が早いね~。せめて何か食わせてよ。

 オレ、さっきここ着いてから、何も食ってないんだからさー」


「歩きながら食えるだろ、お前なら」


「まったく、リュウヤは強引なんだからなー」


「え、あ、あの、ちょっと!」


早速腰を上げ、出かける準備を始めようとする二人に、イリスは慌てて声をかけた。


「あの! ぱ、パーティは、最低限6人は必要だと伺ってます!

 それに、あの、失礼ですけど、この中に魔法が使える方は?」


イリスの質問に、リュウヤとモトスは顔を見合わせ、同じポーズで首を横に振った。


「「 おりませーん 」」


「そ、そんな! 大丈夫なんでしょうか?!」


「大丈夫だってば。

 迷宮ったって、今日はそんな深いとこまでは行かないから」


「そそそ、ひとまず今日は、雰囲気だけでも感じればいいじゃない」


「は、はあ」


「心配しなくても、必要な道具や消耗品は、全部 リ ュ ウ ヤ が

 出してくれるから、軽い気持ちで行こうよ!」


「え~、お前も少しは出せよ!」


「おや~? 女の子の前でケチ臭い態度取るなんざ、

 男のやることじゃないとか、いつぞや大見得切ってたのは、

 どこの戦士様でしたでしょうかねぇ~?」


「うぐ、つ、つまんねぇ事をよく覚えてるなぁ!」


「じゃあ早速、保存食料と、水筒と、毛布と……え~と」


モトスは、そういうとボロい羊皮紙を取り出し、なにやらメモを取り始めた。

内容は、これから迷宮探索を始めるために必要な道具一式と、その配分のようだ。

素人目にも、そのまとめは的確で、少人数でも無理なく持って行けるように配慮が為されていることが伺える。


「これは、いつかイリスちゃんが一人立ちした時にも使える筈だよ。

 もし良かったら、持ってなよ」


「あ、ありがとうございます!」


「あ、モトスずっこい!

 こーいう所で好感度アップ狙いかよ!」


「ふははは、悔しいかねリュウヤ君?

 君も体力バカだけじゃなく、たまにはこういう知恵を使ってだn――

 イデデデデ! ほっへひっはうら(ほっぺ引っ張るな)!!」


「ええかっこしてんじゃねぇ!

 い、イリス! じゃあ早速、道具買いに行こうぜ!

 出発は明日にして、今日はそこで一旦休もうz……ギャアア!!」


リュウヤの手に噛み付いてブンブン振り回されるモトスの、あまりにマヌケな姿に、イリスはとうとう……吹き出してしまった。


「あはは……あはははははは♪」


腹を抱えて笑うイリスの姿に、二人の男の表情が一瞬和み、また――続けた。



二人はイリスに、迷宮探索についての準備や心構え、基礎知識を丁寧に教えてくれた。

それは一度に全部覚え切れるものではなかったが、全くの予備知識を持たなかった彼女にとって、とてもありがたい情報に他ならない。

期待していた以上の対応をしてくれた二人に、イリスは大きな感謝の気持ちを抱くのと同時に、疑問も浮かび上がって来た。


(このお二人は、見ず知らずの私に、どうしてこんなに

 親切にしてくれるんだろう?)


イリスは、以前噂で聞いたことがあった。

ハブラムには、非常に多くの冒険者が集まるが、その中には「アウトロー」と呼ばれる無法者達も多く含まれている、と。

その中には、迷宮探索を行う冒険者を襲い、金品や装備品を強奪してしまう輩もいるのだという。

そういう連中のよくやる手段は、親切そうな先輩冒険者を装い、親しげに接近して、隙を見せた途端に襲撃するという極悪なものらしい。


イリスは、ふとそんな話を思い出し、身震いした。


(だ、大丈夫……こ、この人達は違うわ……多分。

 そ、それに、たった二人だし!

 ランクも、そんなに高い相手じゃないし!)


「ん? どうした? 真っ青な顔して」


「気分悪くなった? 今日はこの辺にしとこうか」


「い、いえ……あ、あの、そうですね」


「? じゃあ、明日から一緒に迷宮の中に入ってみっか。

 今日は出来るだけ早く休んで、疲れを癒しておけよ」


「予算が少なくて、あまり良い宿じゃないけどね~。

 おやすみー!」


「おやすみなさい……」


おやすみとは言うものの、就寝にはまだかなり早い時間である。

イリスは、普段着に着替えると、もう一度昼間の酒場「ジントニ」に向かってみた。

夕食時前のせいか、店内は客がまばらのようだった。



「お? さっきの嬢ちゃんじゃないか。

 あいつらはどうしたい?」


「あ、あの、お聞きしたいことがあるんですけど」


「なんじゃい? 藪から棒に」


「はい、実は――」




翌朝、午前十時頃。

木賃宿で朝食を済ませたリュウヤとモトス、イリスの三人は、迷宮入り口へ続く長い石廊下の門に立つ、二人の門番兵達に謁見した。

謁見と言っても、彼らの取り出す帳面に、パーティネームとメンバー構成を記述するだけだ。


「パーティネーム」とは、いわばチーム名のことで、これを登録することで、初めて迷宮探索に挑むことが許される。

現在、迷宮内にどのチームが何人入っているか、そして何人帰ってきたかをチェックするために用いられ、もし情報が不一致だった場合は、捜索隊が駆り出される仕組みになっているのだ。



「モトスさん、何も打ち合わせしてないのに、何を書いてるのかなって」


「ああ、いつもの俺達のパーティネーム書いてるんだわ」


「そういえば、リュウヤさん達のパーティネームって、

 お伺いしてなかったですね?」


「ああ、俺たちは――“クルッジ”ってことで」


「クルッジ? どういう意味なんですか?」


「まあ気にするなって」


門番の横を通る際、イリスはふと、帳面の記述を見た。

「クルッジ」の通しナンバーは、なんと384,972になっていた。


「おい、また“クルッジ”かよ」


「何組目だよ、この“その場しのぎ”って名乗ってる連中は?」


背中越しに微かに聞こえた門番達の声に、イリスは思わず背筋を震わせた。


 


十分ほど石造りの回廊を進むと、やがて大きな木製の扉が見えてくる。

観音開きの扉は意外とスムーズに開き、その向こうには、いきなり剥き出しの岩肌が広がっていた。

数十フィート先には、大きな石製の下り階段がある。

石廊下から階段までの僅かな間には、無数の足跡があり、相当な人数が行き来しているのが良く判る。

イリスは、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「さてと、じゃあひとまず今回は、二階層までってことで」


「あいよ、じゃあせいぜい数時間で帰還ってとこか」


「え? そんなにちょっとだけでいいんですか?」


「いいのいいの。探索なんか、パーティの気分次第で自由なんだから」


「そ、そういうものなんですか……」


「一階は、モンスター自体殆ど出ないし、散歩感覚で回れるから」


「じゃあ、今回はリュウヤ、イリスちゃん、オレの順で。

 前後はオレ達に任せてな」


「は、はい。よろしくお願いします」


イリスの挨拶を合図にするように、モトスは小型の手持ちランタンに火を点した。

大きさの割に照射範囲はかなりのもので、30フィート(約9メートル)くらい先まで余裕で見える。

逆に、それ以外の範囲は完全な闇で、イリスはコントラストのあまりの差に一瞬身震いした。


「一階層から三階層まではな、もう殆どの冒険者に調べ尽くされてるんだ。

 ごく稀に怪我する奴が居るかもって程度で、命の心配をするほどじゃねぇ」


「そうそう。だから、イリスのお兄さんが被害に遭われたのは、

 恐らく四階層以降だと思うんだよね」


「……はい」


「かといって、いきなり四階層に行きましょう、じゃあ無茶だわな。

 モトス、“稼ぎ場”行く?」


「当然、そのつもり」


「稼ぎ場?」


リュウヤの案内で、パーティは第一階層を素通りし、第二階層に入り込んだ。

途中、2~3のパーティと遭遇し、軽く挨拶をしてすれ違う。

一時間弱くらい歩いたところで、リュウヤは、通路の行き止まりを指差した。


「な、この通路、一見行き止まりだろ?」


「違うんですか?」


「あの壁、実は巧妙な隠しドアになってるんだ。

 その向こうに、凄く小さな部屋があるんだけどね」


「ドアを開けると、それに反応して、室内からモンスターが出る。

 そういう“トラップ”なんだ」


「え?!」


「大丈夫、ここは一階層のと同じくらい、ランクが低い連中しか出ないから」



そう言うが早いか、モトスは行き止まりまで移動し、壁に手を付けた。

しばらく壁を掌で撫で回し、床との隙間などを確認する。


「おっけ、特に何か仕掛けされた痕跡はないね」


「よし、イリス。こっからは実戦だ。

 中から出てくる奴らを、片っ端からぶっ倒すぜ!!」


「え?! え?!」


「武器を構えな。油断するとちょっぴり怪我するよ?

 そぉれ――よいしょっとぉ!」


 ギギギ……



行き止まりの壁が、吸い込まれるように中へ消える。

ランタンの光の範囲内に、僅かに何かが見えた。


それは、床に刻まれた、小さな「魔法陣」。


魔法陣がうっすらと輝き始め、徐々に回転するような動きを見せた。

やがて、魔法陣の中から、二体の人型生物が湧き出した。


「コボルドか――まあ、手頃なとこかな」


「イリスちゃん、一体は任せた!」


「え? え?! わ、私が?!」


「ビビるな! こんな奴ら、武器なくても倒せるから!」


そう言うが早いか、ユウヤは、通路に入り込んだ「コボルド」の片方を、なんとシールドで一撃した。


 ――ゴィン!!


『キュウ』


「な?」


一匹は、あっさりと目を回して昏倒した。

残り一匹は、イリスに向かって、ゆっくり迫っていく。


『クァアアア!!』


「ひ、ひぃっ?!」


途中から走り出したコボルドの迫力に圧され、イリスはそのままうずくまってしまった。


ひょいっ


 ――ポーン


頭を抱え込んでいると、「ゴン!」という音が離れたところで聞こえ、コボルドの気配が感じられなくなった。

恐々顔を上げると、さっきまでコボルドが居た位置に、何故かモトスが立っていた。


「大丈夫? イリスちゃん」


「え……は、はい?!」


「いきなりだから、驚くのも仕方ねぇか。

 いいかいイリス、ここはな、狭い通路で端からモンスターが来るって

 判ってる場所だから、初心者の練習には持って来いなんだよ」


「そそそ。しかも、幅が狭いから、2匹以上同時にくることはないしね。

 飽きたらドアを閉めればお仕舞いだし」


「たまに、オイシイ物持ってる奴が出てくる時もあるからな。

 しばらくはここで練習して、度胸を付けようぜ」


「は、はぁ……」


イリスは、さっき自分に迫って来たコボルドの行方が気になって、彼らの話は半分くらい聞き流してしまっていた。


肝心のコボルドは、イリスの後方40フィートほどの場所で、引っくり返ったまま脳震盪を起こしていた。

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