明暗の嶺上にて

@Gaen

プロローグ

 鉄を打つ音が鼓膜を震わせ、ねっとりとこびりつく油の臭いが鼻腔を覆う。行きかう人々の雑踏で踏み固められた土には、いくつもの轍が走り、積み上げられた煙突からは、黒煙が吹き上がる。

 傭兵の街、レンディム。いつのころからか暴力を生業とする者達がテンリブ地方の一部に集まり、自然発生的に形成された街。便宜上、中央1区、外縁2区、外縁3区の3つの地域に別れてこそいるが、雑多で無秩序、まさに混沌という言葉が似あうその街は、珍しく今1つの話題で持ちきりだった。


 暗黒大陸に傭兵団派遣決定。


 3年前に稀代の航海家バルサッコス・メディティによって発見されたその大陸は、沿岸からの観測だけでも少なくとも、1000kmの幅を持ち、奥行きについてもそれなりの大きさを持つと言われる大陸だ。多くの国家が沿岸部に開拓都市を築き、開拓を進める中、テンリブ連合は大幅に出遅れていた。それもそのはずである。テンリブ地方にある小国家が集まり友好条約並びに相互防衛協定を結ぶことで出来たこの連合は、その内実、他国を出し抜き、連合の盟主になろうと水面下で足を引っ張り合っている状況なのだから。

 そういった内情が分かっていたからこそ、傭兵の街レンディムでは、傭兵団が開拓事業の実働部隊となることは、ある程度予想されていたし、中央部に居を構えるような大手の傭兵団は、そのつもりで準備を進めているようだった。そして、それがいよいよ、テンリブ連合中央共同体から正式に派遣依頼が届いたのだ。待ちに待った瞬間、多くの傭兵団が、本格的な準備を始めた。

 武器や食料、防具に服、大きなものから、小さなものまで、ありとあらゆるものが、この街に運び込まれていた。そして、それと並行して、傭兵たちは派遣登録を済ませなければならなかった。まだ開拓が初期状態であるため、沿岸沿いに建てられた開拓街ネウ・テンリブには、そこまでの受け入れのキャパシティがないため、無秩序に派遣することはできないのだ。

 各地区で、いくつかある傭兵ギルドの前には、多くの人が詰めかけていた。派遣のために特設された受付の、「暗黒大陸傭兵派遣受付」と書かれた紙は、破れてしまったかどこかに消え、列という体を為していない群衆につめかけられたため、特設の受付はもはやその機能を十全に果たしきれていなかった。罵声と悲鳴が飛び交い、どこかで打撃音がする。そんな中でも、少しずつであるが確かに受付処理をしているのは、国家に選ばれたエリート意識からだろうか。


「団長、どうしますか?また出直しますか?」

 人混みの後ろ側、少女が言った。作り物のように白すぎる肌、色素の抜けた髪、血のように赤い瞳、幻想的という言葉が似あうような少女であったが、しかし澱み沈殿したように濁った瞳には、微かな狂気が映りこんでいた。


「帰りたーい」

 少女の遥か下、座り込んでしまった幼い少女が、辟易とした感じで声を上げた。短く切りそろえた亜麻色の髪の、可愛らしい幼子であったが、体のあちこちに装着された、短剣がこの幼子が決して普通ではないことを表わしていた。


「おい貴様ら、折角この俺!が!わざわざここまで来てやったと言うのに、帰りたいとは何事だ。それに受付は、今日までと書いてあったではないか......。おい、それより、あいつはどこ行った?」

 2人を急かすように、髑髏面の男が言った。心底他人を見下しきったような、言い方であったが、慣れたものか、2人は気にせず、どこかに行ってしまった"あいつ"を探すべく、周囲を見渡した。


「団長なら、把握していてくださいよ」

 ため息をつきながら、アルビノの少女が言った。


「おい、俺は団長だぞ?むしろ、貴様が把握するべきなんじゃないのか?」

 アルビノ少女の言葉に、髑髏面が食ってかかる。

「そもそもだな、団長と言うのは偉いんだぞ。確かに、封建制の危機だなんて、世間では言われているがな?ここは、どこだ?血と暴力の街、レンディムだぞ。つまりな、強いやつが偉いんだぞ!」


「単純戦闘力では、団長より私の方が強かったような気がするのですが、団長殿ぉ、いつもの理論はどこですかぁ?しっかりしてくださいよ、団長殿ぉ」

 髑髏面が一呼吸置き、更に何かを言う前に早く、アルビノの少女が下からのぞき込むようにして言う。のぞき込んだその顔には、明らかに勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「あ、貴様!おい!せっかくこれから、単純戦闘力が全てではないということを、シーマ魔術王国のルーン開発になぞらえながら言おうと思ったのに!揚げ足を取りやがって!」

 にやにやと笑うアルビノ少女に対して、髑髏面がまた言葉を飛ばす。


「そもそもだ!貴様は......ん?どうした?」

 さらに、畳みかけようとした髑髏面は、服の袖を引っ張る幼子に気付き、言葉を遮った。


「いたよ」

 幼子が短い言葉と共に、指をさした先に手を振っている青年がいた。


「いやー、お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」

 ニコニコとして人好きのするような青年は、少しクセのある金髪に碧眼だ。テンリブ連合にはよくある髪色と目の色であり、この人が入り混じるギルドにも何人も同じ髪色の者が何人もいるが、彼の長身と均整のとれた顔立ちが、彼を確かに目立たせていた。


「おい、貴様、どこにいっていたんだ?」

 髑髏面によって素顔が見えないため、どのような顔をしているかわからないが、きっとジト目をしていることだろう。


「そうですよ、新入り、しっかりしてください」


「帰りたーい」

 他の2人も、青年に対していうが、青年は顔色一つ変えずむしろ、どこか勝ち誇っているようでもあった。


「ふふふ、皆さん、これをみても同じことをいえますか?」

 そう言って、男が取り出したのは1枚の紙だった。


「字、よめなーい」

 幼子は、一瞬で興味を失ったようだったが、髑髏面は少し見て、おぉと声を上げた。


「おい、貴様、登録完了の紙か、これは」

 震えるような声で言ったそれは、3人がこれから取りに行こうとしていた、暗黒大陸傭兵派遣登録完了の印を示した1枚の紙であった。


「そうですよ!受付、してきましたよ!」


 受付完了―不死兵団

   人数―4人

   実績―バーアン砦攻略

      アンガラス丘陵の虐殺生還

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