第2話 国民の軍隊

西の空に入道雲が湧きたっていた。

ワゴン車は、都内の道路を右左折を繰り返しながら走っていた。

後部座席から千葉がハンドルを握っている北澤に声をかけた。


「北さん 靖国って いったい何だろうね?」


北澤幸介 1等陸曹。

千葉と北澤は、空挺教育隊レンジャー課程からの付き合いである。幹部と陸曹の関係ではあったがレンジャー教育と言う過酷な訓練を受け同じ釜の飯を喰った盟友であった。それに草野球のチームメイトで年齢も1つ違いと言う事もあり気心を分かち合った仲であった。

北澤は、前を見据えて笑みを浮かべ。

「愛国の聖地でしょうか?」

千葉が問う。

「聖地?」

北澤が切り返した。

「はい 秋葉がオタクの聖地のようにね」

千葉は、笑みを浮かべ車窓を見つめ呟いた。

「秋葉? おいおい 靖国が秋葉かよ」

北澤が、うなずいた。

千葉は笑みを浮かべ。

 「でも オタクはないぜ」

北が答えた。

「今日 靖国に行ってる連中 愛国オタクじゃないですか 見て下さいよ あのかっこう」

信号待ちで止まっているワゴン車の前を旧陸軍の軍服を着た集団が横切った。

千葉は笑って。

「愛国オタク・・・ 確かにそうかもな さすが 北さん 上手い事 言うね 奴らには 何の責任もないからな 言いたい放題言って 明日になったらみんな今日の事を忘れて盆休みなんだろうな」

北が答えた。

「明日から? 今日からですよ この後 神宮ですよ」

「神宮?」

「野球」

「野球?」

北は、笑みを浮かべ。

「神宮球場 今日 ヤクルト 巨人戦」

千葉は車窓を見つめ。

「そうか 今年 ヤクルト調子いいんだっけ?」

「はい 巨人と0.5ゲーム差 今日が首位決戦」

「野球か・・・ いいな」

「野球の方は?」

「ああ この1年 こっちのほうで忙殺されてやってないよ」

「佳苗さんと知り合ったのも球場でしたね 懐かしいなー」

「そうだな」

「相手チームのマネージャーの佳苗さんに穂高さんが 一目惚れだったんですよね ベンチからチラチラ見てたじゃないですか」

「何言ってんの あっちが俺に一目惚れだぜ」

北は、笑みを浮かべ

「キャッチャーマスクを被ってるのにですか?」

千葉も微笑んだ。

「美桜ちゃん 大きくなられたでしょう?」

「そうか 北さん 暫く会ってなかったんだっけ?」

「はい 確か 美桜ちゃんが3つ位の時 習志野の球場で」

「そうか 今年 小学校に入ったんだ」

「へー おめでとうございます きっと 佳苗さんに似て美人なんでしょうね」

「俺に似なくて良かったってか 北さんは 結婚しないの? 彼女は?」

「彼女? 理想が高いのかな ビッビッてくる相手がなかなか見つからなくって もう 一生独身かも」

北も微笑んだ。


この会話は、これから起こそうとす命を賭けた決起の緊張をほぐすためのものであった。それは、お互いに感じ合っていた。

この時、千葉は二度と妻と娘に会わない覚悟だった。いや、会えない覚悟だったかも知れない。


「北さん?」

「はい?」

「すまん!」

「何がです?」

北は、突然の千葉の謝罪の一言に驚いた。

「北さんまで巻き込んでしまって・・・ すまん!」

千葉は、頭を下げた。

北は、微笑んだ。

「何を言ってるんですか 水臭いなー 最初 穂高さんからこの話聞いた時は そりゃびっくりしましたよ この国がひっくり返っちやうことでしたからね でもね 私も何かしたかったんです」

「したかった?」

「はい 私には 難しい事は判りませんが このままだとこの国が腐ってしまうと感じてたんです 一旦 落ち着いてたとは言え まだ 数千発の北朝鮮のミサイルは日本に向いている 中国の船が尖閣に押し寄せて それにロシア 竹島・・・ それなのに 幼稚な日本の政治家達はエロ週刊誌に踊らされている」

「幼稚な政治家か 確かにな」

千葉は微笑んだ。

「我々 自衛隊がそんな幼稚な政治家に振り回されているんですよ それが我慢 出来なかったんです!」

「そうか でも それが自衛隊発足以来 続いて来たシビリアンコントロールって言うもんだよ」

「国の為に命をかけてる 我々は いったい何なんですか! エロ政治家の駒ですか! 奴らの為にあんな過酷な訓練をした訳じゃない!」

千葉の表情が強張った。

「北さん これだけは言える 決して 我々は 奴らの軍隊じゃない 今や天皇の軍隊でもない 我々の軍隊でもない 国民の軍隊なんだ」

「国民の軍隊?」

「捨石になろうじゃないか 国民の為に」

北の表情も強張った。

「あっ はい! 穂高さんにボールを預けます!」

「ありがとう そう言ってくれると嬉しいよ」

「でも、独身で両親も兄弟もいない 私はいいとして 穂高さんには・・・」

千葉は笑みを浮かべ。

「それを 言うな!」

「ごめんなさい! 今日の巨人戦中止かなー」

千葉は、腕時計に目を落とした。

「どうか?」

北は、ルームミラーを確認した。

「はい どうやら 尾行はされてないようです」

「そうか」


この日の総理の動静は以下の通りだった。


08時 東京・富ケ谷の私邸。

09時20分 私邸発。

09時33分 官邸着。

09時46分から同10時10分まで 柳田外相。

同20分から同35分まで 閣議。

10時33分から同44分まで 水上総務相。

11時05分 官邸発。

11時13分 東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑着。献花。

同33分 同所発。

同41分 東京・北の丸公園の日本武道館着。

11時51分から午後0時46分まで 全国戦没者追悼式。

同51分 同所発。


12時05分 公邸着。

12時47分から同1時3分まで富田外相。

同15分 公邸発。

同21分 東京・永田町のKホテル着。

同24分 同ホテル内 日本料理店で秘書官と食事。

13時15分 ホテル発。

13時34分 官邸着。

13時58分 官邸発。

14時17分 私邸着。

14時41分 私邸発。

16時10分 山梨県鳴沢村の別荘着。

17時55分 別荘発。

18時12分 同村の栗原東洋財団会長の別荘着。

       栗原会長 木嶋元首相 外村厚生労働相 吉村農林水産相 河島首都テレビ会長らと会

       食。

21時11分 同所発。

21時17分 別荘着。


千葉が呟いた。

「そう言えば 安藤さんにも奥さんと息子さんがいたんだな」

北澤が聞いた。

「安藤さん?」

千葉は車窓を見つめ。

「226 陸軍大尉 安藤輝三」


この時、総理は公邸にいた。


12時47分。

東京練馬区のとある運送会社の駐車場。

3トン トラック1台 エンジン始動。

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