しつこいナンパには気をつけよう

 やって来た花火大会会場は、川の近くにある大きな公園。すでに多くの人で賑わっていて。また、沢山の出店が軒を連ねていて、とても賑やかだった。

 花火が上がるまで、もう少し時間がある。香奈は暑いからと、早くもかき氷を買って食べ始めていた。


「花火が始まるまでやること無いしね。今のうちに腹ごしらえしておいた方がいいんじゃないの?」


 それもそうだ。どの屋台からもいい香りが立ち込めていて、食欲をそそる。基山達も思い思いの品を求めて、屋台の列へとならんでいく。だけど私は……


「た、高い……」


 ぶら下げられた値札を見ると、お腹のすき具合とは裏腹に、買うのを躊躇してしまう。

 だって焼き鳥一本ニ百円って高すぎでしょ。コンビニだったら百円から百ニ十円よ。いや、もっと言うと、スーパーでモモ肉を買って焼けば、比較になら無いくらい安くなる。

 串に刺さっているかどうかなんて些細な違いだ。味は変わらないのだから。


「姉さん、まだ迷ってるの?」


 りんご飴を手にした八雲が、呆れたように聞いてくる。そして食料を調達した皆もやって来て、未だ手ぶらの私見て声をかけてくる。


「アンタまだ買ってないの? アタシと同じ、かき氷にでもしたら?」

「かき氷……氷にシロップをかけただけで三百円もとられる。普通三百円っていったら一食分の夕飯が作れる額なのに、水ばかりでお腹はふくれないかき氷……」

「だったら綿菓子はどうだ? お前、子供の頃好きだっただろ」

「そんな十年も前のことを言われても。あの頃の私は幼かったわ。形を変えただけの砂糖に、いくらつぎ込んでいたことか。ニ百円もあれば一キロの砂糖が買えるというのに」

「水城さん、もしかしてお祭りとかあまり楽しめない人なの?」


 基山の言葉にギクリとする。いや、決して楽しめない訳じゃないんだけどね。賑やかな雰囲気は嫌いじゃないし、皆とこうして一緒にいるのも楽しい。ただ出費に関しては、どうしてもシビアに考えてしまうのだ。

 こういう所の物は高いのが当たり前、多少の出費は気にせず、楽しんだ方がいいって言うのはわかっているんだけど。我ながら損な性分だ。


「そんなに気になるなら、コンビニで買ってきたらどう? たしか近くにあっただろ」

「そうね、ありがとう西牟田。ごめん、ちょっと行ってくるから」

「それなら、私も一緒に行くよ」


 霞がそう言ってくれたけど、私は首を横にふった。


「一人で大丈夫だから。先に場所とりしてて」


 そう言って歩きだす。もうすぐ花火が上がる時間だけど、素早く行って戻ってくれば間に合うだろう。

 人混みを掻き分けながら、私は足早に歩を進めて行った。




 ◇◆◇◆◇◆



 コンビニでファミ○キとパンを調達し終えた頃には、更に人の数は増えていた。場所とりをお願いしておいて良かったかも。せっかくの花火なんだから、ゆっくりと眺めたい。

 しかし私は、重大なミスを犯していたのだ。


「……ケータイが無い」


 連絡をとろうと巾着袋の中を見て、忘れてきたことに気がついた。原田さんの家で八雲と恋ちゃんを撮影した時にはあったから、きっとその時忘れてしまったのだろう。

 だけどこれは困った。何しろ人が多いから、連絡もとらないで皆を探すのは時間がかかりそうだ。


「仕方ないか。歩いて探すしかないよね」


 こんなことなら霞についてきてもらえば良かったと思ったけど、後の祭り。諦めて会場内を歩いて行く。

 だけどそうしているうちに、ドーンという大きな音と共に夜空に花火が舞い、思わず足を止めた。


「始まっちゃったか」


 結局、開始には間に合わなかった。皆もどこかで、この花火を見ているだろう。私だけがその中にいないと思うと、ちょっと寂しく感じる。いやまてよ、もしかしたら連絡の無い私を探しているかも。だとしたら申し訳ない。さっさと見つけないと。

 だけどそう思って再び歩こうとした時、誰かにポンと背中を叩かれた。


 誰、霞? それとも基山?


 そんな期待を抱いて振り返ったけど、それはすぐに落胆へと変わる。

 そこにいたのは紙を染め、耳にピアスを開けた、いかにもチャラそうな見ず知らずの三人の男どもだった。


「君一人?よかったら、俺達と一緒に見ない?」


 三人の中の一人が、胡散臭い笑顔を作りながらそう言ってくる。

 ああ、これと同じセリフを、本で見たことがあるなあ。ナンパか?ナンパなのか?だとしたら丁重にお断りするに限る。


「生憎友達と来ているので、他を当たってください」

「またまたー。そんなこと言って、本当は一人なんでしょ?」

「そうそう。さっきから見てたけど、ずっと一人でウロウロしてたじゃない」


 それははぐれてしまって、連絡もとれないからだ。早く合流したいというのに、こんなやつらに絡まれるなんて、我ながらついてない。よし、今度はもっとハッキリと、アンタ等について行く気は無いって分からせよう。


「さっきから見ていた? なに気持ち悪いこと言ってるの。ストーカー?それとも変態?」

「……は?」


 呆気にとられたような顔をする三人。私は更にたたみ掛ける。


「そもそもそんな風に声をかけて、ホイホイついて行く女子がいるって思ってるの? いたとしても、財布代わりに使われてそれで終わりだろうから、もう止めることをオススメするわ」

「えっ? いや、君ねえ。そんなこと言わないで、俺達と……」

「はあ? まだそんなこと言っているの? その気は無いって言ってるのよ。迷惑だから、さっさとどっかに行ってよね!」


 これでもかってくらい、冷たく足合う。

 ふう、これだけ言っておけば、もうしつこく絡んだりはしないだろう。やり終えた私は踵を返し、ナンパ男達に背を向けた。が……


「この……好き勝手言ってんじゃねーよ!」

「―—ッ!」


 不意に肩に痛みが走る。再度振り返ると、ナンパ男が肩をつかんで、青筋を立てていた。


「お前、黙って聞いてりゃ調子にのりやがって!」


 マズイ、少々強く言い過ぎたか?

 私は気が強い方だとは思うけど、殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。ましてや相手は男、絶対に勝てないし、かといってふりきって逃げるのも難しいだろう。これってもしかして、結構ピンチ?


「付き合ってもらうぞ」

「ちょっと、何するのよ!」


 一瞬、嫌な記憶が蘇った。

 ゴールデンウィークに起きた立て籠りと誘拐事件。あの時もこんな風に、犯人の男に無理矢理手を引かれた。

 トラウマが呼び起こされ、全身から嫌な汗が流れ出す。


「放してよ!」


 大きな声をあげて周りを見たけど、様子をうかがっている人はいるものの、助けに入ってくれる人はいなかった。無理もないか、見ず知らずの他人のために危険をおかしてまで助けてくれる人なんてそうそういるわけが……


「水城さん!」


 ……見ず知らずの人は助けてくれなくても、見知った人はそうでもなかったようだ。

 顔を上げた先には、人混みを掻き分けながらこっちへ向かってくるアイツの姿がある。


「基山!」


 血相を変えてこっちに駆けてくるのは基山。追い詰められていた私は思わず、安堵の息をついた。

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