男子達と合流
着替えてきた恋ちゃんは、淡いピンク色の可愛らしい浴衣を来ていて、これまたつい写真に撮りたくなるくらい素敵だった。というわけで、撮影会第二弾といきたかったのだけど。
「そろそろ基山さん達と合流した方がいいんじゃないの? きっと皆、待ちくたびれてるよ」
八雲がそんなことを言ってきた。
時計を見ると、もうすぐ5時になろうとしている。たしかに、あまり待たせるのはよくないね。恋ちゃんの浴衣姿は、また後で撮らせてもらうとしよう。
というわけで私達は、揃って原田さんの家を出る。
「楽しんできてね。あんまり遅くなっちゃダメよ」
「大丈夫です、花火を見終わったら、すぐに帰ってきますから。それじゃあ、行ってきまーす」
原田さんに見送られた私達は、隣のアパートにある基山の部屋へと向かう。
部屋の前に立ってインターホンを押すと、すぐにガチャリとドアが開いて、中から基山が顔をのぞかせた。
「水城さん、いらっ……しゃ……い……」
出てきた基山はすでに着替えを終えていて、茶色っぽい浴衣姿をしていた。
普段とは少し違う雰囲気。だけど何だか、様子がおかしな気がする。じっとこっちを見たまま固まってるし……
「こら太陽。皐月の浴衣姿に見とれる気持ちはわかるけど、さっさと部屋に通してよ」
「へ、見とれるって?」
「わあー。違う、違うから! 香奈さん、変なこと言わないで!」
基山、そんなに慌てなくても、冗談って分かってるから。
そんなやり取りをしていると、今度は部屋の奥から、基山と同じように浴衣に身を包んだ鞘と西牟田が姿を表した。
「お、来たか。皐月、その浴衣似合ってるな」
「そう? ありがとう。鞘も結構格好いいじゃん。男物の浴衣も似合うんだね」
「男物の浴衣もってなんだよ『も』って!まさかお前、まだ俺へのフィルターとれてないのか?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
しまった、つい本音が出てしまった。
私は長年鞘のことを女の子と勘違いしていたから、ふとした時におかしなことを口走ってしまうようになっているのだ。今日だって鞘が浴衣を着るって聞いたとき、つい女物の浴衣姿の鞘をイメージしてしまっていた。鞘は美人だから、そっちでも問題無く似合いそうだし。
だけど当の本人は、やっぱり癪に触ったようで、不満げな表情。そんな彼を、西牟田が宥める。
「そう不機嫌にならない。水城さんが暴言を吐くのはいつものことじゃないか」
「……そうだな。こいつの言動にいちいち突っ掛かっていたらキリがねーもんな」
「何よそれ?ひょっとして、バカにされてる?」
まあだとしても、強くは文句言えないんだけどね。八雲も「今のは姉さんが悪い」って言いながらジトッとした目で見ているし。ちゃんと謝った方が良いかな? そう思っていると。
「み、水城さん」
「なに、基山?」
「僕もちゃんと水城さんの浴衣、似合ってるって思ってるから! 可愛いから!」
「そんなとってつけたみたいに。いいよ、無理しなくて。そもそもさっき香奈にからかわれた時は可愛くないって言って……」
「そうは言って無いから!見とれてた訳じゃないけど、可愛くないなんて思ってないから!」
ムキになって否定する基山。そんなのどうでもいいんだけどなあ。
だけどいつまでもそんなやり取りをしていると、後ろに立っていた香奈が不満げな声を上げてきた。
「あのさ太陽。どうでもいいけど、早いとこ中に上げてくれない?外暑いんだけど」
ずっと部屋の前で立ちっぱなし。ここは直接日差しが当たるわけじゃないけど、それでも暑い事には変わりない。すると基山は、慌てたように皆を中に案内する。
「あ、そうだったね。ごめん、皆上がって」
言われるがまま、私達は部屋の中へと上がっていく。しかし、1、2、3、4……合計8人もいる。基山の部屋は、隣の私の部屋と同じ、2Kの造り。そう広く無い室内に、これだけの人数が入れるかなあ?
そうして思った通り、中に通されたはいいけど、案の定居間には全員は入りきれずに。仕方なく何人かは、寝室に使っているであろう隣の部屋に、腰を下ろすこととなった。
部屋をしきる襖は開けっ放しにしてあるから会話をする分には問題ないけど、居間とは違って寝室は冷房が利いていなかった。すぐにエアコンのスイッチを入れたけど、冷えるまではまだ時間がかかる。
「ごめん、先にエアコンを入れておくべきだった。何か飲む?」
基山が用意してくれた缶ジュースを口につける。コップを用意しないのは、おそらく人数分のコップが無いからだろう。
こんな大人数が集まることは想定していなかっただろうから仕方がない。隣の私の部屋から持ってくれば足りるだろうけど、そこまではしなくてもいいだろう。
「基山君の部屋って、本当にさーちゃん家のお隣さんなんだね。造りが一緒だ」
部屋の中を見ながら霞が言う。そう言えば霞は、私の部屋に来たことは何度かあったけど、基山の部屋に来るのは初めてだったっけ。
「ゆっくりしていって。水城さんの所と違って散らかってるけど」
「ううん、全然綺麗だよ」
「男の独り暮らしっていうと散らかってるイメージあるけど、太陽はそういう所はマメだからねえ。ところでさ、皐月とお隣ってことは、けっこう頻繁に行き来してるの?」
香奈がそう聞いてきたけど、どうだろう?付き合いが薄い訳じゃ無いとは思うけど。基山に目をやると、どうやら向こうも答えに困っている様子だ。
「お裾分けをすることは、よくあるわね」
「急に雨が降ってきた時、洗濯物をとりこむよう声かけしたりはするかな」
「あと、八雲がよく勉強を見てもらったり、遊んでもらったりしてるわ」
「週に三、四回くらい、一緒に食事をとることもあるけど……まあそれくらいかな?」
はたしてこれがどの程度のものなのか。前に住んでいた所のお隣さんよりは交流が深いとは思うけど、普通ってとこかな?
だけど、なんだか皆ポカンとした様子。どうしたのだろうと首を傾げていると、西牟田が口を開いた。
「あのさあ、それって話盛ってない?本当にそれくらい行き来してる?」
「え、これくらい普通じゃないの?」
「太陽も皐月も何なの? それ絶対に普通じゃないから。そこまでして付き合ってないなんておかしいから」
「基山、てめえ何をやってんだよ!?」
「ちょっ、笹原、何睨んでるのさ?別に何もしてないって!」
なぜか鞘が怒ったように、基山の襟首を掴む。ちょっと、暴れたらせっかく来た浴衣が崩れちゃうよ。
だけど皆の関心は、まだ私と基山の交流の方にあるみたいで。恋ちゃんまでが興味津々と言った様子で質問してくる。
「皐月さん、それじゃあ基山さんとはそんなによく、一緒にご飯を食べたり遊んだりしてるんですか?」
「よくやってるって言うのかなあ? 普通じゃないの?」
「多分、違うと思います。なんだか凄いですね。八雲くん達、まるで家族みたいです。仲が良くて、憧れちゃいます」
何故か目をキラキラと輝かせる恋ちゃん。いったいこの子は何を想像しているのだろう。私達が普段する事と言えば……主に私が基山を怖がらせて、八雲が怒るってパターンが多いかな。
これは、言わない方がいいだろう。言ったって誰も得しないだろうし。
「皐月と太陽って、進展してるのかしてないのか、今一つわからないねえ。やってる事だけを聞いてると、もう付き合ってるんじゃないのって思えてくるけど、話した感じではそんなこと全然無いしさあ?」
「香奈、何の話よ? 基山とは言えが隣だから、ちょっと交流があるってだけだから」
そう言ったけど、香奈は納得いっていないような、何とも難しい表情をしている。そして基山に絡んでいた鞘も、眉間にシワを寄せて私を見る。
「ちょっとじゃねーだろ。皐月、少しはこいつに警戒心とか持たねーのか? あんまり気を許しすぎると、後悔するかもしれねーぞ」
「どういうことよ?」
鞘の言いたいことがさっぱりわからない。後悔するって言われても、別に基山が何か悪さをしてくるとは思えないし。
いや、これはもしかして。あんまり仲良くしすぎてたら、八雲が基山に懐いちゃって、いずれは盗られるって言いたいのかも。
あり得ない話じゃない。八雲、既に基山には結構懐いているし、もしかしたらいずれは、基山の事を「兄さん」なんて呼ぶようになるんじゃ⁉
「ダメよそんなの! 八雲は私の弟なんだから!」
言い終わらないうちに、私は八雲を守るように抱きしめる。
「基山、八雲は絶対にあげないからね!」
「えっ、ええっ⁉ 水城さん、いったいなんの話?」
「皐月、俺の言いたい事、全然理解してないだろ。なんでこの流れで弟の話になるんだよ」
それはもちろん、八雲が可愛いからよ。
しかし当の八雲は、何故か可哀想な物を見るような目で私を見つめながら、ため息をついている。
「姉さん、色々恥ずかしいから、抱きつくのも勘違いするのも、もう止めて」
結局始まってしまったのは、いつもと変わらないバカ騒ぎ。大勢で集まろうと浴衣に着替えようと、所詮私達のやる事は変わらないみたいだ。
えっ、私が一番いつも通りのブラコンだって? 大きなお世話よ。
そうしているうちに、だんだんと日が傾いていって。辺りは薄っすらと、暗くなり始める。
さあ、もうそろそろ出かける時間かな。
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