浴衣に着替えて 2
浴衣に着替えて、お喋りをして。そうしてまったりと過ごしていると、不意にピンポーンと、玄関のインターホンが鳴ったのが聞こえた。
「あら、お客さんかしら?」
「もしかしたら八雲かも。男子も着替えが終わったのかもしれません」
「そうかもね。ちょっと見てくるわ」
いそいそと玄関に向かう原田さん。
実は男子達も、基山の部屋で浴衣に着替える手はずとなっている。
本当は八雲なら私達に交ざってこっちで着替えても良いんじゃないかって提案したのだけど、本人が断固拒否したのだ。
『僕は基山さん達と着替えるから。分からないことがあっても聞けばいいから大丈夫!』
そう言って、頑なにこっちに来ようとはしなかった。あれはちょっと寂しかったなあ。
そんなことを考えていると、玄関に行っていた原田さんが戻ってきた。そしてその後ろには。
「八雲、恋ちゃん!」
思った通り浴衣に着替えた八雲と、その隣には恋ちゃんの姿もあった。恋ちゃんは普段着のままだったけど、その手には大きめのバッグが抱えられている。おそらくあの中に浴衣が入っているのだろう。
「皐月さん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
可愛らしく、ペコリとお辞儀をする恋ちゃん。すると初対面の香奈が、興味を持ったように恋ちゃんを見る。
「へえー、可愛い子じゃない。八雲の彼女?」
「ち、違います!」
驚いたように声をあげる恋ちゃん。
「友達、友達です!八雲くんが好きなのは、か……」
「竹下さんストップ!香奈さん、この子は竹下恋さん。同じクラスの友達です」
「ああ、そうなんだ。まだ友達ね。じゃあ、これから頑張らないとだね」
「あの、だからそういうのじゃなくてですね……」
普段はあまり動じない八雲だけど、これには照れた様子。そして助けを求めているのだろうか、チラチラと霞に目を向けているように見える。姉の私よりも霞の方が頼りになるって思ったのだろうか?
すると霞も察したのか、慌てたように口を開いた。
「か、香奈ちゃん、もうその辺でやめてあげよう。八雲くん困ってるよ。それより、恋ちゃんの着付けの為に着たんだよね?」
「ああ、そうでした。原田さん、竹下さんのこと、お願いできますか?」
「任せておいて。それじゃあ恋ちゃん、早速始めましょうか」
「はい!」
恋ちゃんが着替え始め、私達は居間へと移動する。
「そういえば八雲、男どもはちゃんと着替えられてるの?」
「うん。鞘さん、撮影で浴衣を着ることもあるから、慣れてるみたい。僕も手伝ってもらった」
なるほど。鞘はモデルのバイトをやっているからねえ。八雲を見ても、崩れることなくちゃんと着れている。鞘、本当にこう言う事は得意なようだ。
それにしても、紺色の浴衣を着た八雲。我が弟ながら……凄く可愛い!
私はさっき霞を撮ろうとしたスマホを再びかざして、八雲へと向けた。
「八雲、ちょっとそのまま立ってて。写真撮るから」
急いでスマホのカメラを動かすと、様子を見ていた香奈も同じようにスマホを構える。
「ちょっと、アタシにも撮らせて!」
「いいよ、香奈。じゃんじゃん撮っちゃって!」
「……二人とも、僕の意見は聞かないんだね。まあいいけど」
了解が出たことだし、連写機能を使って撮りまくる。
一枚、二枚……十枚十一枚と、次々とその数を増やしていく。取れた写真を見ても、やっぱり可愛い。上手く撮れているから、待ち受けにでもしようかな?
見ると香奈も、たくさん撮ってご満悦な様子。本当はポーズとかとってもらってもう少し撮影したい気もするけど、あんまり無理をさせて花火大会に行く前に疲れさせたら可哀想だ。この辺で止めておこうと思ったその時。
「ね、ねえ八雲くん。私も……撮らせてもらってもいいかな?」
少々躊躇いがちな様子で、霞がそう言ってきた。八雲はちょっと驚いたように目を開いたけど、すぐに笑顔になる。
「どうそ、遠慮無しに撮ってください」
「いいの?ありがとう。ちょっと待っててね」
そう言って霞が巾着袋から取り出したのはデジカメ。そう言えば霞、写真を撮るのが好きだって前にいってたっけ。おそらく今夜の花火を撮るために用意したのだろう。
カメラを構えて、シャッターボタンに指をかける。
「それじゃあ、撮るよ」
「いつでもいいですよ……あ、そうだ霞さん」
「なあに?」
「その浴衣、よく似合っていますよ。とても綺麗です」
「ふえ?」
おかしな声と共に、シャッターが切られる。あれ、何だか撮るときに体制が崩れた気がしたけど、ちゃんと写ったのかな?
「ああー、ブレてる。もう、八雲くんがおかしなこと言うからだよ」
「おかしなことじゃないですよ。本当に綺麗なんですから」
「ーーッ!からかわないでよ!」
頬を赤く染めながらむくれる霞。いや、むくれてると言うより、照れてるのを隠しているようにも見える。
八雲のことだから本心からの言葉なのだろうけど、そんな照れること無いのに。それにしても、この二人何だか……
「八雲と霞、やけに仲良いわね」
私が言う前に、香奈が思っていたのと同じことを口にする。そう言えば八雲、前に霞の飼っている犬を見せてもらったことがあったっけ。その時に仲良くなったのかな?
「仲良さそうに見えます?」
「見える見える。でもね、霞にはちょっと注意しておいた方がいいかな」
「な、なに?」
ビックリする霞の顔をまじまじと見つめた香奈は、ニッコリと微笑む。
「小学生相手は犯罪だからね」
「ーーッ! そんなんじゃないってばーーっ!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ霞。そんなに慌てなくても、ただの冗談なのに。だけど八雲が珍しく悪のりして「違うんですか?残念です」なんて言ったものだから、霞は更にムキになる。
何だか本当に仲がいいな。ていうかもしかして、私よりも霞の方が八雲と仲良くしてない?
「皐月、弟くんをとられて焼きもち焼きたくなる気持ちはわかるけど、顔怖くなってるよ」
「なっ!? そんなんじゃないわよ!」
事態はだんだんと収拾がつかなくなっていく。結局着付けが終わった恋ちゃんと原田さんが来るまで、私達はバカ騒ぎを続けるのだった。
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