嘘つき達の決闘 6

 一人…二人…死んだように眠っている野郎どもが全部で七人。おっと、箱崎は野郎じゃないか。まあどうでもいいけど。


 これだけの事をしてしまったのだ。おそらく目を覚ましたら魔力体質の皐月の血を吸って何かをしたって事は、完全にバレてしまうだろう。もしかしたら腹いせに、その事をネットにあげて拡散するかもしれない。


「たたき起こして、二度と変な気を起さないよう痛めつけておくか?」

「やり方が過激だよ。それより、記憶は操作するのはどう?魔力体質の事を忘れさせれば、もう悪さもしないでしょ」

「記憶を…ああ、その手があったか」


 記憶を操作する。正確に言えば、自分に都合の悪い記憶を消してしまう方法が、俺達吸血鬼にはある。

 まだ吸血鬼の存在が一般には認知されていなかった頃、血を吸った相手の記憶を消すことで、自分達の存在を隠していたりもしたそうだ。

 もちろん吸血行為が原則相手も了承の上でないと認められない現在では、このような使われ方をすることはまず無いのだけど。


「記憶を操作するって、どうやるの?そんな方法があるって話は前に聞いたけど」

「やり方自体はそう難しくないよ。対象となる相手の血を吸って、血と一緒に記憶の一部を吸い出すことが出来るんだよ」

「そんなことが出来るんだ。ずいぶんとお手軽ね」

「とは言っても、記憶を吸うにも魔力がいるからね。吸血で得られる魔力よりも消費する魔力の方が多いから、効率が悪いんだよ」

「昔の人間は今より魔力が溢れていたらしいから、吸血の際の証拠隠滅に使われてたらしいけど、今は気軽にできねーな」


 聞いた話によると、文明が進歩するにつれて人間の魔力の質はどんどん落ちて行ったらしい。まあ今の時代しか知らない俺にはピンとこないけど。


「ちょっと待ってよ。それじゃあ記憶を操作している途中でその魔力切れってのにならないの?」

「まあ、何とかなるんじゃねーか?」


 本当はこの人数となると相当きつそうなんだけど、そこは気合でカバーできるかな。しかし俺とは違って、基山は余裕な顔をする。



「大丈夫だよ。水城さんからもらった魔力が、まだ山ほど残っているから」


 そうか。コイツは皐月の血を吸ってたんだ。魔力体質の血がどれくらい凄い物なのかは吸った事の無い俺には分からないけど、それならまあ大丈夫かな。

 しかしそんなことを考えていると、皐月がとんでもない事を言い出した。


「それじゃあ鞘も吸う?私の血」

「は?」


 いやいや、そう簡単に吸っていいもんじゃないだろ。血を吸う側の俺ではちょっと感覚が違うかもしれないけど、手や首筋をかまれて血を吸われるって、嫌じゃないのだろうか?


「気持ちは嬉しいけど、気持ち悪くないのか?男に噛まれるなんてよ」

「そう?私は別に鞘になら噛みつかれても平気だけど」

「なっ」


 あっさりと言ってのける皐月に言葉を失う。すると基山が疲れた様子で、ポンと俺の肩に手を置いてくる。


「水城さんはこういう人なんだよ。躊躇が無いと言うか、無防備と言うか。だから…だから僕も断り切れなかったんだよ」


 ああ、こいつもきっと苦労しているんだな。こうまで警戒心が薄いと、かえって接し方に困ってしまうだろう。気になる女からこんな風に言われるなんて、どんな試練だよ。

 しかしそんな俺の気持ちなどお構いなしに、皐月は手を差し出してくる。


「いったい何の話よ?で、吸うの?吸わないの?」

「吸わねえよ!何があっても絶対にお前の血だけは吸わねえ!」


 これは昔から決めていた事だ。そりゃこんな風に手を差し出されると少し心が揺らいでしまうけど、俺にも意地ってものがある。

 しかし、当の皐月は何故か残念そうな顔をする。


「私の血って美味しく無いのかなあ?でも基山は美味しいって言っていたしなあ」


 ええい、もう気にするだけ無駄だ。さっさと寝ている奴らの記憶を吸い取ってずらかるとしよう。手始めに一番近くに転がっている古賀の体を起こす。


「ったく、野郎の血なんて吸いたくねーんだけどな」

「それじゃあ箱崎さんは笹原に任せるよ。僕は彼女には、触れる事すらできないから」

「何でだよ?しかし箱崎ねえ。コイツはコイツであんまり吸いたくねーんだけどなあ」


 ブツブツ文句を言いながらも、俺と基山は次々と血を吸っていく。吸血鬼と言えば首筋に噛みつくイメージを持つ人も多いだろうけど、それだと誤って太い血管を傷つける恐れもあるから。基山が皐月にしたように、手の先から少しずつ吸い出していく。


 眠っているおかげで抵抗されることは無いけど、これだとちゃんと記憶を抜き取れたかどうかが分からないから少し不安だ。この記憶操作の術、実践に行うのは初めてなんだよなあ。

 受け継がれている術だからやり方だけは知っておけと言われ、お袋から習ってはいたけど、今まで使う機会なんて無かったからな。使わないにこしたことは無いんだけど。

 すると俺達の様子を見ていた皐月がふと聞いてくる。


「ねえ、。今更なんだけど、相手の同意を得ずに血を吸っちゃってよかったの?確か禁止されていたはずよね」

「………」


 そう言えば。記憶操作なんて上手い方法があったものだと思ってつい始めてしまったけど、確かにこれはマズいかも。すると基山も失念していたようで、俺達はそろって顔を見合わせる。が……


「さて、残りは二人。もう一息だな」

「そうだね。早いとこ終わらせて帰ろう。誰かに見つからないうちに」


 始めてしまったものは仕方がない。元々向こうも喧嘩しようとしてたんだし、これくらいの噛み傷がつくくらいは良いだろう。吸う血の量も、精々献血程度だし。

 かくして血を吸い終わった俺達は眠っている箱崎や古賀をベンチに座らせた後、そそくさと公園を後にする。


「で、お前らはこれからどうするんだ?」

「もちろん帰るわよ。家で八雲…弟が待っているし」

「けど、もうだいぶ暗いだろ。俺が家まで送って…」

「それは大丈夫。僕も同じアパートだから」


 すかさず間に割って入る基山。そう言えばそんなこと言ってたっけかな。しかし同じアパートか。あとコイツ、クラスも皐月と一緒なんだよな。


「なに笹原?急に睨んだりして」

「べつにー。そういう事なら俺はもういらねーな。ここでサヨナラするわ」


 そう言って俺は距離をとり、二人に背を向ける。別に基山が羨ましいと思って僻んでいるわけじゃないからな。

 ……ああ、虚しい。何自分にバレバレの嘘をついてんだよ。と、。そんな事を考えながら歩を進めていると。


「鞘!」


 不意に背中に澄んだ声が当たり、振りむくと皐月が手を振っていた。


「また明日!」


 ブンブンと手を振り、笑みを浮かべる皐月。

 まったくコイツは。どこかズレていて、無防備で。だけど不思議と一緒にいて悪い気はしなくて、いつも俺の心をくすぐってくる。

 そんな幼馴染の姿を眺めながら、俺は自然と顔をほころばせるのだった。

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