嘘つき達の決闘 3

 女である箱崎をカウントしないにしても、相手は六人。しかもそのうち一人は吸血鬼の古賀である。俺も吸血鬼だけど、これだと不利は否めない。

 騒ぎを聞きつけて警察でも来てくれればいいのだけど、生憎そう都合よくはいかないだろう。月明かりの照らす公園で、奴らはポキポキと指を鳴らしながら、徐々に俺との距離を縮めてくる。


「それじゃあ、ボコボコになったお前の姿を写メで送れば、皐月ちゃんは来てくれるのかな?」


 またも馴れ馴れしくちゃん付けをする古賀に苛立ちを覚える。だけどそれと同時に、俺はあることに気付いた。


「なあ、さっきから写メ送るって言ってるけど、お前らアイツのアドレスなんて知ってるのか?」

「ハァ、そんなもん箱崎が知ってるだろ」


 そう言って古賀は箱崎に目を向けたけど、当の本人は首を横に振る。


「アタシも知らないわよ。けど心配しなくても、笹原君のスマホを見れば分かるでしょ。さっさと盗っちゃってよ」


 なるほど、俺のスマホねえ。だけどやはりこの計画には大きな穴がある。


「言っとくけどなあ、俺もアイツのアドレスなんて知らねーから」

「「はぁ?」」


 古賀と箱崎の声が揃う。そもそもこいつら、何故俺が皐月のアドレスを知ってると思い込んでるんだ?


「そんなわけないでしょ。苦し紛れに嘘ついたって無駄よ。どこの世界に彼女のアドレスを知らない男がいるの?」

「ああ、そういやお前ら、そんな勘違いしてたっけ。けど、別にあいつは彼女じゃねーから。と言うか、友達かどうかも怪しいしな」


 言ってて悲しくなるけど。

 しかし仲が良かったのはもう9年も前。再会したと思ったら俺のことを女だと勘違いしていたし、話をしたのも数えるほど。果たしてそんなんで友達と言えるかどうか。

 ああ、考えたら何だか切なくなってきた。しかしそんな俺の心中などお構いなしに、古賀と箱崎は焦った様子で顔を見合わせている。


「どうすんだよ。お前が大丈夫だって言うから作戦任せたのに、話が違うじゃねーか」

「アタシだって知らないわよ。ああ、でもやっぱり嘘言ってるだけじゃないの?絶対そうだって。だって彼女でも無い奴のために土下座なんてフツーはしないでしょ」


 ああ、俺もそう思う。何で皐月のためにこんな事やってるんだろうなあ?

 しかしこの様子じゃいくら知らないと言っても信じてもらえないだろう。俺はため息をつきながら、箱崎に目を向ける。


「箱崎、お前もコイツと同じ腹なのか?皐月には手を出さないって約束したのは嘘だったのかよ?」


 すると箱崎は言い争うのを止め、こちらを向くと悪びれる様子も無くニヤリと笑う。


「なに言ってるの?守るわけないでしょ、あんな約束」


 堂々と言ってのける箱崎を見ていると、怒りを通り越して呆れてしまう。確かコイツ俺を誘い出す時、約束は守るタイプだって言っていなかったか?まあ信じてはいなかったけど。


「アイツの事よりも、自分の心配をしたらどうなの?いくらなんでも、この人数じゃ勝てないでしょ」


 確かにそうかもな。さっきは骨を折るとは言ったけど、それでも結局は勝てないだろう。俺も決して喧嘩が弱いわけじゃないけど、こいつ等みんな荒事には慣れていそうだし。


「意地張らないでアドレス教えなさいよ。そうしたら笹原君には手を出さないよう、アタシから頼んであげるから」

「冗談じゃねえ。どうせまた嘘なんだろ、この性悪女」

「勿論」


 言い切ったよ。本当にどこまでも性根の曲がった女だなコイツは。


「…まあいいか。お前らがそんななら、俺も良心が痛まねーし」

「何だ?やろうって言うのか……」


 古賀がそう言った時だった。

 俺の背後からそんな古賀の顔めがけて、何かが勢いよく飛んでいった。常人にはもちろん、吸血鬼の古賀もお喋りに気をとられていたため対応できなかったようだ。

 宙を舞ったそれはスピードを落とすことなく、古賀の顔面を直撃した。


「がぁっ!」


 不細工な声を上げて、後ろへと倒れる古賀。

 鼻血を出しながら仰向けになるその姿はとても痛そうだったけど、さっきコイツは俺の顔を蹴飛ばそうとしてたんだから同情はしない。

 足元に転がった中身入りのスチール缶のコーヒーを見ながら、そんな割りとどうでもいい事を考える。そして。


「不意打ちなんて、思ったより乱暴なんだな」


 後ろを振り返り、コーヒーを投げたそいつを……基山を見る。

 すると俺の言葉が気に障ったのか、不満げにため息をついた。


「話し合いで済むならこうはしなかったよ。そっちが説得できなかったのが原因でしょ」

「仕方ねーだろ。こいつ等始めから話し合う気なんて無かったんだから。つーかお前、何勝手に出て来てんだよ。合図をしてからって打合せしてただろ」

「話の流れを見てこっちで判断した。どの道喧嘩は避けられそうにないし、先手必勝だよ」

「お前、やっぱり案外血の気が多いんじゃないか?てっきり喧嘩なんてしたこと無いような大人しい奴だと思ってた」

「そう言うわけじゃないけど。って、そんな風に思ってたやつに喧嘩の助っ人を頼んだの?」

「他に相談できる奴がいなかったんだよ。いないよりはマシだと思って、苦肉の策に出た」

「酷い言われようだね」


 突如現れた基山と、それと言い争いを始めた俺を前に、箱崎たちは状況が掴めないようでポカンとしている。一方倒れていた古賀は流れている鼻血を腕で拭いながら、おもむろに立ち上がる。


「……お前か、缶を投げてきたのは。おい、誰なんだよコイツはっ⁉」


 何だって言われてもなあ。すると俺が答える前に我に返った箱崎が声を荒立て始める。


「ああっ、そいつ知ってるよ。水城と一緒にいた吸血鬼でしょ!笹原君が呼んだの?誰にも言わずに一人で来るって約束したのにっ!」

「なに言ってんだよ。守るわけないだろ、あんな約束」


 さっき言われた言葉を、ほとんどそのままに箱崎に返す。

 俺だって本当は基山の手なんて借りたくなかった。だけどつまらない意地を張っている場合じゃない。

 そう判断したからこそ箱崎の話をきいた直後、助けを求めたのだった。荒事になった時に備えて、同じ吸血鬼である基山に。

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